48 名無しと罪


舞い上がる土煙。

冒険者達が身構える中、その土煙の中から一つの影が飛び出す。


「あーはは、すごいなぁ」


王国騎士とは違う神聖さのある純白の鎧を身につけたその人物は穏やかに微笑みながら肩についた汚れを払う。

その手には同じく純白の剣が握られている。


「――聖剣だ」


誰かがそう呟く。


「あれが聖剣か」


レーヴェの言葉にミニーニャがいつでも飛び出せるように無言で身構える。

冒険者達の緊張と困惑の渦巻くこの空気にまるで気づいていないかのように、聖剣と呼ばれる青年は変わらず穏やかに笑っている。


「……聖剣殿、勝手な行動をされては困ります」


眼鏡の王国騎士が鋭い視線を青年に向けるがそんなことも意に介さず、視線は土煙の中に向けたまま上機嫌に答える。


「そう固いこと言わないでくださいよカルカン殿、僕も暇だったんです」


(カルカン……)


レーヴェはカルカンという名前に聞き覚えがあった。


(王国魔法師団団長の男か、また大物が来たな)


「国一番の魔法使い様がこんなとこまで何しに来たってのよ」


同じく感づいたミニーニャが隣にいるレーヴェにだけ聞こえる音量で呟く。

その悪態にレーヴェは苦笑いを浮かべるしかない。


「それよりも酷いじゃないですかぁ、カルカン殿?」


言われようのない疑いにカルカンが訝しげに聖剣を睨み付ける。


「こんな面白いものを独り占めなんて」


カルカンがその言葉の意味を理解するよりも先に、聖剣にめがけてギルド内のテーブルが飛んできた。

聖剣はわずかな動きでそれを交わすと、土煙から飛び出してきた人物の追撃を剣で受け止める。


衝撃波で煙が晴れ、あたりが鮮明になる。

白と白のぶつかり合い。

しかし、見慣れた白には赤黒い色が混じっている。


「ははは、どういう魔法かはわからないんだけど」


床にポタポタと紅い雫が落ちる。


黒い手それ、僕には通用しないみたいだねぇ」


いつものように黒く変色した腕。

どんな攻撃をも弾いてきた鉄壁の腕に真っ白な剣が食い込み、そこから滴る血が床に鮮やかな模様を描いていた。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼



ノラを探し、ギルドまで来たナナシ達は聖剣登場からの一部始終を見て呆気にとられ、その場から動けずにいた。


ノラの黒い硬質化の能力についてはその場の全員が知っていた。

原理は不明だが鉄壁の硬さを誇っていた腕だ。

そこから血が出ている……いや、それ以外にも至る所に赤黒い汚れが見受けられる。


「ナナシ」


アルに腕を掴まれ、無意識にノラの方に歩き出そうとしていた足を止める。





『さっきも言ったけど、ノラ君の体は魔力が通りにくい特異体質だ。魔法で彼は傷つけられない。つまり魔法に対しては圧倒的な防御力を誇ることになる』





「ナナシ!」


アルが私の肩を掴み、ぐるりと体の向きを変えさせ無理やり目を合わせる。


「落ち着くんだ」





『――だけど、恐らく彼は回復魔法も・・・・・弾くだろう』





「でも、回復魔法も弾くって……!」

「心配ない」


シャーレイが私の肩に手を置いて目線を合わせるよう少し屈む。


「軽傷だ、死ぬような怪我じゃない」


そして「なんだ、私の目が信用できないのか?」と少し悪戯っぽく微笑む。

「あんなんで死ぬわけねぇだろ、ツバつけときゃ治る」と鼻で笑いながら言うバラン。

「ギルドのかかりつけの医者がいるから紹介するわ」とキャロルが頷く。


「……うん」


大丈夫、大丈夫だ。

みんなのおかげで少し落ち着いた。


「ごめん、もう大丈夫」


アルが頷き、壁から少し顔を出し様子を伺う。


「二人はまだ戦ってるね、どうしようか」

「とりあえず此奴らだけでも逃すか?」

「ノラを置いていくのか……でもバランの言う通りそれが最良かな」


置いていくのはできれば避けたい。

しかしここで捕まって連れていかれるのは避けたい。


「――ってかさ、なんで私あの人達に追われてるわけ?」


肝心な部分を忘れていた。

なぜ私達が追われているのかということだ。

王国騎士だけでなく、服装や雰囲気、立ち振る舞いから相当偉い人が来ていることは間違いない。

そんな人たちに追いかけられるほど悪いことを私はしたのだろうか?


「また誰か爆破してぶっ飛ばしたんじゃねーのか」とバランがじとりと私に視線を向ける。

悪いがバラン以外の人を爆破したことはない。

ソルトとジークの件は私が爆破しようとしたわけではないのでノーカウント。


「するわけないでしょ」

「無自覚か」

「無自覚で人を爆破してたまるか」

「足でも踏まれて思わず爆破したとかな」


地雷か私は。

足を踏まれたぐらいでいちいち爆破してたらこの街壊滅するわ。

ハァーと妙に長い溜息をついた後、一呼吸置いてから「まぁ」とバランが壁の向こうに意識を向ける。


「理由はともあれ、お前が追われているのは事実だ」

「そうだね、ほとぼりが冷めるまではどこかで大人しくし」


「あー、なるほど、か」


急にこちらに向けられた言葉。

それが私達に向けられた言葉だと理解するよりも先に、私達と彼らを阻んでいた壁が吹き飛んだ。

幸い、瞬時に誰かが腕を引いてくれたおかげで直撃することはなかったが、壁が崩れてパラパラと砂が落ちてくる。


ノラと戦っていた聖剣は今度こそ私達……いや、私に視線を向け、まるでかくれんぼをしている子供のように無邪気笑い、指を差すように剣先を向ける。



「みーっけ」


やばい。

これはまずい。

見つかってしまった。

しかもあれだ、この感じは話が通じないタイプだ。


「……聖剣殿もたまにはいい仕事をしますね」

「いやぁ、そう褒められると照れますね」


嫌味を物ともせずと言うより気づいてないのかケタケタと笑う聖剣の隣に眼鏡をかけた男が歩いてきた。


「チッ、おいエルフ!」

「わかっている――ッ!?」


シャーレイに腕を引かれ一歩後退したその時、何かが私達の体に巻きついた。


「拘束魔法か」

「抵抗しないでください、我々は争いに来たわけではありませんので」

「ここまでギルドを破壊しておいて良く言うわ」


地面から急に現れた鎖で拘束され私とシャーレイは身動きが取れなくなる。

キャロルはこんな状況でも無表情で嫌味を返す。

落ち着いているように見えて焦っているようだ。

眼鏡の人物は私を品定めするように見ると「ふむ」と首を捻る。


「ただのお嬢さんのようですが、人は見かけによりませんね」

「――おっと!」


飛びかかってきたノラと眼鏡の男の間に聖剣が割り込み、攻撃を受け止める。


「カルカン殿、あまり時間がかかるようでしたら遊んでいてもいいですか?」

「それは困りますね」

「勿体ぶんなよお偉いさん」


眼鏡のブリッヂを押し上げるカルカンと呼ばれた男に、バランが挑発的な笑みを浮かべる。


「他人のである奴隷を傷つけて、ギルドを破壊して、ましてや聖剣まで連れてきて、あんたらがたかが小娘一人を拘束する理由ってのは興味あるからよぉ」


私も気になっていることだ、何しろ身に覚えがない。


「私、何をしたんですか?」


震えていたがなんとか声を出せた。

カルカンは私に一度視線を向けたがすぐにそらし、部下と思しき騎士を一人を呼ぶと何か紙を受け取った。

一目で上質なものと分かる紙を広げると男はそこに書かれていることを、淡々と読み上げる。



「冒険者ナナシ、貴方を『人体実験じんたいじっけん及び禁呪行使罪きんじゅこうしざい』で拘束します」


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