【第七話】だが断る!
「ん……」
目を開けると、俺の視界にはいつもの光景。
豪華絢爛な俺の屋敷のリビングの天井があった。
俺、いつの間にか寝落ちしていたのか。
ん? なんか随分と柔らかくて、温かい枕だな。
起き上がろうとした俺は、後頭部の違和感を覚えた。
恐る恐るに、それがなんであるのかを確認する。
そこにあったのは、白の布のようなもの。少し下に目を移すと、黒のコントラスト。その先には肌色が目に飛び込んできた。
「すぅ……すぅ……」
膝枕だった。
どうやら眠っていた俺をセレフが、膝枕してくれていたようだった。
いつもはリビングで寝ていたら、行儀が悪いとかで叩き起こされるのだが、今日は珍しいな。膝枕なんて一体どんな風の吹き回しだろう。
まあ、いいや。この際にたっぷりとセレフ成分を補給しておこう。
そんなふうに俺がセレフに頭をこすりつけていたからだろうか。
「う……うーん」
せっかくスヤスヤと寝ていたセレフを起こしてしまった。
彼女は目を擦り、何度か瞬かせていた。寝起きのセレフも可愛いな。
俺が初めて見たそんなセレフの様子を眺めていたら、ばっちり彼女と目があってしまった。
「やあ、セレフ。おはよう」
とりあえず無難な挨拶を交わしたつもりだったのだが、そんな俺の挨拶を受けたセレフは、大きく目を見開き、唇を震わせていた。
あ、ヤバい。膝枕の延長でスリスリしたことを怒ってらっしゃいます?
でもあれだけセレフを堪能できたんだ。俺に後悔はない。
「に、ニヒト様ぁ! よくぞご無事で!」
「うおっ!?」
しかし、返って来た答えは、予想外も予想外。
セレフによる熱い抱擁だった。
あまりに強く抱きしめるものだから、ちょっと背中の辺りが痛かったが、恋い焦がれていたあの巨乳に顔を埋めることができたので、そこは大目に見ることにする。
それにしてもセレフのおっぱい柔らけー。いい匂いがするー。スリスリくんかくんか。
「おい! ニヒト君が起きた、目覚めたのか!」
しかし、そんな極楽タイムも長くは続かなかった。
セレフの声を聞いたらしい輩が、扉を開け放って、俺たちの空間に乗り込んできた。
誰だよ。少しは空気を呼んでくれよ。
俺は忌々しい眼差しを、二人だけの空間を壊したものに向ける。
「お前は……剣聖アレッタ」
入ってきた扉の位置関係からするに、アレッタは客間にいたようだ。
剣聖アレッタがなぜ俺の屋敷にいる……あっ!
俺はアレッタが背負っていた大剣を見て、すべてを思い出した。
「そうだ! 俺は『カラフルレインボー』とかいう、ふざけた名前の剣に斬られて、それで……」
「皆さんに協力してもらって、ニヒト様をここまで運んでもらったんです」
存在しない記憶を、セレフが継ぎ足してくれた。
そういえば、セレフを庇って、気を失ってしまったんだった。
なるほど。それでさっきから背中が少し痛かったのか。
セレフが膝枕をしてくれていたのも、介護をしてくれていたのだろう。アレッタが屋敷にいたのも、そういうことだろう。
「それでその後はアストレア様が、ニヒト様に回復魔法を使ってくださったんたです」
何!?
すべての事情を知っておきながら、この俺を見捨てたどころか、気楽にアレッタの勝ちに三億トレアもベットしていたあのアストレアが、俺に回復魔法だと!?
にわかには信じられないが、あいつもあれで女神の端くれ。どうやら最低限の善意というものは、持っていたらしい。
「で、そのアストレアは? 姿が見えないようだけど」
助けてもらったのなら、一応お礼をしておきたいと思った俺だったが、辺りを見回しても、アストレアの姿がなかった。
「アストレア様なら、あそこに」
セレフは、視線だけでアストレアの居場所を示す。
「がっー。ぐがぁー」
そこには先程のセレフとは、対照的に大きなイビキをかいて、実に豪快に眠るアストレアの姿があった。
「必死に回復魔法を使ってくださってましたから、疲れたのでしょうね。長い時間、眠ってますよ」
どうやらセレフが抱いていたアストレアへの懐疑的な気持ちはなくなっているらしい。セレフが優しい笑顔だった。
「わたしのせいですみません。ニヒト様にお怪我を背負わせてしまって」
「いや待て。セレフさんが謝ることはない。すべては私が悪いのだ。すまない」
「いいえ違うんです。お二人の戦いを邪魔してのは、わたしですから。きっとニヒト様にこっそり支援魔法を送っていたバチがあったんです」
「そんなことはない。そもそも私が強引に勝負など挑まなければーー」
「はい。ストーーーップ!」
セレフとアレッタがどちらが悪いかという、実に不毛な争いを始めだしたので、俺は止めさせる。
「どっちが悪いかとか、そんなものはもういいから。ほら俺は無事だっただろ?」
「でもでも、わたしがアストレア様のことを信じて、見張りなんかいかなければこんなことには……」
「しかし、私は君だけでなく、セレフさんやアストレアさんにも迷惑をかけてしまったのだ。全面的に私が……」
「でももしかしもない。俺はいいと言っているんだし、アストレアだって嫌々手伝ってくれたわけじゃない。そうだろ?」
「……ニヒト様の温かいお言葉、頂戴しておきます」
「君がそこまでいうのなら……」
どうやら二人とも納得してくれたらしい。
これでいい。罪の被りあい程、どうしようもないものはないのだ。
自分が悪い、自分が悪いなんて思ってないで、少しは人のせいにすることを覚えた方がいいと思う。
俺は悪くない。あいつが悪くて、社会が悪いんだってな! そんなんじゃニートは務まらないぞ!
まぁ、二人ともニートじゃないんだけどね。 メイドと剣聖なんだけどね。
俺が二人の様子に満足していると、アレッタは「ふむ」と頷いていた。
気になった俺は、アレッタの方を見ると、その紅色の瞳と、ばっちりと目があった。
「剣聖である私に臆することなく勝負を受けて立ったその度胸。自分の使用人を身を呈して守るという勇気。さらに私のひどい失態を、何の見返りもなしに許してくれる、その器の大きさ」
アレッタがそんな呟きを零してした。
いやー。そんなに褒められると照れちゃうなー。
勝負は仕方なしに。セレフは主人として当たり前のこと。最後のはニートとしての気概を説いたまでなんだけど、それでも照れちゃうなー。
「ニヒト君」
「はい? もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
俺が頭を掻きながら、軽い感じでアレッタに聞き返す。
そんな感じで聞き返したのは、アレッタがそんなことを言うなんて、まったく予想していなかったからで。
「ニヒト君。騎士にならないか? 君には是非、王国の騎士に来てもらいたい」
それは本来、俺がアレッタに勝ったらという条件で、アレッタが言っていたものだ。
しかし、どうやら俺との勝負を経て、アレッタの気が変わったらしい。
「君の度胸、勇気、器の大きさを買って、私は君を騎士団へ正式にスカウトする」
アレッタが俺に手を差し伸べてくれる。
「き、騎士団!? でもあれは貴族階級の人しか入れないんじゃ……」
「そうだ。しかし、ニヒト君ぐらいの逸材だ。私が無理にでもねじ込んで見せよう」
どうやら物凄くアレッタに気に入られた様子だ。
騎士団か。噂はかねがね聞いている。
宿屋を無料で宿泊することができて、人気の高級お食事店にも並ぶことなく入店できて、その地位から異性からの人気は絶大だと聞いている。騎士になったら、それ以外にも特権は色々とあるのだろう。
「さあ、行こう。ニヒト君」
アレッタの手を取れば、俺は騎士としてこの世界を生きていくことができる。
資産五億トレアに加えて、騎士という地位まで手にすることができる。
間違いなく、手を取っておいた方がお得なのだろう。
「だが、断る!」
俺はアレッタの手を取ることはなかった。
「そう、か。やはりこんな不甲斐ない剣聖がいるような騎士団には……」
「いや違います。そんな理由ではありません」
きっぱりとアレッタの懸念は否定しておく。
不甲斐ない剣聖とか、そんなの以前にこの話しに乗る気はないのだ。
「で、ではなぜだ? 実力も人柄も備えた君はなぜ、騎士であることを拒むのだ?」
聖剣なき今、実力というものも、もちろん不足している。
だが、そんな理由ではないのだ。
「だって、俺はニートなんですから」
俺が言い切ると、アレッタは困惑の色を隠せずにいた。
「に、ニート? 君はニートであるために騎士への道を捨てるというのか?」
「そうです」
「騎士という憧れる者も多く、希望した者が必ずなれるとは限らない人気の職業なんだぞ?」
「はい。それでも、です」
俺が言い切ると、アレッタは口をあんぐりと開けたまま、放心状態となっていた。
なんだかこの展開は、エリアさんの時と同じようなものだなと思いながら、アレッタの次の反応を待つ。
どうせあの時と同じようなに呆れられて、愛想を尽かされるのだろう。でも、そんな覚悟はできている。
俺はそれでもニートでいたいのだ。
しかし、アレッタから返ってきた反応は、これまた予想外のもので。
「そうか。なら、仕方ないな」
「あ、あら?」
アレッタはそう呟いて、俺に面白そうに笑った顔を向けてきた。
「騎士という誘惑に流されることなく、自分の道を行く。ニヒト君、気に入ったよ」
なんか。逆効果だったみたいなんですけど!?
普通は騎士よりもニートを選ぶといったら、ドン引きされるはずなんですけど!?
「いつか君を騎士にしてみせる。それが私の当面の目標になりそうだよ」
そんなことを口にしてきたアレッタ。どうやら嘘をついている様子はない。
どういうわけか。ニートになりたいと言ったら、評価されてしまった。
やばい。このままじゃ本当に騎士にされる。
勝負の件もあったので、誤解は解いておこうと思い、今一度、ニートの魅力を語ろうと思った俺だったが、またしてもそれは叶うことはなかった。
「け、剣聖アレッタ様はいらっしゃいますか!?」
息を絶え絶えにした男が、何の断りもなく扉を開け放ち、俺の屋敷に入ってきた。
「ロバート、どうしたのだ? 私は今、込み入っている」
アレッタにロバートと呼ばれた男。
その鎧を見るに、騎士団のメンバーらしい。アレッタと同じものを着ている。
「それでどころではございません!」
強く言い放ったロバートは、俺たちに目もくれず、アレッタを見据える。
そして、絶叫にも似た言葉を吐いた。
「聖剣エクスカリバーが、魔王軍の手に渡ったかもしれません!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます