【第十話】完全に詰みました


「街の外に出たい? ダメダメ。今は王様の許可がない人は、街の外に出すことはできなくなっているから」


 俺たちは、例の武器商人を追うため、魔王城方向の門の前に来ていた。

 しかし、結果は門前払い。せっかく装備も整えたというのに、帰るように言われてしまった。


「な、なんでよぉ! 私たちはどうしても外に行かなければならないの!」


 アストレアが門番のお兄さんに食ってかかっていた。


 彼女の言う通り、俺たちは一刻も早く例の武器商人を追わなければならない。

 もちろん魔王城までたどり着かれてしまってはアウトだし、すでに出発したであろうアレッタたちに、先を越されてしまっても駄目だ。

 そうなると間違いなく、例の武器商人は、今はまだバレていない戦犯の名を口にすることだろうからな。


「ま、魔王軍と繋がっていた武器商人が、街の外に逃げてしまってね。その内通者が、まだこの街の中にいるかもしれないということで、一旦、外部の出入りについては厳戒態勢とらせてもらうことにしたんだよ。これはここだけの話しだからね。わかったら泣き止んでよ。俺の立場上、あまりいいものでもないから、ね?」


 あまりにアストレアが泣きつくものだから、最初は事情を口にしようとしなかったお兄さんも、仕方なく説明してくれた。


 なるほど。そういう事情があったのか。

 これじゃあ俺たちは外に出ることができない。

 例の武器商人のおっちゃんはここまで考えていたのだろか。


「そ、そんなことあんまりよ……」


 お兄さんの話しを聞いたアストレアが、半泣き気味になって呟いていた。

 それから彼女は、すっかりショボくれてしまっており、諦めてしまったように見えた。


「あ、あの……」


 そんなアストレアに代わって、セレフが会話を引き継ぐ。

 しかし、俺と同様にセレフは人見知りなので、うまく言葉を紡ぐことができずにいた。


「その……な、なんとか王様からの許可をもらうことはできないん、ですか?」


 恐らく本人は意識していないのだろう。

 男に対する人見知りを拗らせたセレフは恥ずかしさからか、顔を赤らめていた。

 さらには上目遣いで、瞳が潤んでいるとならば、悶絶ものだろう。


「そ、そうですね!」


 お兄さんは、アストレアの時とはまったく違って、すぐに教えてくれるようだった。

 門番のお兄さんも一人の男でしかなかったようだ。鼻の下が伸びきっていた。

 でも、うちのメイドに手を出したら許さないからね。俺は門番だろうと何だろうとセレフに手を出す輩だけは、絶対に許さないから。だってセレフは俺のものなんだもん。


「君たち、見たところ冒険者のようだけどあってるかな?」


 セレフはクレリック。アストレアはファイター。そして俺は道具使い。

 それらは総称して冒険者と呼ばれる職業になっている。だから俺たちは冒険者といって差し支えないだろう。


 俺とセレフは頷いて、話しの先を促す。


「今、冒険者ギルドの方に『聖剣エクスカリバーを取り戻せ!』というクエストを出していますから、そちらを受注していただけたら、何の問題もなく街の外に出ることができますよ」


 それを先に言え。それを!

 アストレアの時はまったくそんなことを言わなかったくせに、セレフの時はこれかよ。


「ありがとうございます。助かりました」


 セレフ、その人にお礼を言うことなんかないぞ。

 だってこいつは人を見て、話す内容を変えるというクズ中のクズだからな。

 このクズ門番め!


 俺は、心の中で絶え間ない罵倒を続けながらも、言われた通りに冒険者ギルドへ向かった。


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


「あ、ニヒトさん!」


 冒険者ギルドにやってきた俺たちは、いつものように受付のお姉さんの元にいた。

 クエストは、このお姉さんを通して、受注を行うのだ。

 スライムのクエストを受けた際に、教えてもらってもらったことだ。


「すみませんでした。先日、私が焚き付けてしまったばかりに、あんなことになってしまって……。お身体の方は大丈夫でしょうか?」


 俺が受付に顔を出すと、受付のお姉さんが謝罪をしてくる。

 おそらく、アレッタとの勝負の件ことを言っているのだろう。

 最初に盛り上がっていたのは、このお姉さんだったからな。


 これはチャンスだ。


「いえ、そんなことはいいんです。今度、お食事を一緒にしてくれればそれで」


 前から思っていたのだが、このお姉さんは受付という職業柄、顔が良い。

 密かに俺のメイド候補として、名前が挙がっていたくらいだ。

 だから前からお近づきになりたいと考えていた。そして謝罪という大義名分を得た今、俺は大手を振るって、お近づきになれるというわけだ。もちろん大義名分があるのでナンパではない。


「え、えーと。その……」


 受付のお姉さんは、答えに窮している。

 やはり自分に非がある以上、無下にはできないのだ。


 ふふふっ。これでメイドだけでなく、妻までも獲得してみせる。

 俺の異世界ハーレム生活は、ここから始まるのだ!


「そんなことしている場合じゃないでしょ! このクソニート!」


 後ろから思い切り、アストレアに叩かれた。


「痛ぁ!」


 さすがは職業、ファイター。

 首から上が持って行かれるかと思うほどの力だった。

 あやうく死ぬかと思った。


「早く話しを進めなさいよ! 私が女神追放されてもいいの!?」


 受付のお姉さんとは違って、アストレアは謝罪という言葉を知らないらしい。

 自分の馬鹿力のせいで、俺が死にかけているというのに。


「お前、いくら何でも叩くことはないだろ?」

「あなたが悪いのよ? 急いでいるというのに余計なことをするから」

「だからって叩くことはないだろ? お前には口というものが付いていないのかな?」

「あなたこそ、女を口説くような軽い口しかついていないようね?」

「困ったことがあれば、すぐに手をあげる。俺はそんな暴力ヒロインは嫌いだぞ?」

「これは困っているお姉さんを、無理やり誘うとする悪い男に対する鉄拳制裁。つまり暴力でもなんでもないのよ」

「黙れ、暴力ヒロイン。お前みたいなのは俺のハーレムにはいらないから、消えろ」

「何を言っているのかしらこの下半身野郎は? 次に死んだら犬のフンに転生させてあげるわ」

「うるせぇ駄女神!」

「死ねクソニート!」


 取っ組み合いを始めた俺とアストレア。

 受付のお姉さんの顔が引きつっているのが、見えたが関係ない。

 こいつだけは許さん!


「『聖剣エクスカリバーを取り戻せ!』というクエストはありますか? あれば受けたいのですけども……」


 俺とアストレアが殴り合いをしている間に、セレフが話しを進めてくれていた。

 流石、うちの有能メイド。セレフ・スクッセだ。どこいらの女神とは全然違――。

 痛っ! こいつメリケンサックをつけたままじゃねーか! 本気で俺を殺すつもりか!?


「え……はい。そのクエストはありますけども……。ニヒトさんたちを放っておいて大丈夫なんですか?」

「ニヒト様とアストレア様にとっては、いつものことですから。軽いスキンシップのようなものだと思います」

「そう、なんですか……」


 いやいや、セレフちゃん!

 ちっとも大丈夫じゃない! 俺、このままだと死んじゃうよ!


 容赦なく俺を殴りまくっているアストレア。

 そんな彼女の手は、障害の宣告によって、止まってしまう。


「でも、ニヒトさんたちでは、そのクエストを受けることができないんです」


「なんでよぉ! 門番の人はそれで大丈夫だって言ってたのよ!?」


 ボコボコにされた俺のことを放置して、受付のお姉さんに詰め寄っていったアストレア。

 助かったあのままだと本当に殺されて、犬のフンになってしまうところだった。

 ナイス。受付のお姉さん。


 しかし、俺たちではクエストを受けられないとは、どういうことなのだろうか。

 俺は、アストレア用に買っていた薬草を使いながら、お姉さんの言葉に耳を傾ける。


「に、ニヒトさんたちでは冒険者ランクが足りないんです」


 お姉さんが、アストレアから距離をとりながらも、教えてくれた。


 そうか。冒険者ランク。そんなのもあったな。

 俺は、異世界転生してきた時、異世界転生のお約束的に考えて、なんらかのチート能力を確信していた。だから、魔物と戦うことで、それがなんであるか確認しようとしていた。

 その際に、せっかくなので、強い魔物と戦うことを望んだのが、冒険者ランクというものの存在のせいで、スライムと戦うことを余儀なくされていたのだ。

 まあ、キングスライムの乱入があったので、その時は結果オーライだったのだが、今回は違う。


「聖剣奪還クエストは何ランクのクエストなんですか!?」


 薬草のおかげで回復した俺は、アストレアを押しのけて、お姉さんに詰め寄る。


「聖剣持ちがターゲットということですので、高難度クエストに設定されていますので『Aランク』以上の冒険者ということになっています」


 あ、これ詰んだな。


 俺のクリアしたクエストは『スライムの討伐』のみ。

 それだけでランクアップが望めるほど、この世界は甘くない。

 当然、俺のランクは、初期ランクに設定されていた『Fランク』だ。

 今回が、初めてのクエストとなるであろうセレフとアストレアも然りだ。


 と、いうことは俺たちはAランクまでランクを上げなければならないわけだが、今回は時間がない。俺たちがランクを上げている間に、アレッタたちが例の武器商人を捕まえてしまうだろう。


 この状況は、俺が日本にいたとき並に詰んでいる。

 これはもう一度転生するしかないな。今度は聖剣を売ったりせずにまともな異世界生活を送ろうっと。あ、でも俺って、次は犬のフンに転生するんだった。

 生きていても詰み。死んでも詰み。俺という存在自体が完全に詰んでいた。

 もうどうなってるんだよ、これ。


「それじゃあ困るのよぉ! なんとかならないの!」


 呆然としていた俺を押しのけて、今度はアストレアがお姉さんに迫る。


「な、なんとかと言われましても、こちらではどうすることも……」


 アストレアが泣きつくも、お姉さんは困る果てた顔をするばかり。


「いいんです。お姉さん」


 俺は、アストレアの肩に手を置くことで静止させ、お姉さんに話しかける。


「俺が国家転覆罪になって、アストレアが女神を追放される。それだけのことですから」


 自画自賛を惜しまない、いいキメ顔だったと思う。

 俺がイケメン風に、そのセリフを口にした。


 俺の意図を察したのか、アストレアはハッとした表情をしていた。

 そして、彼女は先程までの自分を押し殺して、表情を悲痛に歪ませた。


「そう、ですね。ルールはルールですもんね。私たちがこうしたところで、どうしようもない。私たちは黙って残された時間を過ごすしかない、ですもんね」

「おい泣くな。アストレア。泣いてもどうしようもないんだ。そんなことより残った時間を有意義に過ごそう。ともにニートしようじゃないか!」

「ニートは嫌だけど、わかったわ。それじゃあ屋敷に帰りましょうか(チラッ)」

「ああ、そうだな。残された時間に怯えることなく楽しく過ごそうぜ(チラッチラッ)」


 名付けて『同情を誘って、冒険者ランクを誤魔化してもらえませんかね』作戦だ!

 作戦名がそのまま作戦なので、ここでは説明を割愛しておこう。


「あ、そうだ!」


 その作戦が功を奏したのか、お姉さんが手元の書類を漁りだした。

 俺とアストレアは目を合わせて、作戦の成功をほくそ笑む。


「これ、なんですけど……」


 お姉さんが、俺たちに差し出してきたのは、一枚の紙。


「『緊急! ゴブリン討伐のお願い』?」


 そう書かれていた一枚の紙。お姉さんはそれについての説明を始める。


「そうです。原因はわからないのですが、例年と比べて、今年はゴブリンが大繁殖をしていまして、討伐が追いつかない状況なんです。そこでランクを無制限にして、たくさんの冒険者を募集しているんです。このクエストをクリアするとランクはBランクまで上がることができます」


 何ぃ! Bランクだと!?

 現在がFランクだから、4段階もの昇級が望めた。

 Bランクになれば、Aランクは目前。悪くはない話しだった。


「ランクを無制限にしているとはいえ、相手は手強いゴブリンです。本来なら、Cランク以上の冒険者の方々にお願いしているのですが、そこはキングスライムを一人で倒されたニヒトさんです。大丈夫だと判断して提案しているのですが、どうしましょうか?」


 お姉さんの提案は、俺とアストレアが期待していた冒険者ランクを誤魔化すようなものではなかったが、これも悪くない話しだ。


「やります。是非やらせてください!」


 こうして俺たちは、ゴブリンの討伐へ向かう足運びとなったのだった。


「ゴブリンごとき、このアストレア様に任せなさい!」

「……本当にニヒト様は、アストレア様と仲がよろしいのですね」


 自慢気に、両手のメリケンサックを撃ち鳴らしているアストレア。

 関係ないことを口にし、どこか棘のある視線を向けてきていたセレフ。

 そして、キングスライムを倒す力を失い、ただのニートに成り下がっていた俺。


 不安はないわけではなかったが、俺たちはやるしかなかった。

 これしか、詰みを回避する方法がないのだから。

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