【第四話】女神アストレアよぉぉぉぉぉ!
「ニヒト様ぁ! 起きてください。朝ですよ!」
「うーん。あと十分……」
「駄目です。早起きは三文の徳というんです。さあ起きてください!」
掛け布団を強引にはがされてしまったので、眠い目をこすって起床する。
「おはよう、セレフ」
「おはようございます。ニヒト様」
セレフがメイドとしてこの屋敷に来て、数日。
こうして彼女に起こされるのも慣れてきていた。
「うーん今日もメイド服が似合うね。可愛いよセレフ」
セレフの褐色肌と白髪が、白黒を基調としたメイド服とのコントラストとマッチしていて、とても良い。
メイド服を破らんとする巨乳の存在も相まって、朝からとても目の保養になる。
「そ、そんなに褒めても何もでませんよ!」
うーん。照れるセレフ。これまた絶景。これだけでもセレフをメイドにしてよかったと思える。
「ほ、ほら早く下に行きますよ。朝ごはんを用意してますから。冷める前に食べますよ!」
「今日は何?」
「白米にレアフィッシュの塩焼き、オークの煮つけとマンドラゴラ汁です」
「わーい。今日も朝からごちそうだい!」
セレフが屋敷に来てからというものの、朝、起きるのが楽しみになった俺がいる。
それはもちろんセレフを顔を拝めるというのもあるが、一番大きいのはセレフの手作りの朝食の存在だ。
セレフの作る料理はどれも絶品で、日本と異世界通じてのナンバーワンである。
「わたしは下で待ってますから、着替えて来てくださいね。ニートだから一日中、パジャマでいいっていうのは、だらしないからダメですよ!」
「はーい。すぐに行きまーす」
「ふふっ。いい返事です」
可愛い微笑みを残して、寝室を出て行くセレフ。
「あっさごはっん♪ あっさごはっん♪ セレフが作ってくれたあっさごはっん~♪」
鼻歌まじりに寝間着から部屋着へと着替える俺。
わざわざ着替えるなんてのは、一人でいるときは考えられなかったことだ。
それにこんな朝早くに起きるなんてのも同様だ。一晩中で飲んできて、朝に寝るというのが常だったからな。
まあ、昼夜逆転生活こそがニートのステータスというものだから、気にはしてなかったけど。
……あれ?
そう考えると俺って、もしかしてニート生活から遠のいていないか。
主に俺が雇った有能メイド、セレフ・スクッセのせいで。
「まあ、いいっか」
だって、何と言っても、俺にはセレフの手作り料理が待っているんだからね。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
朝食を食べ終わると、そこから俺の一日が始まる。
「ぎゃはははっ。これおもしれーな」
と、いってもニートなので、特に用事という用事はありません。
俺は屋敷のどでかいソファに寝転がり、ラノベを読んでいた。
そう。ラノベだ。
日本のラノベのように巻頭に可愛いヒロインのイラストなどはないが、内容はラノベとはいっても過言ではないものが、異世界には存在していたのだ。
ラノベということもあって、難しい言葉はそこまで使われていなかったので、俺が独学で習得した異世界語でも全然読めてしまった。
と、いってもまったく新しい言語を習得するのには、苦労もしたし、苦戦もした。けれど、なんとかなったよ。
なんてたって、暇だけはあるニートだからね。時間はたっぷり使ったよ。
そうしてラノベを読んでいれば、昼食の時間になっていて、次は夕食。気づけば就寝の時間になっている。それが、俺の一日だ。
家事全般はセレフがやってくれるし、税金とかのめんどくさい事務処理も引き受けてくれる。俺がすることは何もないのだ。
それに起床時間と就寝時間、それと少しの運動をするように言ってくる以外には、何も口を出してこない。
俺がニートであることには言及してこないし、『わたしはどんなニヒト様でもついていきます』という言っていたようにニートである俺にも理解がある。
まったく有能すぎるメイドだよ。給料をアップしてやろう。それに特別ボーナスも上げよう。セレフも喜ぶぞ。
しかし、そんな有能すぎるメイドが今日ばかりは、困り果てた顔で、俺に泣きついてきた。
「に、ニヒト様ぁ……。どうしてもニヒト様に会わせろと言って聞かない人が来ているんですけども、どうしたらいいですかね。わたしじゃ手に負えなくて……」
五億トレアという俺の莫大な資産を狙った来客というのは多いのだが、いつもはすべてセレフが追い返してくれているはずなのだが、今日ばかりは無理なようだ。
どうやら相当、質の悪い輩らしいな。
「わかった。俺が行くよ」
「すみません。本来ならわたしお仕事なのに……」
「セレフが押しの強い人が苦手なのは知っている。無理するな。引き続き掃除をしていてくれ」
「申し訳ありません……わたしが不甲斐ないばかりに……」
はたきを片手に持っていたことから、質の悪い来客が来る直前まで、掃除に励んでくれていたことがわかる。
こんなにも熱心に働いてくれているんだ。俺の可愛いメイドをこんな目に合わせた輩を成敗するのぐらいは、俺の役目だろう。
「行ってくる」
「お、お気をつけてください。何かあったらすぐにお呼びしてください」
「ああ、わかった。あまり気にするな」
俺はそこいらにラノベを放って、玄関へと向かう。
どうやら今日は、いつもとは違う一日になったようだな。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「どちら様ですか。投資の話しなら間に合ってるので帰ってもら――っ!」
玄関扉を開けた向こう側で俺を待っていたのは、とんでもない美人だった。
煌びやかな長い金髪。まるで作りもののような髪に透明さに負けないぐらいの整った顔。
セレフとは毛色が異なる可愛いというよりは、美しいに属する美人だった。
その神々しいまでの美しさたるや、まるで女神のような人だった。
そんな女神のような人が、一体、俺に何のようだろうか。
「あなた、エクスカリバーはどうしたのよぉぉぉぉぉ!」
しかしそんな彼女は、俺の顔を見るや否や、胸ぐらを掴んできて、絶叫した。
「え、エクスカリバー?」
「そうよ。あなたの持っているエクスカリバーはどうしたのかと聞いているのよぉぉぉ!」
エクスカリバーのことを知っているとはこの美人さん、何者だ!?
俺が聖剣使いのチート能力者だというのは、あまり知れ渡っていないはず。
なぜなら、キングスライムを倒せたのは、偶々だと言って、聖剣のおかげだとは一言も言っていないからな。
と、なると俺が聖剣持ちだったと知っているのは、俺と武器商人のおっちゃんくらいのはずだが、武器商人のおっちゃんには、エクスカリバーを売ってあげたのだから、エクスカリバーをどうしたのか、なんて質問はしないはずだ。
「お、落ち着いてください。あなたは一体どちら様ですか?」
尋ねると、胸ぐらを掴んだ腕を動かして、俺を前後に揺しながら叫ぶ彼女。
「私が誰ですかって……あなたに聖剣エクスカリバーを託して、この世界に転生させてあげた女神アストレアよぉぉぉぉぉ!」
この人は女神のような人ではなくて、女神だったのか。
なるほど。それならこの人の美貌も納得だ。
……って、女神ぃ!?
「め、女神様が俺には一体、何の用なんですか?」
「だからさっきから言っているでしょ!? 私のあげたエクスカリバーはどうしたのよぉ!?」
「それなら武器商人に売り払ってしまいましたけど……?」
「売ったぁ!?」
俺が言った瞬間、女神は目を見開いたままで、固まってしまった。
だ、大丈夫かな……?
女神はしばらくすると、大きなため息とともに意識が戻ってきたようだ。
「私があげたエクスカリバーを売る? ありえない。転生させたはいいものの、しばらく音沙汰がないから、下界に降りてみたら、聖剣の反応がなくて。死んでしまったのかと思って、しばらく探して、探しあてて、聖剣はどうなっているのか聞いたら、売っている? ありえない」
壊れたブリキのおもちゃのようなぎこちない動きとともに、何かを呟いている様子の女神様。
この人は、叫んだり、呟いたり、感情のアップダウンが激しいみたいだけど、本当に大丈夫か?
「ニートだった人が異世界に転生して、魔王討伐したという例が後を絶たないというから、わざわざニートだったこいつを選んで、転生させたというのに、この有様。やっぱりニートなんて、転生させるべきじゃなかったんだわ」
おーい。俺のこと見えてますかー。頭とか大丈夫ですかー。
俺が心の中で呼びかけていると、その呼びかけが聞こえたのかもしれない。
女神は目を一杯に開いて、その綺麗な瞳に、俺を映していた。
「あなた、一刻も早くエクスカリバーを買い戻しなさい」
「え、嫌ですよ」
売値が五億もしたんだから、買値はいくらになるかわかったもんじゃない。
買い戻したら、間違いなく俺のニート預金はなくなってしまうから、ニートじゃいられなくなるからな。
「いいから、あなたはエクスカリバーを取り戻すの! そしてあなたは魔王を討伐して英雄になるの! そうよそうなるべきなのよ。うへっ。うへへへへへ……」
ダメだ。もう女神の瞳が狂気に満ちたものになっている。
怖い。この人とこれ以上話していたら何かをされるかわからない。
「帰ってください!」
「いや帰らないわ! あなたが英雄になるその日までは!」
「おれは英雄になんかなりたくないんです!」
扉を閉めようとするが、女神が手をかけているため、閉まらない。
それでも強引にに閉めようとしたが、女神の力は凄まじく、それが叶わない。
くそ! 俺はこのまま冒険に出るように強制され、ニートを辞めさせられるのか?
助けがきたのは、そう思ったその時だった――。
「あ、すみません。ちょっとお話しよろしいでしょうか」
「へ? 私?」
「そうです。貴方です」
弱い市民の味方、警備兵のお兄さんが駆けつけてくれたのは。
「さあ、行きますよ。僕についてきてください」
「え、ちょっ。私はそんなんじゃ――」
「詳しい話しは署の方が聞きますので」
そうやって半ば強引に、女神は連れていかれてしまう。
「私はまだあの人に話しが――」
女神はそんなことを言ってまだ抵抗している様子だったが、気にしない。
俺は敬礼で、警備兵のお兄さんに、感謝を表現する。
やっぱり警備兵の方々は頼りになりますわ。
「だ、大丈夫でしたか。胸ぐらを掴まれているのを目撃して、わたし急いで通報したんですけど……」
「ああ。ファインプレーだったよ。セレフ」
そして、今回のMVPである有能メイドには、サムズアップで、その功績を讃えておいた。
「助けて! 助けてニヒトさん! 私このままだと捕まっちゃう!」
こうして俺たちは、脅威を退けることに成功し、ニート生活が守られました。
女神が何やら助けを求めている様子でしたが、俺には聞こえませんでした、とさ。
めでたし、めでたし。
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