44 名無しと道案内



現在、私は正座のままジークから説教という名の厳重注意を受けている。



「――、――だから――」



――もちろん全く聞いていない。


理由は二つ。

一つは危険区域だとわかっていたら絶対に近づかない。

もう一つは今回の件に関しては本気で不本意なことであり、私の意思であの場所に行ったわけではないからだ。


ソルトが近くに繋いでいるという馬を連れて来るまでの間耐えればいい。


「――とにかく、場合によっちゃ国の規則で罰されることもあるからな! 今回は厳重注意だけで済ませるが……」


そこまで聞いて「あれ?」と私の中に疑問が浮かび上がってきた。



「――そういえば二人はなんであそこにいたんですか?」



よく考えてみればおかしな話だ。

第一級危険区域だったあの場に二人がいたのも変じゃないか。


「それは俺とソルトが――」


何故かそこで目をそらして「あー……」と言いにくそうに視線があさっての方向に向けられる。

おいちょっと待て。

なんで言い淀むんだ……ちょっと待てよ、私の予想が正しければジークも私に説教できる立場じゃないんじゃないの?

もしかしたらこれミイラ取りがミイラ案件なんじゃないの?


「ちょっと、そこんとこどうなんすかジークさん」

「だから……って、別にお前に言う必要ねーだろ!」

「あります大アリです! あなたが私に説教できる立場か見極めるためにも!」


私は長時間の正座で酷使され痺れる足に鞭を入れなんとか立ち上がる。


「なんで私とノラだけ正座しないといけないんですか! めっちゃ足痺れたんですけど!?」

「……説明はできねーけど、とりあえずちゃんと理由はあんだよ!」

「さぁ! 次は貴方が正座しなさい私が説教する番です!」

「してたまるか! つーか人の話を聞けよ!」

「――何してんの」


声は馬を二頭連れたソルトのものだった。

「随分仲良くなったね」と言いながらこちらにやって来る。


「似た者同士だね二人共」

「おいソルト……こいつと俺が似てるだと? 失礼だろ、謝れ、俺に」

「お前が一番失礼だわ! 謝れ! 私に!」

「……もうわかったから、ほら行くよ」


私とジークは暫く睨み合った後、ジークの方から視線を逸らしもう一頭の馬に乗ったのを見て、私は内心「よし勝った!」とガッツポーズをしたのだが……。


「……ん?」


馬に乗ったジークがこちらに手を差し伸べて来るので首を傾げると「おい何してんだよ」と上から苛立った声が降って来た。


「え、送って行ってくれるの」

「……お前徒歩で帰るつもりか」


「半日はかかるぞ」と馬鹿にしたように言われた後「早くしろ」と強引に腕を引っ張られ、ジークの前に座らされた。

ノラはソルトの後ろに乗ったようだ。

……できればソルトの方が良かったなぁとしみじみ思っていると「飛ばすぞ」と上から声がする。


「舌噛むから口閉じてろよ」


次の瞬間には駆け出す馬。

元の世界でも馬に乗る機会なんてほとんどなかった。

私が馬に乗ったのなんてせいぜい牧場の乗馬体験ぐらいなもので、もちろんこの馬がそんなゆっくり走ってくれる訳もなく私は舌を噛まないように黙ることしかできない。

これがこの世界での初めての乗馬体験。

実際に乗っていて「競馬の騎手ってすごいんだな」と頭の片隅で思ってしまうほど、私にとって大変刺激的な経験となったのである。

馬の上から見る景色はどれも新鮮なもので、頬を撫でる風が少し冷たいが気持ちいい。


道には街灯といった灯りが無いのにも関わらず迷うことなく進んでいく。

恐らくジーク達の方が私達よりもよっぽど夜目が効くのだろう。

真っ暗闇を進んでいくのもジェットコースターのようでスリルがあって面白い。


体感で約一時間ほど走ったところで速度が落ちた。


「ほら、ついたぞ」


街の明かりにホッと息をつく。

やはり人間は灯りがあると安心するようだ。

街の中に入ったところでジークと馬から降りると、ソルトに乗って来た馬を任せると私とノラに「家はどこだ」と聞いて来た。


「え? いや、ソルトと帰らないの?」

「馬鹿かお前、夜中に女一人で帰らせられるか」


意外にも紳士的な申し出に思わず言葉を失う。

私の言葉に「何いってんだこいつ」という顔をしているのを差し引けばとても理想的、紳士的な対応と言える。

しかしせっかくの申し出を断るのも失礼なのでここはお言葉に甘えることにしてキャロルの家に向けて歩き出そうとしたところで……気がついた。


「……どうした?」

「家……どっちだっけ」

「はぁ!?」


キャロルの家、もといお屋敷の方向がわからないのだ。

ここに来た時は辺りに目が行ってしまい道を覚えることを失念していた。

言い訳になるかもしれないが、ただでさえ方向音痴なのにこんな西洋ファンタジーな世界だと余計に道がわからなくなるのは仕方がない。

よく目印になるものを覚えろとか言うが、そもそもどれも珍しいので何を目印にすればいいのかわからないという悪循環に普段から苛まれている。


「ノラ……覚えてたりしない?」


すがるような気持ちでノラに聞くが首を横に振られる。

知ってた、正直そんな気はしてた。

シャーレイ、やっぱり私とノラには君が必要だよ。


「自分の家だろ?」

「いや、友達の家に泊まる予定だったんだけど……」

「あー……じゃあその家の特徴とかないのか」


「もうそっから探すしかねぇだろ」とため息をつくジーク。

ここで放り出さないなんて、実は良い奴なのかもしれない。


とりあえず思いつく限りの情報をジークに伝えるとあっさりと場所の特定ができた。

早い話が「代々魔法使いの家系で大きなお屋敷」「キャロライン」と言う名前のお嬢様だと言うとその特性からあっさり絞れたらしい。

「ちゃんと道覚えろよ」と釘を刺され、ジークにお屋敷まで道案内してもらうことになった。


「……努力はする」


けど期待しないでほしいと言うとジークに私は頭を軽く小突かれる。

全然痛くない……バランにもこれくらい力加減をしてほしいものだ。

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