【第十二話】セレフ・スクッセと真のチート能力
「よし。Bランクに上がったわね! これで目標のAランクまであと一つよ!」
アストレアが、ガッツポーズを決めて、喜んでいた。
例の武器商人を追うために『聖剣エクスカリバーを取り戻せ!』というクエストを受けようとしたのだが、これには冒険者ランク、Aランクが必要だった。
そこで、FランクからBランクまでの昇級を望める『緊急! ゴブリン討伐のお願い』というクエストを受けた俺たちだったが、それを見事に成功。
俺たちは一気にBランクまで昇級を果たしていた。
「このまま一気にAランクまで行くわよ! 早速Bランクのクエストを……」
「……ちょっと待ってください。アストレアさん」
「あら、どうしたのかしら?」
「僕、もう全身が痛すぎて動けないんですが……」
俺は、連続でクエストに向かうなんてことは、とてもできそうになかった。
ゴブリン討伐を終えた俺の身体は、すでにボロボロだったのだ。
と言っても、ゴブリンにやられたとか、そういうわけではなく、
「あら。ご自慢の薬草で傷を癒せばいいじゃないかしら。ケチニート」
「あるだけ全部の薬草を使っても、この有様なんです……」
アストレアと一悶着あって、彼女にボコボコにされていた。
十数のゴブリンを拳一つで蹴散らしただけあり、彼女の攻撃は凄まじく、手持ちの薬草をすべて使っても立っているのがギリギリの有様だった。どんだけの攻撃力だよ。
「あら。でも急がないと聖剣を先に越されてしまうわよ」
「しかし、身体が万全でないのに無理をしてはいけないというか、自分の身が一番大事というか。屋敷に帰ってニートしたい気分というか……」
「そう。なら仕方ないわね」
「あ、あれ?」
正直、もっとゴネると思っていた。
女神追放はかかっているというのだから、早くAランクになりたいと言って聞かないと思っていた。これは一体、どういう風の吹き回しなのだろうか。
「私は一旦、天界に帰るとするわ。あなたと違って忙しい身なのよ」
そういえば、アストレアは現役の女神様だった。
俺の屋敷に押しかけてきて以降、ずっと共に行動していたものだから忘れていた。
なるほど。俺たちと一緒にいる間は、女神の仕事をすることはできない。
だから、今までずっと女神としての仕事を溜めていたんだな。
あんまりにも仕事を滞らせてしまうと、これまた女神追放の危機。
おそらく、そんなところだろう。それなら納得だ。
「ひと段落したら降りてくるから、それまでに回復しておくように」
「はい、アストレア様、ありがとうございます」
そう言って、アストレアは冒険者ギルドから出て行ってしまった。
理由はどうあれ痛めた身体を休めるのは、ありがたい。
俺はこの時ばかりは、心からアストレアに感謝を示していた。
久しぶりに屋敷でゆっくりできそうだな。
最近は屋敷にいても駄女神に剣聖、騎士やらが押しかけてきて、それどころじゃなかったからな。ゆっくり傷を癒しながら、ラノベでも読もうかな。
「ニヒト様、では行きましょうか」
「ああ、そうだな」
こうして、俺は久しぶりのニートライフを満喫することとなった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「ニヒト様、お味はいかがですか?」
屋敷が帰った俺たちは、食事を取っていた。
「うん。なんか……色々と複雑だよ」
メニューは『ゴブリンの生姜焼き』と『ゴブリン汁』。
クエストの報酬としてもらったゴブリンの肉を、存分に使った料理だった。
「申し訳ありません。お口に合いませんでしたか」
「いやいや。そうじゃないんだ。これがあの醜いゴブリンだったと思うと、ちょっとね。味は文句なし。さすがは俺の有能メイドであるセレフだよ」
「……そう、ですか」
あ、セレフちゃん照れてる。顔は赤くして可愛いな。
「セレフ。追加で食べたいものがあるんだけど」
「はい。何でございましょう。何なりとお申し付けください」
「俺、セレフ・スクッセちゃんが食べたいな」
「ニヒト様、からかわないでください!」
セレフは「もぉ」と言葉を漏らして、頰を膨らませていた。
可愛い。どうしてうちのメイドはこんなに可愛いのだろうか。
そうだ。そうだよ。
俺が望んだ異世界生活という、こんなものだったはずだ。
それがアストレアが押しかけてきたからというもの、聖剣がどうとかで忙しいかった
こうしてセレフとのんびりとすることは、しばらくなかった。
どうやら、それはセレフも同様に考えていたようで、
「ふふっ。ニヒト様と二人きりなんて久しぶりですね」
こちらに楽しそうな笑みを見せてくれた。
なんでこんなにうちのセレフは、こんなに可愛いのだろうか。
正直、犯罪だろ。こんな笑顔。どうやったらここまで可愛くなれるんだよ。可愛いというのは罪だというけど、まさにセレフがそうだった。ごめんなさい。うちのメイドが犯罪者ですみません。
しかし、そんな可愛い笑みを浮かべていたセレフが
「ところで……」
と、前置きすると、真剣な面持ちになっていた。
真剣な顔のセレフもまた可愛い。この子はどうやったら可愛くなくなるのかしら。
そんなことを考えて、余裕綽々だった俺。
しかし、それはセレフの次の言葉で、綺麗に霧散してしまう。
「アストレア様と、ニヒト様は如何な関係なのでしょうか」
この時ばかりは、セレフのことを可愛いと思うことができなかった。
彼女は、貼り付けたような笑顔をしていて、それが怖いと感じてしまっていた。
これはまずいと思った俺は、早急に誤解を解消するべく、言葉を紡ぐ。
「勘違いするな。俺とアストレアにはそういった関係は一切ない。断じてない」
あのアストレアにそんな感情を抱くなんてことは絶対にないと言い切れた。
あいつになら、迫られても突き返してしまう自信があった。
俺が言うも、しかしセレフは信じられえないといった様子。
「おい、セレフ。俺が信じられないのか」
「……その言葉は浮気している方が、口にする典型的な逃げの言葉です」
「違う。そんなことはない。天に誓ってない」
これだけ言っても、セレフは疑いの眼差しを止めてくれることはなかった。
くそ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ。
これじゃあセレフが言っていたように、浮気をした旦那みたいな感じじゃないか。
「じゃあなんでアストレア様と、ニヒト様はあんなに仲がよろしいのですか? まだ出会って間もないはずです。わたしよりも付き合いが浅いですよね?」
「そ、それは……」
確かにセレフのいう通り、俺とアストレアはそこまで長い付き合いがあるわけじゃない。
アストレアが屋敷に押しかけてきてからの付き合いでしかない。
けれど、俺とアストレアには二人だけの秘密というものが存在する。
口にするまでもない。お互いの正体のことと、聖剣についてだ。
俺とアストレアは互いに自分の正体を公表していない。
アストレアが女神だということは、もちろん口にするべきではないと考えていたが、俺が異世界からの転生者であるということも伏せておいた方がいいと思っていた。
それは、俺が転生者だとバレた時は、異世界転生のお約束として、面倒ごとが起こるからだ。
異世界においてもニート志望の俺からすれば、それは百害あって一利なし。転生者だから云々ということには、巻き込まれたくないのだ。
聖剣についても、また然りだ。俺が聖剣の所有者だということがバレれば、これまた面倒なことになる。現に聖剣に関しては、バレたら国家転覆罪というところまで来ているのだ。
公に口にするわけには、いかないだろう。
「どうなんですか? 答えられないんですか?」
これらを秘密にして、俺とアストレアの関係をどう説明すればいい。
俺とアストレアの関係を話すには、この二つは必要不可欠なのだ。
「……答えられないん、ですね」
俺の暫しの沈黙を、そう受け取ったセレフ。
「ち、違うんだ。信じてくれ。俺とアストレアは断じてそんな関係じゃない」
俺が反論するも、セレフは首を振るばかりで、頷いてはくれなかった。
まずい。俺の愛しのセレフちゃんが、アストレアなんかのせいで離れていってしまう。
続けて何かを言おうとする俺だったが、それよりも先にセレフが口を開いてしまった。
「いいんです。わたしはニヒト様とアストレア様がそういった関係だとしても、ニヒト様についていきますから」
ああ、終わった。
落胆する俺を他所に、セレフは言葉を続ける。
「たとえ、ニヒト様がアストレア様と『女神様プレイ』をするような関係でも大丈夫ですから」
……女神様プレイ?
「おい。ちょっと待て。女神様プレイってのはなんだ?」
「え? ニヒト様とアストレア様がいつもやっている、そういうプレイのことですよ」
この子は一体何を勘違いしているのかな?
俺が疑問符を頭に浮かべたままにしていると、セレフはその女神様プレイというものについて説明してくれた。
「アストレア様のことを女神と崇めつつも、時には駄女神と罵ることによって、アストレア様からのご褒美を頂戴しているじゃないですか」
もしかして、俺がアストレアにボコボコにされたのは、俺が望んだことだとも言いたいのかな?
セレフは、俺のことをなんだと思っているのかな?
「それに……」
と、セレフは前置きしてから、真面目なセレフから思って見なかった単語ができてきた。
「ニヒト様が……アストレア様に……そ、その『俺の聖剣エクスカリバー〜』がということを言っていたものですから……」
顔を今までになく真っ赤に染めて、セレフがそんなことを言ってきた。
「ちょっと待てーいぃぃ!」
前言撤回。
俺はこのまま勘違いされているのは、たまらなかった。
なので、俺はアストレアとの関係。そして聖剣についてのことも洗いざらい話した。
「信じられないかもしれないが、全部本当のことなんだ」
「そう、だったんですか……」
セレフは俺が転生者だということ、アストレアが俺に聖剣を与えたくれた女神だということ、そして、例の武器商人が持っている聖剣は、俺のものだということ。
すべてを話すと、最初こそ驚いていたものの、俺が真剣に話しているということを察して、しんじてくれた。
「だから、アストレア様と親しげにされていたんですね」
「そうだ。わかってくれたか?」
「はい。納得しました」
話し終えると、セレフはいつものセレフに戻ってくれた。
よかった。全部話してしまったけど、セレフなら信頼がおけるから大丈夫だろう。
「それであんなに聖剣のために頑張っていたんですね。いつもはぐうたらなニヒト様があそこまで頑張るなんて、少しおかしいと思っていたんです」
おい。セレフの中の、俺の印象というのは一体どうなっているんだ。
俺のツッコミは、セレフに届くことはなく、彼女はホッとした様子を見せていた。
「よかった。いつものニヒト様だ」
その言葉をどう受け取るべきなのか。
普通なら「これがいつもの俺ってのはそういうことなんですかね」と突っかかっているところだが、彼女の表情を見るには、そういう意図はなさそうだった。
どうしたものか、と俺が困惑している間に、セレフは話しを進めてしまった。
「それなのに……わたしってば……お、『俺の聖剣エクスカリバー』がどうとか言って、ニヒト様を疑ったりして……」
顔から湯気が出そうな程に、紅潮させているセレフ。
可愛いセレフが戻ってきていた。
「気にするな。隠していた俺が悪い。色んなことを黙っていて、すまなかった」
俺たちは互いに謝罪をしあい、向き合っていると、セレフがポツリと言葉をこぼした。
「ということは、ニヒト様は未経験ということなるのか……」
「はい!?」
うちのメイドが何やらとんでもないことを言い出し始めていた。
俺の聞き返しにも応じず、彼女はブツブツと何かを言っていた。
「アストレア様に……アレッタ様もいる。いつニヒト様が他の方に取られる前に……」
何を言っているのかまでは聞き取れなかったのだが、セレフは不穏な空気を醸し出しているのだけはわかった。
「に、ニヒト様ぁ!」
「お、おい!」
セレフは、俺をソファに押し倒して、馬乗りになってきた。
目がヤバイことになっている。うちのメイドが暴走していた。
「わ、わたしがニヒト様のエクスカリバーを、一人前のエクスカリバーに……」
え何これ。まさかこれはそういうことなの!?
雰囲気もくそもなく、強引に童貞を奪われちゃうの!?
うちのメイドにレイプされちゃうの!?
……でも、まあいいっか。
「セレフっ!」
「きゃっ!」
俺は、馬乗りになっていたセレフを、攻守交替する形で押し倒す。
こんなに可愛くて巨乳なセレフが相手。
俺の聖剣エクスカリバーもゴーサインを出している。
セレフから迫ってきたのだ。だから何の問題もないよね!
「や、優しくしてください、ね?」
それを証明するように、セレフが目を瞑って、そんなことを言ってくれた。
これはもう男として、行くしかないでしょう!
俺は日本の時から長く渡って、守り続けてきたものを捨てるべく、自分の服を脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿になる。これが俺の戦闘モードだ。
戦闘モードに入ると、もちろん俺の立派なエクスカリバーが姿を表す。
すべて一刀両断にする鋭さと、岩をも砕く固さ。そしてどんな強敵にも負けない大きさがあった。
そうだ。これこそが俺に備わった真のチート能力なのだ!
そして、そのチート能力を披露するべく、セレフのメイド服に手をかけた、その時だった。
「ただいまー。今帰ったわよー。身体は回復したー?」
アストレアが何の断りもなく、屋敷に入ってきたのは。
「あ」
「あ」
「あ」
その場で、三人が三人とも固まってしまった。
素っ裸の俺に、少しだけメイド服がはだけたセレフ。そしてそれを見つめるアストレア。
それから大変ことになったのは、想像だに難くない。
なんで俺の異世界生活は、こうもうまくいかないんだよーぉぉ!!
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