【第十一話】ゴブリン狩りで戦慄を覚える
どこまでも広がる青い空に、燦々とする太陽。天気は快晴だ。
そんな日差しに照らされる草原は、心地よい野の香りをさせている。
気温も暖かい。今日は絶好のゴブリン狩り日和だった。
そんなわけで、俺たちは日本で見られないような大草原を、闊歩していた。
「もらった地図によると、ゴブリンたちはこの辺りに出没するようなんですが……」
セレフが辺りを見回して、ゴブリンの姿を探しているが、見当たらなかった。
ちなみにここは街の外なのだが、魔王城とは反対方向の東側。
そのため、こちら側から例の武器商人を追うことは難しいものがあった。
「あ。あれゴブリンじゃないかしら!」
アストレアが指さした先にいたのは、草原よりも淡い緑色をした生物。
俺よりも背丈は小さいくせに、鼻は高く、耳は長い。そして揃って棍棒らしきものを手にしている。まごうことなきゴブリンだった。
「言われていた通り、少し数が多いな」
数にして、およそ二十程度。ちょっとした群れをなしていた。
受付のお姉さんから、ゴブリンが大繁殖しているとは聞いていたので、特段驚きはなかった。
そして、もちろんその対策を講じている。
「セレフ、アストレア。準備はいいか?」
問いかけに二人が頷いたのを確認し、俺は買っておいたアイテムを取り出した。
それは手のひらサイズの黒の球状で、そこから伸びる一本の縄が特徴的なものだった。一本の縄は導火線の役割を果たしている。このアイテムは『道具使いのススメ』に書いてあった、奇襲に有効な道具だった。
「これでも食らえ! 『ボム』ッ!」
それはこの世界では『ボム』と呼ばれているもので、簡単に言うと爆弾だった。
俺が投擲したボムは、綺麗な放物線を描いて、ゴブリンたちの群れに飛び込んでいった。
ドガァーン。ボムは見事な炸裂音と鳴らすと、煙を巻き上げて爆発した。
それと同じくして、ゴブリンたちの耳障りな悲鳴が聞こえてきた。
どうやら奇襲は大成功のようだった。
「よし。行くわよッ!」
奇襲の成功を皮切りにして、アストレアが先陣を切って、突撃する。
俺とセレフのその後をついて、ゴブリンたちの元へ向かった。
「ギイィィィィィィ!」
俺たちの存在に気がついたゴブリンたちは、棍棒を振り上げて向かってくる。
その数、十五。ボムの奇襲によって五匹のゴブリンを葬り去ったようだった。
一発で五匹の殺ってしまうとは。一発、二十五万トレアは伊達じゃないな。
俺は、ゴブリンたちの接近を許さないために、またしてもボムを投じる。
「私のために死になさいぃぃぃ! ゴブリンどもぉぉぉ!」
「おい、アストレア。待て!」
しかし、俺がボムを投げたのが見えてなかったのか、アストレアはゴブリンたちに猛スピードで突っ込んでいってしまった。セレフの【クイック】のおかげで、スピードが速かったのだ。
そして、俺の静止も聞かずに突撃してしまった、アストレアは案の定。
「ひぎゃゃゃあぁぁぁッ!」
ボムの爆発に巻き込まれていた。
ゴブリンたちは先程のボムのことを警戒して躱していたから、アストレア一人がボムの被害者となっていた。
ゴブリン以下の知能しか持たないアストレアさん、あなたは本当に女神なんですか?
「あ、アストレア様。大丈夫なんでしょうか……」
これには、流石のセレフも表情を顰めており、呆れた様子だった。
「ま、大丈夫だろ。あいつはファイターだから防御力も高いと思うし」
「し、死ぬぅ……誰か助けて……」
「ほらな」
爆撃を受けたアストレアだったが、辛うじて息はあるようだった。
勝手に突っ込んで、勝手に瀕死になるとか、こっちも世話がないぜ。
でも、あんなやつでも一応は仲間だ。助けに行ってやるか。助けに行かないと後からうるさそうだし。
「え、あ! ちょ、ちょっと止め……止めてぇ!」
しかし、運が悪いことに、アストレアの元には、先にゴブリンたちが到着してしまっていた。
アストレアは爆撃を受けて、瀕死状態のまま地に伏していたので、無抵抗に攻撃を受けている。リンチというやつだった。
「痛いッ! 助けて! 助けてニヒトさぁぁぁん!」
ゴブリンたちに集団で囲まれ、棍棒でタコ殴り状態にあっているアストレア。
流石に自業自得とはいえ、助けてあげないと可哀想なことになっていた。
「こういう時は……」
ゴブリンたちの付近にアストレアがいる以上、ボムは使えない。
そういう時に便利になってくるアイテムがある。
「アストレア! 投げナイフが行くから当たらないようにしてろよ!」
それは投げることを前提に作られたナイフ。通称、投げナイフという。
これならば、狙った相手だけを攻撃することができるし、投げナイフの刃に塗られている毒のおかげで、当たった相手の足止めが望める。
アストレアを救出するには、持ってこいのアイテムだった。
「ほいほいほい」
俺は次々と投げナイフをゴブリンに命中させて、動けない状態にしていく。
こんな便利で使い勝手の良さそうなアイテム、お高いんでしょ?
はい。なんと一個五万トレアですッ!
「【ホーミング】ッ!」
しかし、いくらそんな値段であるとはいえ、この命中率はアイテムの性能ではない。それはセレフの支援魔法によるものだった。セレフは俺の投擲に合わせて、次々に支援魔法を送ってくれていたのだ。
俺の投げナイフとセレフの【ホーミング】のコンボによって、ゴブリンたちがこちらを警戒し始め、俺たちから距離を取ってくれた。これによって、アストレアはリンチから解放される。
俺たちはアストレアをゴブリンたちから、救いだすことに成功した。
「うぇぇぇん! 痛かったよ! 死ぬかと思ったよ!」
「よしそれだけ騒げるなら大丈夫だな。さあ立て。ゴブリンたちを殺るぞ」
「大丈夫じゃないわよ! 少しは労ってよ! 今すぐ薬草ぐらい使ってよ!」
これだけ元気なくせに、薬草をせがんでくるアストレア。
薬草をはじめとする、すべてのアイテムは俺の管理下にあった。
アストレアはご覧の通りだし、セレフはニヒト様がご管理下するべきですと言って聞かなかったのだ。
そんなわけで、ゴブリンのリンチによって、傷ついたアストレアに薬草をくれてやろうと思ったのだが、
「あ、あれ?」
どういうわけか、薬草の数が足りなかった。
薬草は確か、人数分の三つ買っていたと思ったんだけど……あっ!
そういえば、アストレアにボコられた時に、こいつの分の薬草は俺が使っておいたんだった。
だから、薬草が俺とセレフの分、二つしかないのか!
と、いうことは。
俺はアストレアを見つめて、努めて優しい声音で言った。
「お前の分、薬草ないから」
「なんでよ! そこに二つもあるでしょ!」
ちっ。面倒くさいことに見られていたようだ。
「駄目だ。これは俺とセレフの分だ。お前の分はすでに使っている」
「私には、まったく覚えがないんですけど!」
「お前が俺をボコボコにした時に使った。あれはお前が悪いから、お前の分として俺が使っておいたんだ」
「何よそれ! あれはあなたが悪いんでしょーに!」
「いいや。お前が悪い」
「いいからそれを寄越しなさいよ! あなたの分の薬草をもらうわ!」
「駄目だ! 俺に何かあったらどうするというんだ! そもそもお前が薬草を必要になったのも自業自得だろ。ということで、お前はそのままで頑張れ!」
「ふざけるんじゃないわよ! このクソニート!」
「やめろ駄女神! これは俺の薬草だ!」
俺たちはゴブリンをそっちのけで薬草の取り合いを始める。
ここで甘えて、薬草を渡していたらキリがないからな。
そもそもこいつはこんなに元気なんだ。薬草なんか必要ないだろ。
俺がなかなか薬草を渡さなかったためか、痺れを切らしたアストレアは、
「もういいわ! 自分で自分に回復魔法を使うから!」
そう言って、アストレアは「【ヒール】」という言葉を口にして、自分に回復魔法を使用していた。
そういえば、こいつ回復魔法使えるんだった!
アレッタと戦った後に、回復魔法を使ってくれていたという話しだったじゃないか!
だったら、最初から回復魔法を使えよ! 今の下りはなんだったんだよ!
「クソニート! 薬草の恨み、ここで晴らさせてもらうわ!」
回復が完了して、元気満タンになったアストレアは、メリケンサックを打ち鳴らして、こちらに近づいてきた。
やばい。これはまたボコボコにされる流れだ。
俺はボムと投げナイフの使用も辞さない覚悟で、アストレアを迎え撃とうとしていた、その時だった。
「あの、お二人ともゴブリンのこと忘れてませんか?」
「ギイィィィィィィ!」
セレフの指摘を受けて、ゴブリンたちのことを思い出す。
そうだった。俺たちの敵はこの駄女神ではなくて、ゴブリンたちだった。
見れば、ゴブリンたちは棍棒を掲げて、こちらに向かってきていた。
「ちっ、クソニート。あなたはゴブリンの後にしておくわ。覚悟してなさい」
そのセリフを吐き捨てて、アストレアはゴブリンたちに特攻していった。
そこからのアストレアは凄かった。
ゴブリンたち約十匹に囲まれようとも、殴る蹴るを駆使して、次々に屍の山を築いていく。
「ギャハハッ。さあ、次はどのゴブリンが相手かしら!」
それはまさに鬼神の如き活躍で、俺とセレフの出番はほとんど来なかったと言ってもいいだろう。
こ、この後に、俺はあいつにボコられるのか。
アストレアに対して、戦慄にも似たようなものを覚えた俺は、心の中でゴブリンたちのことを応援するも、それは届かず。
聖剣も十分チートだと思ってたけど、普段の素行を除けば、こいつの方がチートかもしれないな。
アストレアのチート級の活躍によって、ゴブリン狩りは幕を閉じたのだった
もちろん、その後で俺がアストレアにボコられたのは言うまでもない。
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