47 名無しと行方不明者
聖剣とは、言ってしまえば『ヒーロー』である。
古から伝わる、勇者の生まれ変わり。
世界を脅威から救った存在ともなれば当然の結果と言える。
「――で、それでなんで私が出禁に?」
私達はギルド近くの建物の陰に身を寄せていた。
冒険者とは違う、鎧を身につけた騎士達は町中に溢れており、結果としてギルドの近くがもっとも兵士の数が少なく手薄だったのだ。
「キミを探してるんだよ」
「え? 何故?」
もしや私が別の世界から来たことがバレたのか、とも考えたがギルドの誰にもそんなことは伝えていない。
村のみんなにも記憶喪失と言ってあるのだし、それはまず有りえない。
アルは力なく首を横に振った。
「ごめん、僕たちもさっき別の仕事から帰って来たばかりでよく分かってないんだ……ただエクレアにナナシを王国騎士達の目から隠してくれって」
脳裏にいつも笑顔を浮かべる彼女の顔がよぎった。
状況を更に追って聞いてみると、仕事から戻ったアルとバランの二人をギルドの厨房の裏口に引っ張り込むとエクレアは王国騎士が来ていることと、私を探していること、そして会話を盗み聞きした感じで『あまりよくない雰囲気』だということがわかり、保険として王国騎士から私を逃がしてくれと二人に依頼したようなのだ。
「よくない雰囲気……か」
シャーレイは考え込み、バランは面倒臭そうに私をジロリと見てくる。
「何こいつ面倒臭い」と顔に書いてある。
こちらにまるで身に覚えがないので、大変遺憾である。
「また何かしでかしたんだろ」
ため息交じりにバランにそう吐き捨てられこちらもカチンと来た。
今回ばかりは免罪なのだ。
「してません」
「こら、バラン」
「無意識のうちになんか爆破したんじゃねぇの?」
「だーかーらー、してませんってば」
「どうだか、じゃあ白いのがなんかやらかしたんだろ」
「ノラもそんなことはしません、させません」
「……」
「……」
「……」
「――?」
――そこで、会話が途切れる。
いつもなら、あと何度か応酬があったのち、しびれを切らしたシャーレイとバランの言い合いになりアルとキャロルにバランが諌められるという、お馴染みの展開になるはずなのだが。
何故かバランが何も言い返さない。
「なぁ、おい」
どうかしたのかと首をかしげる私に、バランはなんとも言葉では表現できないような表情。
普段とは違い、棘も何もかもが削ぎ落とされた声で言葉を発した。
『声色』とはよく言うが、その言葉の本来の意味とは別で文字のままに意味を受け取るとするならば、この声の色は『無色』だ。
「
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「――今なんて言ったのか、にゃあ?」
勤めて、冷静でいられるように自分を律するため彼女はあえて普段の会話のようにふざけた口調で話した。
しかしその目は獣人が……獣が獲物を狩る時のように好戦的でぎらぎらとしている。
「こちらに所属している、ナナシという冒険者を出してください」
しかし、そんな瞳に男は冷酷な視線と、まるで事務処理をこなすかのような淡々とした言葉を返した。
「彼女には『奴隷狩りと協力関係にあった』という容疑がかけられています」
ミニーニャの瞳孔が縦に細くなる。
それに合わせて、他の冒険者達の苛立ちも大きくなった。
奴隷狩りでのナナシの努力はきちんとギルド内に伝わっており、本人の知らぬところで彼女は自分たちの仲間であり一人の冒険者であることは認められていたのだ。
ミニーニャと同じテーブルに座っていたレーヴェが笑みをこぼす。
「面白い。王国騎士ってのは堅物ばっかだと思ってたが……見る目が変わったよ」
「冗談のセンスは最悪だけどな」と言ったレーヴェの言葉にミニーニャも酒を煽り歯を見せて笑う。
そこだけ一瞬、普段のギルドの酒場に戻ったかのように錯覚された。
「冒険者を出してください」
「にゃははは! 冗談言いに王都からやってくるなんて騎士も大変だねぇ!」
何が面白いのか、自身の膝を叩いて爆笑するミニーニャを理解できないと呆れた目で見下ろす男は小さくため息をつくと、今度はこちらに敵意を含んだ視線を向ける他の冒険者を見渡す。
そして、男の足元から幾十にも重なる複雑な魔法陣が展開される。
瞬時に身の危険を感じ、自身の武器を手に取る冒険者達を一瞥し眼鏡のブリッヂを押し上げながら今度はゆっくりとその場の冒険者全員に告げる。
「――こちらは力づくでも構わないんですよ?」
ミニーニャの鋭い爪がテーブルに食い込み木の削れる音が響く。
普段のレーヴェなら注意するであろう行為だが、気にすることなくジョッキを煽る。
そして古株冒険者二人は、その場にいた全員の気持ちを代弁した。
「「渡すわけねーだろ」」
まさに一触即発。
いつこの場で戦闘が起きてもおかしくはない緊張感が建物内を支配し、レーヴェとミニーニャの二人以外のギルドの人間と、男についてきていた王国騎士二人があまりの殺気に固唾を呑むことしかできずにいた……その時だ。
「――た、大変です!!」
閉じられていたギルドの扉が勢いよく開かれる。
そこには息を切らし真っ青な顔をした王国騎士がいた。
第三者の乱入によりその場の張り詰めた空気が和らぐ。
興が削がれたとでもいうように男は魔法陣を消すと「なんですか」と慌てて入って来たまだ若い王国騎士に報告を促した。
「冒険者が見つかりましたか」
「い、いいえ!」
「ではなんですか」
「聖剣殿が行方不明です!」
その兵士の報告に男の冷酷にも感じる無表情が初めて崩れた。
先ほどまで殺気立っていた冒険者も全員何が起こったのか理解できないでいる。
(――行方不明? え、聖剣が?)
「なっ――またですか、見張りの兵士をつけていたはずでしょう」
「全員振り切られたそうです!」
男の額に青筋が浮かぶ。
「聖剣に見張り?」という冒険者のうちの誰かの小さな疑問の声にその場の冒険者ギルドの全員、心の中で同意した。
そうこうしているうちに再び「失礼します!」と新たな王国騎士が現れる。
「聖剣殿を発見しました!!」
「そうですか」と、その報告に男は小さく息を吐く。
今度はため息ではなく、安堵の息だ。
「では、また迷子になられても面倒なのでこちらにお連れし――」
しかし、新しくやって来た騎士の報告は終わってはいなかった。
「現在、何者かと
青ざめた騎士がそう言い切ったと同時に、ギルドの天井を突き抜けて轟音と共に何かが落下して来た。
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