【第五話】ギルドで一番強い人

「ニヒトさん! なんであの時は助けてくれなかったんですか〜!」


 来訪があったのは、昨日。

 警備兵に連れられていった女神アストレアだったが、どうやら一晩で釈放となったらしい。

 彼女は懲りずに、また俺の屋敷を訪れてきた。


「女神様? 帰ってもらえませんか? 俺はこの後まだやることがあるので」


 アストレアのことを、面倒くさいと感じ始めていた俺は、早々にお引き取りを願う。

 一々、怒鳴りちらしたり、泣きわめいたり、この人に付き合っていると、疲れるんだよな。

 二日連続の面倒ごとは、完全週休七日志望の俺からすれば、避けたいことだった。


「日本でニート、この世界でもニートのあなたにやることなんてあるの? どうせ一日中、適当に暇を潰しているだけでしょ?」


 あっけからんと言ってのけるアストレア。どうやらこいつに悪気はないらしい。


「セレフ〜。警備兵のお兄さんを呼んでくれ〜」


 けれど、俺は容赦しない。

 なぜなら、こいつは触れてはいけないことに触れた。

 ニートが暇? ふざけるな! ニートは忙しいんだよ!

 起きて、食って、ラノベ読んで、食って、ラノベ読んで、食って、ラノベ読んで、寝る。

 三回の食事と、ラノベを読むことで予定がぎっしりなんだよ!


 俺が屋敷の掃除をしているであろうセレフに呼びかけると、アストレアは、


「ああ! それだけはやめて! あそこにはもう行きたくないの」


 と、その場にしゃがみ込んで、頭を抱え始めた。

 どうやら相当、警備兵の方々に絞られたらしい。


「そうか。じゃあ警備兵のお兄さんは呼ばないでおいてやるから、さっさと帰ってください」


 俺が玄関の扉を閉めようとすると、またしてもアストレアはそれを阻止してきた。


「でも、そうはいかないの。私はあなたには冒険に出てもらわないと困るの!」

「なんでそんなにしつこいんですか! 俺は冒険に出る気はありません! この異世界生活をメイドのセレフとともに、この屋敷の中で終えるんです!」

「それではダメなの! 私はあなたが冒険に出るその日まで何度でもここを訪れるわ!」

「困ります! セレフがあなたのことを怖がっているんです! それに何度でもあなたはどんだけ暇なんですか! あなたはニートなんですか!」

「ニートのあなたに言われたくないわよ! 私は、立派な女神よ!」


 昨日と同じような攻防が繰り広げられ始めた。

 これじゃあデジャブもいいところだ。

 セレフの通報によって、女神を追い払ったところで、また女神はやってくる。

 永遠にその繰り返しをするのは、めんどくさい。


 この状況を打破するべくか、女神は俺に提案をしてきた。


「なんでもお願いを一つだけ聞いてあげるから、お願いしますよ〜」

「なん、でも……だと?」


 一つだけ願いを叶えてくれるだと。

 なんでもということは、なんでもだよな。そのナニなことでもいいんだよな。

 おいおい。よく見りゃこいつ女神というだけあって、中々いい身体してんじゃんかよ。


「はっ! いやらしいことはダメよ! 私は女神。清く美しくなければならないの!」


 俺の舐め回すような視線で察したのか、女神は身を抱いて、俺から距離を取っていた。


 しかし、いやらしいことを抜きにして考えても、『なんでも』というのは魅力的な提案だ。

 現金、約三億トレア。この屋敷を含めると、五億トレアになる俺の資産。

 これだけあれば、俺のニート生活に支障はないだろうが、それは慎ましく生きた場合だ。

 俺も男の子。英雄願望はなくても、豪遊したいという願望はある。

 豪遊したとなれば、五億トレアなんてのはすぐに底を尽きてしまうだろう。


 よし決めた。これからのニート生活を華やかにするために、アストレアの提案を受けよう。


「わかった。冒険に出よう」

「え! 本当!? なら早速冒険者ギルドに行って、魔王の討伐クエストを−−」


 俺が決断したと見るや、顔をパアッと明るくさせて、事を急かすアストレア。


「ただし」


 俺は片手を突き出して、それを静止させる。


「確認したいことがある」

「え何? なんでも答えちゃうわよ!」


 俺が提案を聞き入れたからか、上機嫌な様子のアストレア。


「冒険に出るといっても、目的が曖昧だ。俺のゴール地点はどこだ? 売ってしまったエクスカリバーを取り戻すことか? 魔王の討伐か? それとも他の何かか?」


 俺が尋ねると、アストレアは大して考えもしないで、すぐに答えてくれた。


「そりゃ。あなたが冒険にでて魔王を討伐することね。私はあなたにそのために転生してもらったんだもの」


 この返答は想定通りのものだった。


 アストレアはこの世界にいる魔王の討伐を目的としている。

 そのための手段として、俺に転生させ、聖剣を与えて、冒険をさせる。


 だとするならば。


「わかった。じゃあ早速冒険者ギルドに行くか」

「ええ!」


 それは俺である必要はどこにもないじゃないか。


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


 アストレアとともに、冒険者ギルドを訪れた。


「あ、ニヒトさん!」


 受付に顔を出すとお姉さんが、俺の顔を見ただけで名前を呼んでくれた。

 二ヶ月前に一度顔を合わせたきりなのに、よく覚えてくれていたな。


「しばらく顔を見ていませんでしたが、どうしていたんですか?」


 まさか、ニートをしていましたなんていえない。

 俺は適当にごまかして、お姉さんに本題をぶつけた。


「ここのギルドで一番強い人って誰ですか?」


 アストレアは未だに、俺の目的に合点がいないらしい。

 なんでそんなこと聞いているんだろうと、不思議そうな顔をしていた。


 ずばり。俺の目的は強い冒険者を雇って、魔王を討伐させることにある。

 強い冒険者たちに魔王討伐に向かわせて、俺はその横から眺めているだけ。

 それで俺は冒険に出たということになるし、魔王を討伐したということにもなる。


 もちろん強い冒険者というのは、金で雇う。金だけはたらふくあるからな。

 これで願いがなんでも叶うというなら、安いものだ。


「そうですね。冒険者ランクは低いですけど、キングスライムを一人で倒されたニヒトさんかと思います。あ、これお世辞でもなんでもありませんからね」


 だが、受付のお姉さんから返ってきたのは、そんな俺の思惑を打ち砕くものだった。


 俺が一番、強いだと!? 簡単に倒しちゃったけどキングスライムってそんな強敵だったのかよ。そんな強敵をなんの苦労もなく、倒せるようにしちゃう聖剣ってどんだけチートなんだよ。


「じ、じゃあ俺の次は?」


 しかし、聖剣のない俺は最強の冒険者どころか、ただの金持ちニート。

 魔王討伐なんてとてもじゃない。俺は二番手に位置付ける冒険者を尋ねた。


「うーん。そうですね……二番手となると……」


 受付のお姉さんは、書類らしきものをパラパラと捲るばかりで、回答はなかなか返してこない。

 強いといったら普通は何人かの名前が出てくるものだろう。それなのに、この冒険者ギルドときたら!


 俺がやきもきとしていると、トントンと肩を叩かれる。


「ちょっと待ってろよ。もう少しで終わるか、ら?」


 どうせ待ちきれなくなったアストレアだと思っていた俺だったが、そこにいたのは別の人物。


「失礼だと思ったが、話しは聞かせてもらったよ。強い者を探しているんだろう?」


 振り返った先にいたのは、重厚な鎧を身にまとい、天井に届きそうなくらいの大剣を背負った女性。いかにも強そうな雰囲気が漂っていた。


 そして、どうやら俺の推測は正しかったようで、


「け、剣聖アレッタ様! こんなところでどうされたのですか!?」


 受付のお姉さんが興奮気味に、アレッタと呼ばれた女性に尋ねていた。


 剣聖。聞いたことがある。国王直属の凄腕騎士、それが剣聖。

 そうだよ。俺が探していたのは、こういう強そうなやつだよ!


 早速、俺は魔王討伐隊への勧誘を試みようとするが、先にアレッタに言葉を許してしまう。


「ふむ。ここにキングスライムを一人で倒してしまった凄腕冒険者がいると聞いたのでな」

「ああ。それならここにいるニヒトさんがそうですよ」


 アレッタに親切に教えてあげている受付のお姉さん。

 いや、聖剣を売ってしまった俺は、もう凄腕の冒険者でもなんでもない、ただのニートなんですけどね。


 こんなにもてはやされるのなら、聖剣使いの冒険者としての人生も悪くなかった、なんて呑気なことを考えていた俺。


 しかし、アレッタの次の言葉で、そんなことはすべて吹き飛んでしまう。


「ぜひその力を見ておきたくてな。ニヒト君、ぜひ私と剣を交えてほしい」


 俺と、剣聖とかいう強そうな地位に就くお方が、剣を交える。

 冗談じゃない。俺にはもう聖剣はないんだ。勝負になるはずがない。


 懇切丁寧にお断りしようと思った俺だったが、


「わぁ! 剣聖様とニヒトさんが勝負ですか! 私見てみたいです!」


 そんな受付のお姉さんの言葉を皮切りに、勝手に周りが盛り上がってしまっていた。


「おい、聞いたか。あの剣聖アレッタ様と、たった一人でキングスライムを討伐したニヒトの勝負だとよ」

「まじか! いくらキングスライムを一人でと言っても、剣聖様は無理だろう」

「いや分からないぞ。キングスライムは王国の騎士でも3人がかりがやっとだという話だからな」

「俺は剣聖様に1万トレアだ」

「こっちはニヒトに5万トレア」


 と、いった具合に、断りづらい状況に陥っていた。

 やばい。でもここで断りを入れないと、大変なことに−−、


「よし。決まりだな。それでは表に出ようか」


 周りの状況を見たアレッタが、どうやら勝手に了承の流れと受け取ったらしく、俺は彼女に手を引かれて、外に連れ出されていく。


「おい待っ−−」


 抵抗を試みるも、アレッタの力は物凄く、少し力を入れたくらいではもろともしなかった。

 俺がニートといえ、男の力をびくともしないとか、どんだけの力があるんだよ。

 どうやら俺では、アレッタの手を引き剥がすことはできそうになかった。


 え何? 俺、バトルしゃちゃうの? ただのニートの俺が!?


 そんなこんなで、俺は剣聖アレッタという人物と戦うハメになってしまいました。


「私は知りませんよ〜っと。あ、私は剣聖アレッタに三億トレア!」


 唯一、事情を知っているアストレアは、素知らぬふりをして、俺を助けてくれることはありませんでした。

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