【第三話】百万トレアのメイド

「こここ、これは……聖剣エクスカリバー!?」


 武器商人のおじさんが、鼻息を荒くして、詰め寄ってきた。


 へー。これってエクスカリバーだったのか。

 聖剣だとはわかっていたけど、俺でも聞いたことがある聖剣の名前だ。


「一体、これをどこで!?」

「えーと。なんていうか、天からの贈り物と言いますか。何といいますか」


 チート能力としてもらいましたとは言えない。


「こ、これがもし本物なら五億トレアはくだらないですよ」


 トレアというものはこの世界の通貨単位だ。

 バイトをしていた時に、身に着けた金銭感覚からすると1トレア、1円と考えて差し支えないはずだ。

 と、なると五億トレアというのは……。


「五億円!?」


 あまりの金額のでかさに、俺は大声をあげてしまった。

 結構な額にはなると思っていたが、まさかここまでの価値があるなんて……。


「売ります! すぐに売ります!」


 武器商人のおじさんに食い気味に詰め寄る俺。

 五億円あれば、俺は一生ニートで生きていける。もう職を探さなくていいんだ!

 勢いでエリアさんの申し出を断って、不安だったんだけど良かった。


「待ってくださいよ。お客さん。まだこれが本物だという確証は……」

「ほい」


 俺は聖剣を握る。すると聖剣はたちまち光を帯びて、眩い光を放つようになった。

 そして、俺が軽く聖剣を振るうと、近くに生えていた木は倒れてしまった。


「どう? これ本物でしょ?」

「ひ、ひぇぇ。まさか聖剣エクスカリバーが実在するとは……」


 カチンと高い金属音を聖剣を鞘に戻して、武器商人に尋ねる。


「で、買うの? 買わないの? どっちにするの?」


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


 異世界ニート生活を始まるにあたって、一番必要なものとは何か。


「家だぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー」


 五億トレアを手に入れた俺が最初に買ったもの、それは家だった。

 日本にいたころは両親が買った家に寄生することで、ニート生活を送っていた俺だったが、異世界となるとそうはいかない。

 宿屋を転々とするのも、一生ニートでいる覚悟の俺からしたら、コスパが悪し、何より落ち着かない。

 というわけで、俺は思い切って家を買ったのだった。


「お買い上げありがとうございました。二億トレア、確かにいただきました」


 値段は二億トレア。日本円にして二億円。

 もっと安い家はいくらでもあったのだが、そこは奮発した。

 だから、俺の家は、家というには大きすぎる。屋敷と言ったほうが正しいのかもしれない。


「お代も頂きましたので、私はこれで」


 不動産屋のお兄さんが、帰っていった。


「家具なんかもつけてもらったし、これで最高のニートライフが送れそうだ!」


 机に椅子、ベットから料理器具まで。

 不動産屋のお兄さんに無理を言って、全部そろえてもらった。

 これで総額二億トレア。約一か月で学んだ異世界の金銭感覚からすると、安いと感じる。

 サンキュー。不動産屋のお兄さん。


「よーし! ニートするぞ!」


 こうして、俺の異世界ニート生活が始まったのだった。


――しかし、それから約一週間後。


「ど、どうすんだよ。これ」


 目の前には大量のごみ。洗わずにそのままにされた食器。そこいらに放置された衣服。無残に散らかった屋敷の有様があった。

 日本にいたころは家事や片付けなんかは、全部母親がやってくれていたので、気にすることはなかった。

 しかし、異世界では俺一人。口うるさく言う人がいなくなった代わりに、屋敷が大変なことになってしまっていた。

 このままじゃ、まずい。

 大量のごみは俺でもなんとかなるが、食器や衣服は無理だ。

 この世界は、文化レベルが中世ぐらいのため、当然、洗濯機も食洗器もない。

 食器も衣服も手洗いしなければならないのだ。そんなのニートしかしてこなかった俺には困難を極める。

 俺一人では何もできなかった。 いなくなって初めて母親のありがたみを感じていた。


 ……母親?

 そうだ! 母親だ! 母親のような役割の人さえいればいいんだ!


「メイドを雇おう!」


 この広い屋敷に一人は寂しいと、ちょうど感じていたところだ。

 家事もやってもらえて、寂しさも紛れる。一石二鳥じゃないか。

 それにメイドさんといえば、ご主人様に色々とご奉仕するものだしな。

 そう。色々とな!

 まだ三億トレアあるし、金銭的には余裕にも大丈夫。よし決めた!


 俺は決断したら、行動が早い男。

 早速、俺のメイドを探しに街へと出かけた。


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


 メイドを探すにあたって、俺も世話になっていた求人掲示板を利用するべきかなと思ったが、それはやめた。

 メイドは身の回りの世話をしてくれ、寝食の多くを共有することに、なるのだから、当然長い時間ともにすることになる。

 そんなメイドさんなのだから、俺の好みの美人でなくては困るのだ。

 だから、直接顔をみて判断することができない掲示板は利用しなかった。


 俺の中にはメイドの候補としてエリアさんという名前が上がっていたが、こないだの別れ方からするに彼女はニートに理解がない。

 ニートに理解のあり、俺に従順なメイド。それが理想的なメイド像。それを見極めるためには、自分の目で確かめるしかない。

 そう思った俺は、直接メイドをスカウトするべく、この世界のメインストリートとでもいうべき場所に来ていた。


「さて。俺のメイドさん候補はいるかな」


 ここは俺の屋敷から結構な距離があるのだが、スカウトするなら、ここだろうと踏んでいる。

 もちろん人通りが多いということもあるのだが、通りの先には、この世界を統治する王様の住んでいる城があるということで、王様のご一行が通る。

 その王様のご一行にお目に留まることで、一気に成り上がろうとする女性たちが、この通りにはわんさかといるのだ。

 俺はそこを狙う、そういう魂胆だ。


「うわぁー。みんなレベルが高いな」


 やはり王様に気に入られようとする女性たちだから、みんな顔面偏差値が高い。

 学校にいたら、学園一の美少女とうたわれること間違いなしの人ばかりだ。


 しかし、自分は王様に気に入られるだろうと思っている女性たち。

 皆、自分に相当の自信を持っているらしく、それが雰囲気からあふれ出していた。

 正直そういうタイプは、俺は苦手だし、素直にメイドをやるとは思えない。


 これは失敗したかな。そう思ったときだった。


「あなたどこを見て歩いているのかしら!」

「す、すみません……」

「すみませんで済んだら、警備兵はいらないのよ」

「す、すみません。どうか警備兵さんだけはご勘弁してくだい……」


 俺の目に留まった女の子がいた。

 その娘は、王様目当てであろうプライドの高そうな女に絡まれており、警備兵がどうこうという話しになっているらしかった。

 警備兵というのは、日本でいうところの警察だから、ただぶつかっただけで警察というのは、どう考えてもおかしい。


 気づけば、俺は女の子を救うべく、歩き出していた。


「おい、この子はそこまでのことをしてないだろ。いくらなんでもやりすぎだぞ」


 重度のコミュ障であるはずの俺だったが、なぜかこの時ばかりはすんなりと間に入ることができた。


「あなたは関係ないでしょう! こっちはこいつのせいで肩を痛めたのよ! 治療費はもらわなければ駄目だわ!」

「そ、そんな……。わたしあんまりお金は……」

「だから警備兵を呼んで、あなたにはしかるべき罰は受けなければならないのよ!」

「いくらあればいいんだ」

「は?」


 俺の思った通り、この女は治療費と称して、弱い者から金を巻き上げようとする輩だ。

 こういう輩は見て見ぬをふりをするのが、社会人としての賢い生き方なのだろう。

 けれど、社会不適合者のニートである俺には、それができなかった。


「いくらあればいいと聞いているんだ!」

「そ、そうね。百万トレアかしらね」

「百万だな。ほらよ」


 俺はポケットから百万トレアの束を放り投げてやった。


「そこにちょうど百万トレアある。やったからお前はとっとと失せろ!」

「ほ、ほんとに百万……! き、今日のところは許してあげるわ! 覚えてなさい小娘!」


 柄の悪い女はそう言って、俺たちの前から逃げるようにして去っていった。


「あ、あの……ありがとうございました。で、でもでも。百万トレアなんてそんな大金、どうして……?」


 俺のお礼を言ってくる女の子を見やる。

 褐色肌で白髪というのが特徴的なこの子。顔は美人というよりは可愛い系。いや萌え系といった方がいいだろうか。

 年はおそらく15もしくは16といったところか。出ているところはしっかり出ていて、引っ込むところは引っ込んでいるナイスバディ。

 これが俗にいうロリ巨乳というやつだろうか。

 これまでの言動から推測するに、性格は引っ込み思案ぎみだろう。けれど身からあふれ出る優しい雰囲気と、どことなく真面目そうな面持ち。

 そんなとんでもなくいい素材を持っている彼女だが、身なりはこの通りでは珍しく貧相なもので、服なんかはところどころ破れていた。

 あまりいい生活はしていないということが伺える。


「君の名前を知りたい、からかな?」


 何を言われるのかと身構えていた彼女は、拍子抜けしたような表情をしながら、答えてくれた。


「な、名前ですか?。わたしはセレフ・スクッセといいますけど……」

「そうか。セレフというのか」


 セレフは俺がなぜ彼女の名前を尋ねたのか分かりかねているようで、顔には困惑の色が浮かんでいる。

 俺が彼女の名前を尋ねた理由。俺はそれを彼女にぶつけた。


「セレフ、俺の屋敷でメイドとして働かないか?」


 俺の異世界ニート生活。

 俺はその相方といっても過言ではないメイドを、セレフ・スクッセという少女に決めることにした。

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