43 名無しとその二人組



――――い――――起――――


――――おい――――起き――――


――――――――――ろ!――――おい!――――


――――――――――――――――!!!



「――起きろ!」


「う……」


ゆっくりと暗闇に光が差し込み始める。

鼻につく土の焼けた匂い、砂埃を吸い込んでしまい思わず咳き込む。

あれ、ここどこだ。

何してんだろう私はこんな場所で……。

鼓膜も少しやられたのか耳にはキーンという甲高い音が響き、視界もなんだかぼんやりとしている。

体の節々が痛み、うまく起き上がれない私の背をノラが支えてくれた。


「おい、平気か」


目の前の男がペチペチと私の頬を軽く叩く。

誰だか思い出せずにその男を見つめるも、背後で瓦礫の崩れる音がして辺りを見回す。

クレーターの中心のような場所に、私たちはいた。

それからすぐに今まで何をしていたかが思い出せた。

あたりを見れば一目瞭然、地下迷宮の巨大な魔物の自爆は相当な威力だったことを物語っている。

ぺんぺん草一本生えていないうえ、巨大な石の表面が真っ赤になって溶けているようだ。

こんな爆発に巻き込まれたら人間なんて簡単に溶けてしまうだろうとゾッとした。


ふと、右手に違和感を感じて視線を向けると隣に私と手を繋いだままのソルトが倒れていた。

慌てる私に「心配するな、気絶してるだけだ」とジークが言う。


「まぁそのうち目覚めるだろ……にしてもすごいなこれ……あー報告書書くのが面倒だ」


ジークはその場に座るとガシガシと乱暴に頭をかいて空を見上げる。

すっかり空は暗くなってしまっていた。


「――はっ!?」


思わずふらつく足で立ち上がると「あぁ? どうした」とジークはだるそうにこちらを見てくる。

手を握ったまま立ち上がったためか隣でソルトのうめき声が聞こえた。

まずい、非常にまずいことになってる。

急いで帰らなければ、シャーレイもキャロルも絶対心配しているだろうに……!


「あ、あああの!」

「なんだよ」

「エリシオンってどっちですか!?」

「……元気だな、お前」


「そっち登れ」と私の後ろを指さされ、言われた通り坂を登る。

そこまで急な坂ではなかったのでなんとか登ることができた。

登りきったところはどこかの平原のような場所で、緑の大地には地平線が広がるばかりだ。

なんだよないじゃねーかと悪態をついていた私の肩を、後を追ってきたノラが叩く。


「ん」

「んん……?」


ノラの指差す方向を、目を細めて見てみると、城壁に囲まれた町のようなものが見えた。

ここからかなり先に、指の第一関節ぐらいの大きさで見えた。


「ギリギリ今日中に帰れる……?」

「……多分」


ダッシュで行けばなんとか……最悪ノラにおぶってもらおう。

まずは帰るにしても下の二人に一言お礼を言わなくてはと坂を滑り降りる。

どうやらソルトも目が覚めたようだ。

……しかし様子がおかしい。


「おいソルト、どうした?」


ジークが声をかけるが俯いたままだ。

私も不思議に思い、そっと顔を覗き込むように見る。

顔色が悪い、白い顔が更に青白くなっており体調が悪いのが一目でわかった。

もしかして私達を守るために使った魔法の反動とかなのだろうか。

だとしたら非常にまずい、私もノラも魔法に関する知識はほとんどないのだ。

ひとまずジークにソルトの顔色のことを話そうとした時、強い力で私の肩が掴まれる。


「えっと、大丈夫?」


私がゆっくり立ち上がるのに合わせて、ふらつく足でソルトも立ち上がろうとするので腕を持って支える。

ソルトは相変わらず、俯いたままの状態で何か話し出す。


「――」

「……ごめん、聞こえない」

「――、い」


耳を寄せるがうまく聞き取れない。

助けを求めるようにジークに視線を向けるとこちらの意図を汲んでくれたのか、頷いてソルトの肩を軽く叩く。


「まだ無理すんな、座っとけよ」


ジークがそういったのと同時に、ソルトは勢いよく顔を上げた。

急にこちらを向いた鬼気迫る表情のソルトを見て私は「ヒッ」と小さく悲鳴をあげてのけぞりそうになったが、肩を掴まれたままなのであまり離れられない。


白かった肌が更に青白くなり、無表情なのに眉間に深く皺を寄せた今にも死にそうな表情をしている。

真っ青になった唇を震わせて彼は自分の意思を私達に伝えた。


「き も ち わ る い」


「――は?」


その単語を私が頭で理解するよりも先に、ソルトは口から大量の(自主規制エーテル)を吐き出したのであった。




△▼△▼△▼△▼△▼△▼




「なんか胃もたれした感じに近い……大量の油物を食べさせられたような……」



そう、後にソルトは語る。


絶叫する暇も与えられなかった私は、何故か正座を緑豊かな草原の上で正座をさせられていた。

ちなみに当のソルトさんは口を濯ぎに行っているのでこの場にはいない。


「――で、お前らソルトに何したんだ」

「誤解です! 無罪放免!」


目の前には難しい顔をしたジークが仁王立ちしている。

なんとか誤解を解こうにも、正直私が原因ではないとはっきりとは言えなかったので弁明しようがない状態。


「……証拠は」

「ないです」

「……」

「あー、いや、とりあえず私はともかくノラは本当に絶対に関係ないんで!」


ソルトがああなった原因は恐らく私の『魔力譲渡』が原因だ、そうに違いない。

そうなるとノラは本当に関係がない。

むしろ私に付き合わされて死にかけた被害者なのだからなんとかノラだけでも開放できないだろうか……。


ちょうどその時、後ろから草を踏む音と共に彼が帰って来た。


「おうソルト、平気か」

「一応」


青白かった顔がただの色白に戻っていた。

顔色もだいぶマシになりホッとしているとソルトは私たちを見て近づいてくる。


「キミ、名前は」

「……ナナシです」

「そう。 じゃあナナシ――」


突然名前を訪ねて来たソルトはそのまま


「――ありがとう」


そう言って、頭を下げたのだ。


「えっと……?」

「どういうことだよ」


状況を理解できていない私達に顔を上げたソルトは説明をしてくれた。


「僕らが助かったのは彼女のおかげなんだよジーク」

「……どういうことだ?」

「彼女の魔力、ちょっと特殊みたいなんだ」


――特殊?


「まぁ……そうだな、簡単に言うと普通よりも濃い・・んだと思う」

「濃い?」

「薄める前のカルペソ・・・・って感じかな」

「……カルペソ?」


聞いたことあるような無いような単語に首をかしげると「あれ、知らない?」とソルトが不思議そうにしている。


「水で薄める甘くて白い飲み物なんだけど」

「あ、知ってます」


それ多分私の元の世界にもありましたよ、名前ちょっと違うんですけど。

「――まあとにかく」とソルトは脱線しかけた話を戻した。


「彼女の魔力は普通の魔力と質が違って密度が濃かった、だからより強固な結界が晴れたんだと思う……あのまま僕が普通に結界を張ってたら良くて重症、最悪全員死んでたからね」


「……そうだったのか」


ジークはこちらを見ると少し言いにくそうに、しかしきちんと頭を下げて「助かった、感謝する」と言った。

しかしすぐにその後顔を上げると意地の悪そうな顔をして「まぁでも」と続ける。


「一応立入禁止区域に勝手に入った訳だもんなぁ……?」

「いや、それはその……」

「一応、僕が吐いたのはキミのせいだからね? もう魔力譲渡はしないほうがいいんじゃない?」

「……すいませんでした」


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