46 名無しとタイミング
フルーティーな香りをお風呂にて落とし、身を清めビシッと執事服を身につけたマドレー家執事ことセバスチャンさんに全力で謝罪をした。
かつてないほどの謝罪、全力の土下座だ。
(この世界に来てから謝罪する回数が右肩上がりな気がする)
シャーレイは当然のように記憶は吹っ飛び綺麗さっぱり何も覚えていなかったが、事情を説明すると私に習ってか膝をつき謝罪をしようとした……しかしこれは顔を真っ青にしたセバスチャンさんによって全力で止められた。
「ナナシ様もどうか顔をあげてください。私は気にしていません」とわざわざ私の目線に合わせて膝をつき、手を取って立たせてくれた。神か。
「そうよナナシ気にしなくていいわ」と言うキャロルに対し「お前はもっと気にしろ」と思わず口から出かけた。
いや、そんなことよりよくよく考えてみればこの屋敷の人達フリーダムすぎる。
見てたんだよね? セバスチャンさんがエルフ族の弓術の餌食になるところ見てたんだよね? なぜ誰も止めない?
当人のセバスチャンさんが特に気にしていないらしいので私がとやかく言えたことでもないが……。
とにかくこの一件が落ち着き、シャーレイに心配をかけてしまったことを謝罪した後、私も一日ぶりのお風呂を堪能し美味しい朝食をいただくことになった。
「ナナシ、今日の午前中にはコルネリアに戻るけど何かやり残したことはない?」
キャロルの言葉にセバスチャンさんが紅茶を入れながら「おや、もうお戻りになるのですか?」と尋ねてくる。
「はい。一応その予定です」
「私は予定があるから戻るけれど……ナナシさえ良ければまだここにいてもいいのよ?」
「いや、一緒に戻るよ。やり残したことはないし、次の目標もできたしね」
そう言ってから私はスープを口に運ぶ。
次の目的はもう決まっている……とりあえずだけど。
図書館で渡された読めない本の謎を解くこと、それからギルドマスターに言われた通り次はもっと遠出してみようと思う。
特に王都付近は栄えていそうだし情報も多そうなので、とりあえず行ってみるつもりだ。
資料や人の話を聞くのも大事だが自分の目でも見ておきたい。
王都に行こうかと思っていることを話すとキャロルの目元がフット和らいだ。
「え、どうかした?」
パン屑でもついているのかと口の周りを拭う私にキャロルは「違うわ」と言ってスープを口に運ぶ。
「なんだか楽しそうで微笑ましかっただけよ」
「あー、へへへ。顔に出てた?」
「ええ」
「コルネリアから王都までは少し距離があり魔物も増えますが、ナナシ様達であれば問題ないでしょう」
「私とノラもいるしな」
ノラは相変わらずパンを無表情で咀嚼しつつ小さく頷く。
そしてセバスチャンさんが若干青ざめたのを私は見逃さなかった。
もしかしたら人の家の執事にトラウマを植え付けてしまったかもしれない……。
それから朝食をとりつつ王都の話を聞いた。
話の八割が王都にあるスイーツ店の話だったりそうでなかったりしたが……それはさておき穏やかな朝食の時間は過ぎていく。
出会いに別れはつきもの、旅にも終わりがある……ついに私達がこの街を離れる時がやって来た。
そして帰り支度を終えた私達はそのまま馬車乗り場へ。
セバスチャンさんがわざわざ見送りに来てくれた。
最後にもう一度、度重なる迷惑をかけてしまったことを謝罪する。
そして私の謝罪の言葉にやはりというか、まるでお約束事のようにマドレー家の執事は小さく首を横に振るのだ。
「短いご滞在でしたがエリシオンはいかがでしたか、ナナシ様」
「貴重な体験ができて楽しかったです」
図書館の地下にも行けたし立入禁止区域にも行ったしな。
別に行きたくて行ったわけではないけど。
私の言葉に満足そうに、どこか誇らしげに大きく頷いたセバスチャンさんは自身の胸に手を置いた。
「お客様が満足して旅立たれる……それ以上、執事冥利につきることはございません」
――どうか、良い旅を。
そう言ってマドレー家の執事は名も無い冒険者へ深く頭を下げる。
魔法と神秘溢れる『知識の街』。
想定外のこともあったがこの街で体験したことの中には、きっとこの先役に立つことがあるだろう。
そして、これから先にはまだ私の想像していないような、想像もできないような不思議な出来事が待ち受けているに違いない。
未だに私の周りには多くの謎が存在している。
これを識るためにも、私はこの度を続けなくてはいけない。
気持ちを新たに、新しい冒険に向かうために……私は慣れ親しんだ街へ向かう馬車に乗り込んだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「お前出禁な」
「は?」
いきなりこれである。
街に着いて早々、馬車乗り場で待機していた目つきの悪さがいつもより五割ほど増した男に馬車から引き摺り降ろされた。
隣にいる見覚えのある青年はこれまたいつもの如くそんな彼を咎めては苦笑い。
私の間抜けな声に不機嫌そうな顔が更に歪められ子供が見たら泣き出すような不機嫌顔になる。
でもしょうがなくない? そりゃ間抜けな声も出るわ。
この傍若無人先輩は何を言っているのだろうか。
何故、街に戻って早々出禁にならないといけないわけ?
「因みに……理由は?」
「一週間は戻ってくんな」
「いや、だから理由を」
「先輩命令だからな」
「パワハラですね」
会話のドッヂボールだ。キャッチボールをさせてください。
この人豪速球投げてくるだけでこっちのボールはガン無視するんですけど。
なんだこれ、バッティングセンターか。
ヤンキー先輩ことお馴染みバランは「あ゛あ゛ー」とガラついた声を上げ上を向いたかと思えば「タイミング最悪だわ」と私を何故か睨みつけてくる。理不尽。
しかし唯ならぬ状況ということは流石の私も理解した。
「タイミング?」
「あぁ……正直、今回ばかりは最悪だ」
私の疑問に答えたのはアルだった。
先程の苦笑いはとうに消え失せ、その表情は前回の任務の時と同じように真剣。
それでいて前回以上の緊張感が感じられる。
「今、この街に『王国騎士』が来ているんだ」
王国騎士?
エクレアからすでに一度聞いたが、過去にも来たことがあるらしい。
「え、何、もしかしてドラゴン再来?」
「いや、そうじゃないんだ」
「じゃあ何だっていうの?」
「……ただの王国騎士じゃねぇ」
バランは苦虫を噛み潰すように言った。
「『
「聖剣?」
苦々しげにバランの口から吐き出された言葉には、どこか聞き覚えがある。
この世界に来る前にはゲームやアニメで散々聞いたことがあったがそうではなく、つい最近どこかで耳にしたり目にしたことがあるような単語に私は首を捻ったが……残念なことに思い出せない。
シャーレイに「知っているか」とアイコンタクトを送ってみるが彼女も知らないらしい。
「『
キャロルが独り言のように呟く。
「白き英雄の生まれ変わり、と言われている男よ」
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