【第十五話】魔王城突入と魔王エリアル
「こ、ここって魔王城だよな」
目の前の建物は、俺の屋敷をはるかに凌ぐ大きさを誇り、どこか荘厳なる雰囲気を醸し出している。それはまるで自分から「魔王城ですよ」と言わんばかりの外観だった。
「この嫌な感じ、多分そうでしょうね」
アストレアが、俺の意見に同意する。
「あれが私のエクスカリバーを魔王に献上しようという悪党ね」
アストレアの視線の先には、武器商人がいた。
彼は、しきりにあたりを見回し、周りを警戒している様子。
魔王城に入っていこうとしているようだ。
「どうする? 取り押えるか?」
「でも相手は私のエクスカリバーを持っているのよ。迂闊には近づけないわ」
アストレアの懸念は、もっともだった。
ただのニートでしかなかった俺が、あのS級モンスターたちを難なく倒す、剣聖アレッタと同等と言われるまでの実力者になったのだ。その性能は間違いなくチート級だろう。
そんなチート武器を真正面からぶつかって取り返すことができることができるだろうか。
答えは否だろう。聖剣を振るわれれば、俺たちはたちまち壊滅だ。
気づかれないように奪うといっても、奴はどこに聖剣を隠し持っている。
それがわからなければ、奪うことなんてできないぞ。
「あ!」
そんなことを考えている間に、武器商人は大きな門を開けて、魔王城へ入ってしまった。
慌てて、彼の背中を追うとするが、間に合わない。門は大きな音を立てて、閉じてしまった。
「ど、どうする? 奴が出てくるのを待つか?」
俺が尋ねるが、アストレアがそれを真っ先に否定する。
「そんなのダメよ! あいつは魔王に私のエクスカリバーを献上する気なんでしょう? 出てきてからでは、手遅れよ!」
ならば、残された道は一つしかなかった。
「やっぱり、この魔王城の中に入らなきゃらないのか」
おそらく魔王城内部には、魔王をはじめとしたボス級の魔物たちがうじゃうじゃとしていることだろう。魔王城といえば、ラストダンジョンというのがお約束。
俺たちは今から、そんなところに突入していかなければならないのか。
俺は魔物や罠に注意して、武器商人が消えていった門まで近づいていく。
門に触れてみるが、開く様子はなかった。
「開かないわね。隠しスイッチでもあるのかしら」
アストレアが門の壁をへばりついて、隠しスイッチを探し始める。
しかし、武器商人は何かスイッチを押したような動作を見せてはいなかった。
一体、どんな仕組みなんだろうか。壁を調べてみるが、特に変わったものはない。禍々しい見た目だけの至って、普通の門だった。
「特に何か仕掛けがあるとかではなさそうだな」
「そうね。ここは街から出た時みたいに、ニヒトのボムで――」
と、俺とアストレアがどうやって侵入するかの会議を始めた頃だった。
「わっ!」
セレフが声を上げたかと思うと、魔王城の門は大きな地響きを伴って、開いてくれた。
最初こそ、突然の出来事に戸惑っていた俺だったが、門の脇にある柱に手をかけていたセレフを見て、おそらくセレフが隠しスイッチを発見して押してくれたのだろうと推測した。
「俺たちが見つけられなかった隠しスイッチをいとも簡単に見つけてしまうとはな。さすがはうちの有能メイドだ」
「ええ。弁当の件といい、本当にセレフはここぞという役に立ってくれるわね」
「ああ、本当だ。ここぞという場面でヘマばかりやらかす、どこぞ女神とは出来が違うな」
「……確かにそうね。セレフはどこぞニートと違って、勤勉だもの」
「……その、どこぞニートっていうのは誰のことなんですかね。ここ最近の俺は我ながら頑張っていると思うんだけど」
「あら。あなただなんてことは一言も言ってないわよ。どこぞのニートさん?」
「お前、ちょっと面かせよ。一発ぶん殴ってやる」
「やるものならやってみなさいよ。百倍にして返してあげるわ」
「くだばれ駄女神!」
「死ねクソニート!」
せっかく魔王城への道が開けたというのに、またしても喧嘩を始めた俺とアストレア。
「あのあの……わたし別にスイッチとかそんなの押した覚えはないんですけれども……」
セレフが何やら言っていたようだが、摑み合いをしていた俺たちには、よく聞こえなかった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
魔王城の中は、予想と反して静かなものだった。
もっと魔物で溢れかえっているのかとも思ったが、人っ子一人いない様子。
しかし、俺たちは魔王城のどこに罠があるかわからないので、細心の注意を払い、慎重に歩みを進めていた。
「おい、武器商人はどっちに行ったと思う?」
今までは一本道だったのだが、ここに来て始めての分岐路。
この広い空間だ。真っ直ぐ、右、左。この選択肢は重要になってくるに違いない。
先頭を歩いていた俺は後ろを振り返って、二人に意見を乞う。
「真っ直ぐ。正々堂々の真っ直ぐよ!」
「よし。真っ直ぐだけはないな」
「なんでそうなるのよ!」
大声を上げたアストレアに、俺は口元に人差し指を当てることで、静かにするように促す。門番の時のような、悲劇はもうこりごりなのだ。
「なんで、そうなるのよ」
声量を控えめにしたアストレアが、俺に尋ねてくる。
アストレアの逆を突くという理論には、結構な自信があった。
「それはお前は転生者に俺を選んでしまうような奴だからだ」
おそらく、アストレアは多くの転生者候補者の中から、わざわざ俺を選んだのだ。これが何よりの証拠だろう。
「あ、それなら仕方ないわね」
自分で言っておいてなんだけど、こうもあっさりと納得されると悲しいな。
こんなこと言うんじゃなかったな。ボクちゃん、泣きそうだよー。
「セレフはどっちがいいと思う?」
傷心の俺は、無意識にセレフに尋ねていた。
おそらく本能的に傷ついた心を、セレフに癒してもらおうと考えているのだろう。
セレフは期待通りに、顎に手を置いて、悩むという可愛い仕草を見せてくれた。
あぁー。癒されるー。心がぴょんぴょんするんじゃー。
「武器商人の方は魔王の元へ向かったんですよね……だったら右。なんとなくですけど、右がいいと思います」
セレフはこんな何気ない質問にも対しても、悩んで末に答えを出してくれた。
うちの有能メイドは、本当に真面目だよなー。俺だったらこんなの何も考えないもん。
「よし。セレフがそういうなら右にするか」
「え、いいですか。わたしのなんてただの勘でしかないというのに……」
「セレフの方が駄女神の数百倍、信憑性があるからな」
「あなたは私に対して、一言、言わないと気が済まないのかしら!」
アストレアが紛糾していた様子だったが、ここは再び、唇に指をあてることで制する。
一度、言われたミスを繰り返す。こういうところが信頼を得られない要因だって理解しているのかコイツは。
アストレアは不満げな表情をしていたが、俺たちはセレフが言った通り、分岐路を右に進んだ。
右に進んだ後も、先程とはなんら変わりない静寂が続いている。
だが、五分ほど歩いたところで、光が溢れていた扉を発見した。
「――様、ただいま戻りました」
「――よ。ご苦労」
ボソボソと話し声が聞こえてくる。最初の方は武器商人のものかと思われた。
うちの有能メイドは、どうやらまたしても有能さを発揮したらしい。ドンピシャだった。
「して、計画の方は?」
「安心してください。この通り、聖剣エクスカリバーは無事です」
俺たちは僅かに開いていた扉から、中の様子を伺う。
そこにいたのは、やはり例の武器商人。そして彼の対面で玉座らしきものに座っている人物がいた。
玉座に座る人物の顔は、覗く角度的に見えないのだが、武器商人が聖剣を差し出していることから、魔王と見ていいだろう。
「途中、剣聖アレッタに遭遇する場面もありましたが、この通りです」
「そうですか。それはご苦労様でした」
「『エリアル』様のありがたきお言葉。私目には勿体無いお言葉でございます」
エリアル。それが魔王の名前なのか。
魔王といえば、サタンが相場だと思っていたが、どうやらこの世界では違うらしいな。
「え、ちょっとヤバそうな感じなんですけど。このままだと魔王にエクスカリバーが渡ってしまいそうな流れなんですけど。今すぐに突入した方がいいと思うんですけど!」
俺と同じく中の様子を伺っていた、アストレアが会話の内容に焦りを見せていた。
確かにアストレアの言う通り、この現状は非常にまずい。俺が国家転覆罪になるよりも酷い、最悪のシナリオへとたどり着いてしまいそうなストーリー展開だった。
ここは一か八か、俺たちで聖剣を取り戻すべく、魔王に戦いを挑むのだった――、
「しかし剣聖アレッタたちは、リザードクイーンに苦戦を強いられているようでした。まだまだエリアル様の相手ではありませんね」
「ええ。リザードクイーンごときに苦戦するとは、剣聖といえど、私の敵ではないですね。リザードクイーンなんて雑魚もいいところです」
「まったくです。先日なんて魔王城付近に接近していたリザードマンの群れをリザードクイーンを含め、お一人で壊滅させたエリアル様の敵ではありませんね」
え! あの人類最強の称号、剣聖を有するアレッタが敵じゃないだって! もしかして魔王って相当強い!?
「待つんだアストレア。まだ聖剣は魔王が手にしているわけじゃない。もう少し様子を見よう」
前言撤回。
危うく、剣聖アレッタよりもずっと強い魔王相手に突っ込んでいくところだった。
突っ込めば、それは死にに行くようなもの。向こうには聖剣だってあるんだ。慎重に行くべきだ。魔王+聖剣。突っ込んでいく方がどうかしている。あ、これは決して、剣聖アレッタ率いる騎士団が力を合わせて、ようやく倒すことのできるリザードマンの群れを、一人で倒したということを聞いて、ビビったわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね(震え声)。
「なんでよ! 今出て行かないと、私は女神を追放されちゃうんですけど!」
「お前は女神としての地位と自分の命、どっちが大事なんだよ!」
「そんなのどっちにも決まってるじゃない!」
「分からないやつだな! 今出て行っても女神の地位も、自分の命も両方を失うことになる。正気になれアストレア!」
「そんなのやってみないと分からないじゃない! 今出て行かないと確実に女神としての地位は確実になくなる。それだけは分かっている。なら出て行くのが得策でしょう!」
いつものように、俺とアストレアは揉めた。
本当にこいつとは馬が合わない。何かあればすぐに揉める始末だ。
「お、お二人とも落ち着いてください」
そして、セレフが止めに入るまでが、いつもの流れ。
俺たちはこの後はセレフの顔に免じて、喧嘩を中止するまでがお約束の流れ。
しかし、俺は失念していた。
今がどういう状況で、ここがどういう場所なのかを。
いつも通りのお約束の流れにはならなかった。
「何者だ! そこにいるのはわかっているんだぞ! 話し声がしたのだからな!」
長い廊下の向こう側から、魔王の手下と思しき輩の声が反響してきた。
足音も同じく聞こえており、俺たちの方へと近づいてくる気配がする。
どうやら俺たちは、ここまで姿一つ見せなかった魔王の手下に見つかってしまったらしい。
おいおい。こういう時は手下が不在ってのが、お約束のはずじゃないのかよ。
じゃあ、さっきまでの静けさはなんだったの? 手下さんたち、もしかして仕事をサボってらっしゃったんですかね? 俺たちが侵入したことにようやく気がついたんですかね? ちゃんと働けよ!
……本音を言えば、今だけはニートしてて欲しかったです。手下さんたち。
「剣聖アレッタの一味か」
「おそらく。私が確認してきましょう」
そして、手下のナイスジョブによって、扉の向こう側の彼らも気がついてしまったようだった。例の武器商人がこちらに向かってくるのが、見えた。
「そこで大人しくしていろよー!」
一方で、廊下の向こう側からは手下さんの声が聞こえてくる。先程よりも近い。
迫ってくる手下。扉の向こう側からやってこようとする聖剣持ちの武器商人。そして魔王エリアル。
俺たちは今度こそ、絶体絶命だった。
「もうこうなってしまった以上、やるしかないわ! 行くわよ!」
「アホか!」
先程のアストレアの発言も、無茶なものだと思っていたが、しかしまだ無茶で済んでいた。向こうがこちらに気がついたなかったのだから、奇襲という勝算が僅かながらにあった。
だが、こちらの存在を感づかれてしまった以上、それはもうできない。ここで正面からぶつかるというのは、無茶を通り越して、無謀と言えた。
だから、俺たちが取るべき行動は一つしかなかった。
「逃げるぞ!」
魔王城からは一旦退いて、体制を立て直す。それしかなかった。
「嫌よ! いつやるのか? 今でしょ――っ……」
「ええい。いいから行くぞ!」
これでもまだ言うことを聞きそうにないアストレアを見て、俺は容赦なく投げナイフを彼女に突き刺し、気絶させた。後で解毒草を飲ませておけば大丈夫だろう。
俺は、気絶したアストレアを抱える。本当はここに置いていこうかとも考えたが、ただでさえ少ない戦力を減らすのは愚策だと考えた。脳筋なこいつだけど、パンチ力だけはあるからな。
「セレフ、行くぞ!」
「わ、わかりました。【クイック】っ!」
うちの有能メイドであるセレフは、口にするまでもなく【クイック】をかけてくれた。これで逃げる準備は、万全だ!
俺とセレフは、手下が来ている方向とは、反対方向に走り出す。
「セレフ、どっちだ」
「み、右です!」
「次は!」
「左です!」
「そんでもって!?」
「正面です!!」
俺たちは三度、分岐路に出くわしてしまった。
しかし、有能すぎる有能メイドのおかげで、迷うことも手下と出くわすこともなく、魔王城から出ることに成功した。
「に、ニヒト様っ! これ!」
そして、魔王城の前に止めてあった馬車を発見したセレフ。
うちのセレフちゃんは、一体どこまで有能なんだよ。
俺たちは何の躊躇いもなく、それに飛び乗った。
「行け!」
休憩していた馬を引っ叩き、俺は馬車を走らせる。
「侵入者〜待て〜」
今更ながら、魔王城から出てきたのだろう手下の声が、遠くから聞こえてきた。
お前はそんなだから手下なんだよ! うちの有能メイドとは雲泥の差。働くだけ無駄なんだから、お前は大人しくニートしてればいいんだよ!
俺は、手下にそんなことを吐きながら、魔王城を後にしたのだった。
聖剣? 魔王エリアル? 国家転覆罪に女神追放?
知らん! そんなのは後で考える! まあ、なんとかなるでしょ!
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「剣聖アレッタかと思ったけど、あれは違うわね」
魔王城から去りゆく馬車を見つめながら、魔王エリアルがポツリとつぶやいた。
「? どうされましたかエリアル様?」
魔王エリアルの瞳は、疲労が溜まっているため、走ることは嫌がっていた馬に対し、容赦なく鞭を叩きつけている一人の少年を映していた。
「あれは――ニヒト。しがないニートになったはずのニヒトくん」
魔王エリアルが、こぼした言葉に武器商人は、食いついてくる。
「ニヒト……あっ! 私に聖剣を売りつけてきた馬鹿な冒険者の!」
「やっぱり、その聖剣はニヒトくんのものなのね」
武器商人が手にする聖剣を見つめたエリアルが、尋ねる。
「え、ええそうです。……ところで、エリアル様、ニヒトとやらのことをご存知なのですか? 先程から『ニヒトくん』などと親しげに呼んでおりますが……」
「いいえ。私とニヒトくんは親しくなんかありません」
「そ、そうですか。失礼しました」
「ええ。私は彼にフラれた女ですから」
その言葉に、武器商人が絶句しているのを気にする様子はなく、魔王エリアルは、どこか楽しそうな笑顔を浮かべている。
「今度こそは、お食事に行きましょうね。ニヒトくん」
もう一言、続ける。
「そして、もう一度、一緒に働きましょうね。ニヒトくん――」
魔王エリアルの瞳は、どこまでもニヒトという少年の姿を映していた。
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