【第六話】vs剣聖アレッタwithカラフルレインボー
「おい見ろよ。剣聖アレッタ様だぞ」
「アレッタ様がなんでこんなところに……」
「なんでも対峙している男と、戦いを申し込みにきたらしいぞ」
「え! あの男の人って、そんなに凄い人なの!? 全然そんなふうには見えないけど……」
「お前たちが知らないのも無理はない。なんたってあの人はキングスライムをたった一人で倒したにも関わらず、しばらく消息を絶っていた凄腕の冒険者だからな」
「あ、あのキングスライムを一人で!?」
「しかもあの人は、二億トレアもする物凄い屋敷に住んでいるという噂だ」
「に、二億トレア!? なるほどあの人は剣聖様に匹敵するぐらい凄い人なんだね!」
すみません。ただのニートなんです。
アレッタに引き連れられ、冒険者ギルドから外に出た俺は、現在人だかりの中心にいた。
剣聖様というのは、庶民にとっては憧れの存在であるらしく、剣聖アレッタの存在を知った人々が次から次へと押し寄せた結果、数百人は下らない野次馬の群れができていた。
その野次馬たちが、そんな会話をしているものだから、俺は逃げそうにも逃げ出せなくなっていた。
いや、野次馬くんが言っていることは全部事実なんだけどね。
事実なんだけど……違うんだよ。
そう。事実と真実は時として異なる、そういうものなんだよ。
「簡単にルールを説明しておこうか」
ああ、アレッタが親切にも勝負のルール説明を始めちゃったよ。
こりゃいよいよ、逃げられないぞ。
「勝敗は相手の降参をとることによって決まる。降参した方は負けで、させた方は勝ち。お互いの身のことを考えて、私が《プロテクション》の魔法をかけて置いてやろう。これで思う存分、戦うことができる。これでどうだ?」
へー。この世界って魔法の概念もあったんだ。
家に引きこもってばかりのニートだから知らなかったな。
【プロテクション】か。響きからするに、防御力上昇の魔法だろう。
これによって、斬撃を受けたとしてもいくらのかダメージが軽減させるため、大怪我の心配がなくなる。強引な勝負を不可って蹴てきたアレッタのせめてのも配慮だろう。
俺は魔法の効果を考察している間、沈黙してしまっていた。
アレッタはその沈黙を肯定と受け取ったのだろう。
しきりに頷いて、何やら納得している様子だった。
「私から逃げないとは、なかなかに勇敢な冒険者だ。流石はキングスライムを一人で葬った冒険者だ。よし、私に勝った暁には、其方を王国の騎士団に勧誘しよう」
そして、アレッタは勝手にそんなことを言い放った。
「おお! 剣聖様直々に騎士団のお誘い。こんなところにアレッタ様が来たのは、このキングスライムを倒した冒険者を、スカウトする目的もあったのか!」
取り巻きの一人が、ご丁寧に解説を入れてくれた。
おい。ちょっと待て。
聖剣エクスカリバーを失った俺が勝つ可能性は、万に一つもない。
だが、俺が勝った際には、王国の騎士団に勧誘だぁ!?
おいおい。ニート志望の俺からすれば勝っても、どこにもメリットがないんですけど。
「ちょっと待っ――」
俺が色々と反論しようとしたが、それは間に合わなかった。
「では、参る」
剣聖アレッタが、目に止まらぬ速さで、襲いかかってきたのだ。
それを目にした俺も、咄嗟に剣を引き抜いてしまった。
これは冒険者ギルドに行くということで、一応持ってきていたものだ。
こんなことになるなら、剣なんか持ってこなければこなければよかった。
なかったら、装備がないということで、こんな展開にはなることはなかったのだから。
俺にある程度近づいた彼女は、背中から伸びている太い柄を握った。
えぇい! もうなるようになれ!
俺が覚悟を決めて、剣を構えたその時だった。
「ぶっ!」
引き抜かれたアレッタの大剣を、目にした俺は思わず吹き出してしまった。
「おおっ! あれが剣聖アレッタ様の大剣か!」
観客の一人がそんなことを言っていたが、注目するべきはそこじゃないでしょう!?
だってあの大剣、刀身のところが無駄にカラフルだぞ!
刀身といったら、鈍い銀色が普通だからだろうが、アレッタの大剣はレインボーだぞ!
見るからにセンスの欠片もない、クソダサいデザインだぞ!
おかしいと思うのは、俺だけなのか!?
「ほう。あれがアレッタ様の愛刀『カラフルレインボー』か」
ねぇ。『カラフルレインボー』って名前じゃないよね。
そんな捻りもなんともない、そのままのセンスの欠片ももない名前を、まさか自分の大剣につけないよね? そうだよね?
「初めて見たが、あの七色の刃。個性的で痺れるな」
「ああ。『カラフルレインボー』という名前も、来るものを感じるぜ」
ああ。やっぱりこの人たちもどこか思うところはあるんだろうな。
痺れるとか来るものがあると適当な言葉で誤魔化して、決してカッコイイみたいな決定的な言葉を口にしないあたり、多分そうなんだろうな。
俺が周囲のことに耳を貸して、アレッタのことを哀れんでいたが、事はそれどころじゃなかった。
アレッタは『カラフルレインボー』を構えながら、俺に肉薄していた。
そして、『カラフルレインボー』が、俺へと振り下ろされた。
「っ!」
なんとか斬撃を回避することに成功したが、俺が先程まで立っていた地面が大きく抉れている。『カラフルレインボー』の破壊力を示していた。
おいおい。いくら【プロテクション】があるとはいえ、これを食らったら、シャレにならないだろう。
俺が『カラフルレインボー』の攻撃力に、戦慄を覚えている間も、アレッタは手を緩める様子はなかった。
「てぃっ! やぁっ! とおっ!」
次々に打ち込まれる斬撃。
それをなんとか命からがらに躱していく俺。
これはすべて偶然。奇跡的なぐらい出来過ぎだった。
「流石はキングスライムを一人で倒した男。中々やるではないか」
どうやらアレッタはそれを、俺の実力だと勘違いしているらしい。
周りも、俺の活躍に沸き立ち、盛り上がってきていた。
「しかし躱しているばかりでは勝てないだろう。さっさと攻撃してきたらどう、だっ!」
これもなんとか躱せた俺。
ギリギリのところであるけれども、アレッタのスピードを考えれば、これまた奇跡といっていいだろう。
もしかしたら、ビギナーズラックというやつかもしれない。
これはもしかしたら、もしかするかもしれない。
そう考えていた俺が馬鹿だった。
「どうかニヒト様を無事に帰してあげてください」
たくさんの野次馬の中に、セレフの姿を見つけた。
おそらくセレフは、俺がアストレアと出かけるということを聞いて、こっそりとつけていたのだろう。
セレフがあまりアストレアのことをよく思ってないことを考えれば、おかしなことではない。
しかし、ご主人さまの身を案じて、何事もないように見守ってくれているとは、何と忠義なメイドだろうか。
「【クイック】、【クイック】、【クイック】っ!」
そんな彼女は、祈るように両手を合わせ、目を瞑っており、【クイック】という単語を何度も呟いていた。
【クイック】という響きからして、これもおそらく魔法。それも俺の行動スピードを上げる類いのものなのだろう。
魔法をかけ続けてくれていた彼女のおかげで、俺は斬撃を躱し続けることできていた。
奇跡や偶然なんかではなく、セレフが引き起こしてくれた必然だったのだ。
「剣を交えている最中に余所見とは、ずいぶん余裕があるの、だなっ!」
しかし、セレフのことに気をとられていた俺は反応が遅れてしまった。
「くっ!」
躱すのが僅かに遅れ、頬に軽い切り傷をつけられてしまった。
それでもなんとか俺はアレッタから距離をとって、間合いを作ろうとする。
しかしそれは叶わず、完全に『カラフルレインボー』の間合いからは逃げ出すことはできなかった。
「これで終わりだ!」
今から躱しても始めても、間に合わない。
悪いなセレフ。俺の快進撃もここまでのようだったようだ。
ちょうど俺の間近で無事を祈ってくれていたセレフに謝罪をし、『カラフルレインボー』の斬撃を受ける覚悟ができていた、その時だった。
「……きゃっ!」
俺とアレッタの間に、押し出されるようにしてセレフが飛び出してきたのは。
どうやら剣聖アレッタのことを一目見ようと、人が押し寄せた結果、最前列にいたセレフが押し出せれてしまったようだった。さらにセレフは目を瞑っていたものだから、状況がうまく把握できていないようだった。
「くっ……止ま、れっ!」
俺のことを思い切り、斬りかかるつもりだったアレッタは、すでに『カラフルレインボー』を振り下ろし始めていた。
セレフを姿を捉えて、必死に『カラフルレインボー』を抑えるが、止まらない。
『カラフルレインボー』は大剣。思い切り振り下ろし始めていたのを止めるのは、その重量から困難を極めるのだろう。
「えっ……や、やめてっ!」
ようやく状況を理解したらしいセレフが叫ぶも、もう『カラフルレインボー』は止まらない。
この場を見ていたすべての者が、息を飲むことしかできずにいた。
しかし、セレフから【クイック】の支援をもらっていた俺だけは違った。
「ぐ、ぐわぁ……っ!」
背中にものすごい衝撃が走ったのは、それから数瞬もなかった。
「に、ニヒト様ぁっ!」
「メイドを守るのも、ご主人さまの役目だから、気に……すんな」
【プロテクション】っても、やっぱりシャレになんねーじゃんか……。
俺の、そこからの記憶はない。
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