【第2章】ニート、外に出る

【第九話】ニートの職業

「はぁ。面倒くさい」

「冒頭の一言目がそれ!?」


 聖剣を売りつける相手を間違ってしまっため、屋敷を出た俺たち。

 だが、天性のニートである俺はすでにホームシックの症状が出てきてしまっていた。


「もう、お家に帰りたい」

「いいから行くわよ! 私が女神追放されてもいいって言うの?」

「うん。別にどうでもいい」

「良くないわよ! 私はあなたみたいな負け組ニートにはなりたくないの!」


 はははっ。アストレアは何を言っているのだろう。

 働きたくないけど、お金のために仕方なく働いている社会人の方がよっぽど負け組だろう。

 ニートというのは、俺はみたいにお金に困ってないからこそできるものなんだよ。

 ニートこそが勝ち組。ニートこそが人生の成功者と言っても過言ではないのだ。


「ほら。早く行く! さっさとエクスカリバーを回収すれば、それであなたはまたニートになることができる。そうでしょう?」


 アストレアが、俺を諭すように言ってきた。


 確かに彼女の言う通りだ。

 聖剣を取り戻せば、また平穏なニート生活を送ることができるんだ。


 よし。俺は決めたぞ!

 とっとと聖剣なんか回収して、堂々たるニートになるぞ。


「どうやら今度こそ冒険に出る決意が決まったようね。じゃあ今度こそ行くわよ!」

「おい待て。どこに行く」


 腕を突き上げて「出発進行〜」なんて言って、歩き出そうとしたアストレア。


 俺はアストレアの肩を掴んで、静止させた。


「え? どこに行くって武器商人は魔王城に向かったのだから、魔王城に決まっているでしょ?」


 アストレアはキョトンとした表情で、こちらを見てくる。

 またしてもこいつは何も考えてなそうだった。


「お前、魔王城の場所とか知っているのか?」

「それは……」

「それに俺はともかくお前とセレフはまともな装備がない。お前は魔物が蔓延る街の外に丸腰で行くつもりなのか? 馬鹿なのか?」

「……」


 言葉を失い、気まずそうに俯くアストレア。

 こいつは急がば回れという言葉をご存じないのだろうか。

 こういう時こそ、準備を怠ってはダメなのだ。備えあれば憂いなしってな。


「……ニートのくせにいちいち偉そうなのよ」


 そして、ポツリとそんな言葉を吐き出していた。


「ニートなんて社会に何の貢献もしようとしないゴミクズじゃない!」

「お前はそのゴミクズ以下の知能しか持ち得ていないようだけどな」

「うるさいわよ! このクソニート!」

「逆ギレすんな! この駄女神!」


 アストレアが掴みかかってきたので、もちろん俺は応戦してやった。

 女神だかなんだか知らないが、調子に乗るんじゃないぞ!


「……お二人って、仲良しですよね」

「「どこだが仲良しなんだ(なのよ)!!」」


 こうして俺たちの冒険は開始早々に、暗雲が立ち込めていた。

 再三、ニートを馬鹿にしてくるこの女神だけは絶対に許さん!


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


「おっちゃん。薬草三つ」

「あいよ」


 そんなこんなで俺たちは冒険の準備のため、商人たちが集う通りに来ていた。


 ここはセレフを勧誘したメインストリートという呼ばれる場所。

 なんかセレフを勧誘したのが、随分と前のことにように思えるな。

 あの時は、まさか俺が聖剣を探す旅に出るハメになるとは、思っても見なかったなー。


「びえぇぇぇぇん! ニヒトが私をぶったぁぁぁ!!」

「お客さん、お連れさんが泣いてますけど……」

「いいんです。こいつは頭に少し刺激を与えた方がいいんです」


 アストレアが泣き叫んではいるが、セレフが頭を撫でて慰めてあげているようだから、大丈夫だろう。


「ところでおっちゃん、聖剣を売っていた武器商人を知っているか?」


 アストレアとセレフの仲睦まじい姿を、横目に捉えながら、俺は本題を切り出す。

 ここに来たのは、もちろん装備などの調達という点もあるが、情報収集をするという目的の方が大きい。ここなら商人の数も多いし、情報量も多いだろうと踏んだのだ。


「聖剣? ああ、あの魔王軍と繋がっているって噂だったあの人のことかい?」

「そう。その人です。その人について少し教えてもらないですか?」

「うーん。教えると言ってもね……あの人は商人組合にも入っていなかったし、誰かと仲良く接していることがあまりなかったからね」


 しかし、その目論見はうまくいかないようだった。

 この人のいう通りなら、他の商人に聞いても、答えは同じようなものだろう。

 情報の漏洩を防ぐため、ここまでしているとは。

 武器商人の方は、これ以上訊いても大した成果は得られないであろう。俺はアプローチを変えてみる。


「じゃあ、魔王城がどこにあるかご存知ですか?」

「ああ、それならここからずっと西の方にあるよ」


 そして、それは功を奏したらしい。

 あっけからんと商人のおっちゃんは答えてくれた。


「西、か。わかった。ありがとうおっちゃん。また今度邪魔するよ」

「まいどありー。またのお越しをー」


 ここで手に入る有用な情報はこんなものだろう。


 あとは、装備の調達だ。


 俺は次の商人の元へ向かう。


「ひぐっ。ひぐっ」

「アストレア様、大丈夫ですか?」

「ひぐっ……大丈夫」


 二人もちゃんと後をついてきてくれている。

 正直、アストレアにはやりすぎたな。まさか泣くとは思ってもなかったしな。

 でも、頭に刺激を与えた方がいいと思ったことには、違いないけどね。


「へいらっしゃい。今日は何にしましょう」

「後ろの二人に装備を一通り。金は惜しまないから最高のものを頼む」


 その罪滅ぼしというわけではないが、俺は武器商人のおっちゃんにそう頼んだ。

 もちろん代金は、俺の奢りだ。金だけはあるからね。


「へい。ありがとうございやす」


 この武器商人は、聖剣を売りつけた奴とは違って、信頼がおけた。

 地図や食料を買い込んだ時に、しっかり聞き込みをして、評判のいいところを選んだからな。

 それにしても何で商人って、おっちゃんばかりなんだろうか。


 何処かに可愛いお姉さん商人とかいないのかよ。


 武器商人のおっちゃんが、二人に武器を見繕ってくれている間、暇だったのでなんとなくお姉さん商人を探した。


 すると発見した。とびきりの美人だ。

 眼鏡をかけた見るからに大人しそうな女性だった。


「本は入りませんか〜」


 どうやら、彼女は本を専門に取り扱う商人らしい。背負っている大量の本がそれを表していた。

 本か。もしかしたら宿屋に泊まった時なんか、読むかもしれいないな。

 ラノベは屋敷に置いてきたし、よし何か一冊買っておこう。


「すみません。一冊、何か欲しいですけど」


 俺は美人の商人に、すんなりと声をかけることができた。

 お忘れかもしれないが、俺は極度のコミュ障。

 こんな美人さんに自分から話しかけるなんてことはできないのだが、大義名分があれば話しは違う。

 俺には本を買うという大義名分がある。決してナンパとか冷やかしとか、そんなことをする軽い男ではないので悪しからず。


「いらっしゃいませ。どんな本をお探しですか?」


 見た目通りの美しい声で、問いかけてくるお姉さん。


「はい。俺、これから冒険に出ようと思っているんですけど、その合間に読む本を」

「なるほど。お兄さんは冒険者の方なのですか?」

「そうです! 俺、冒険者です!」


 このお姉さんに限っては、ニートといってドン引きされたくなかったので、冒険者ということにしておいた。

 だって、この男だもん。美人な女性には少しでもいい自分で居たいよね!


 俺が冒険者ということを受けて、お姉さんはそれに見合った本を探してくれていた。

 やがて、お姉さんは一冊の本を取りだして、俺に差し出してきた。


「これなんかどうでしょうか」

「『道具使いのススメ』ですか」


 差し出してきたのは『道具使いのススメ』という本だった。


 最初の数ページに目を通した感じでは、題名の通り『道具使い』という職業について書かれているもののようだった。


『道具使い』というのは、その名の通り、道具を使う職業。

 しかし、具体的には主に道具を使って、魔物を狩る人たちのことを指すらしい。

 その利点は、剣士などとは違い、特別なスキルなどを要することない点。

 有用な道具さえあれば、誰でも簡単に道具使いになれるみたいなことが書かれていた。


 え何これ。道具使いめっちゃいいやん!


 ざっとではあるが、本に目を通した俺は、道具使いという職業に魅力を感じていた。

 だって何の努力も必要としないで、金さえあれば強くなれるなんて、まさに俺向きじゃん!


「どうですか? 気に入っていただけましたか?」

「はい。とっても。これ買いますよ」

「ありがとうございます!」


 この本に出会ったのも何かの運命。

 俺は迷うことなく『道具使いのススメ』の購入に踏み切った。


 これを読んで、俺は立派な道具使いを目指すぞ!


 俺は早速『道具使いのススメ』に書いてあった、必須アイテムをいくつか購入した。

 購入を済ませたところで、ちょうどニコニコ笑顔のアストレアがこちらに駆け寄ってきていた。

 どうやら、装備をプレゼントしたことで、機嫌は直してくれたらしい。チョロいな。


「見てみて。これカッコいいでしょ!」


 アストレアは、右拳を掲げて、俺に見せつけるようにしてきた。

 彼女の拳には金属製であろうゴツいものが、存在感を示していた。


「……それがお前の武器か?」

「そうよ! メリケンサック! いいでしょ!」


 アストレアが武器商人に選んだもらった装備。

 それは何処からどう見ても、まごうことなきメリケンサックだった。

 日本に存在している何の変哲もないメリケンサックそのものだった。


「……お前、騙されてないか?」


 腕のいい武器商人だとは聞いていたけど、まさかそういう意味で腕のいいってことなのか。

 俺にはどうもアストレアが、売れ残りを押し付けられているようにしか思えなかった。

 だって、メリケンサックって武器としては貧弱すぎるイメージがあった。


「そんなことないわよ! 私って腕力が人並み外れているらしいのよ!」


 確かに屋敷の玄関で、攻防戦を繰り広げていた時、こいつすごい力だったからな。

 もしかしたら、本当にこいつの適正職業は、拳を使って戦う『ファイター』なのかもしれないな。


 女神のくせにファイターなのかとか、回復魔法を使えるくせにファイターかよ。

 という、ツッコミが頭をよぎったが、アストレアのことは正直どうでもよかったので、スルーしておいた。


「ニヒト様、これどうですか?」


 それよりもセレフだ。

 セレフが手にしていたのは短い杖。通称『ワンド』と呼ばれる種類の武器だった。

 彼女は【クイック】という支援魔法を使っていたことから、考えても『クレリック』という、支援を主にする職業がピッタリなのかもしれないな。


「うん。ばっちり可愛いよ」

「わ、わたし、そんなことを聞いたつもりはなかったのですが……」


 頬を赤らめて恥ずかしがるセレフも、また可愛いな。

 この世界に写真という概念が存在しないのが、残念だよ。


 しかし、これで準備はできた。


『道具使い』に『ファイター』、『クレリック』。

 それぞれの職業が確定し、それにあった装備も調達した。

 俺のお財布ポイントが、主にメリケンサックのせいで大ダメージを受けたこと以外は、ばっちりだった。


「よし。これで準備は万端だな!」


 そうして、俺たちはようやく出発することができた。


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


「街の外に出たい? ダメダメ。今は王様の許可がない人は、街の外に出すことはできなくなっているから」


その後、わずか数分で俺たちの旅は終了を迎えることになるとは知らずに。

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