42 名無しと地下迷宮
図書館から出てみると、そこは謎の地下空間でした。 by名無し
奇妙なこともあるもので、外に出ると建物に入る前とは別の景色が見えるなんてこともあるある……あってたまるか。
「なんだお前ら」って本当になんなんだろう、寧ろこっちが聞きたいわ、ここはどこだ。
念のため今しがた自分が出てきたはずの背後を確認するが案の定、通ってきたはずの扉は無くなっていた。
『前門の虎、後門の狼』ではなく『前門に怪物、後門は無し』とかいう最悪の状況に、この状況をどうするか考えようとしたところで先ほどの巨大なサソリのような魔物の悲鳴が聞こえ、振り返って目を見張る。
なんと魔物は腕を切り落とされもがき苦しんでいた。
私が現状に嘆いていたこの短時間で、あのハルバートを持った青年は腕を切り落としたのだ。
そしてその切り落としたであろう青年は、私とノラの方に決して友好的ではない険しい表情で駆け寄ってくるなり私の腕を引っ掴んで倒れていた柱の陰に身を潜めた。
「チッ、俺たち以外にも人がいたとはな」
「とんだお荷物だ」と言いたげな、いや、口にはしていないが確実にそう思っている苦々しい表情に腹が立つ。
こっちだって別に好きでこんなところにいるわけではない。
しかし彼らに言っても仕方がないので黙っていることにした。
そしてすぐに白い帽子をかぶったもう一人の青年もこちらにやってきた。
その青年の方は気だるげな表情を変えずにこちらを一瞥するが、すぐに興味が失せたのか隣にいるもう一人の方を向く。
「どうする、一応拘束したけどあんまり保たないよ」
「あぁ……おい、お前」
「え、はい」
「どうやってこの
「……だんじょん?」
思わず間抜けな声で聞き返してしまうと、目の前の清潭な顔はさらに面倒臭そうに歪む。
ダンジョン……それってもしかしてあのRPGとかでいう地下迷宮的なやつか。
宝箱があってボスキャラがいる、あのダンジョン?
困惑する私に「正確には十日前に第一級危険区域になった立ち入り禁止の隠し迷宮だけどね」と
白い帽子の青年が更に追い討ちをかけてきた。
『危険区域』で『立ち入り禁止』な上に『隠し迷宮』だと?
あの魔女はなんてところに放り込んでくれたんだ、と今この場にはいないぬいぐるみの魔女に対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「……オイお前、聞いているのか」
「あぁはい、聞いてます動きません」
思わず力の抜けた私の適当とも取れる返答にハルバートの青年がイラっとしたのがわかったが、こっちはそれどころじゃない。
あの魔女、次会ったら、絶対に一発殴る。
別に嫌いになったとかそういうわけじゃないけどあれだ、ケジメってやつだ。
私がそう心に決めたその時、場の空気が一変する。
帽子の方の青年が何かに気づき立ち上がり、魔物の方をみると目を見開く。
その様子にハルバートの彼も同じようにそちらを向いて「なっ」と短く声をあげた。
私も気になり、柱に手をついてこっそりと目だけ見えるように魔物を見る。
魔物は金色の鎖のようなもの(恐らく白い帽子の彼の魔法だろう)に拘束されて動かない。
一見倒したんじゃないかと思うほどピクリとも動かない魔物を見て首をかしげる私の耳にノラのいつも通りの平坦な声が聞こえてきた。
「
突然のその言葉に「は?」と首を傾げる私だったが、そのノラのつぶやきと同時に隣の二人は動き出す。
ハルバートの青年は柱の陰から飛び出し魔物に向かって武器を振るう。
しかし硬い外殻によって弾かれてしまった。
「あぁくそっ!」
「こっち、早く」
白い帽子の方の青年は私の手を掴むと魔物から離れた場所に向かって駆け出した。
そしてそのまま上り階段を駆け上がる。
ハルバートの彼も後ろからすぐに追いかけてきた。
……どうでもいいけどなんだか最近走ことが多い気がするなぁ。
「おいソルト! 何が起こってる!?」
「多分だけど拘束されてしばらく経つと自爆するんじゃないかな」
「はぁ!? 何でだよ!?」
「そんなの僕が知るはずないだろ、ジークが両腕切り落としたからじゃないの?」
「俺のせいにすんな!!」
走りながらコントのようなやり取りをするこの二人、ハルバートの彼は『ジーク』、白い帽子の彼は『ソルト』と言うのか。
……。
「……確かに塩対応だ」
「あぁ!? なんか言ったか足手まとい!」
「ついに包み隠さず言いやがった!」
あまりの言われようについ私の心の叫びが出てしまった。
こんなやり取りをしつつ階段を上がりきると広間のような場所に出た。
私はもう息も絶え絶え、その背中をノラがさすってくれているがジークもケロッとしている……っくそ、体力化け物め!
あ、でもソルトの方は息切れしてる。なんか親近感。
「――で、出口はどこ」
「地上の出口まであと『二百八十二階』ってとこかな」
「はっはっはご冗談を」
「なんだお前、ここまで降りてきたんだろ」
ジークが訝しげな顔でこちらを見てくるが、私はそもそもこんなダンジョンに入った覚えはないんです。
しかし図書館の本泥棒の魔女に転移させられたんです……なんて言ったところで絶対信用してもらえない、むしろ私とノラの怪しさが加速するので言わない、というか言えない。
「どうするジーク、彼女もう限界みたいだけど」
あ、ソルトがなんか哀れむような目でこっち見てる。
表情変わんないけど目が言ってる、なんだよお前だって息上がってたじゃないか!
私が顔を上げると、今度は地面が揺れ始めた。
頭上からパラパラと砂が降ってくる……もしかして結構やばい?
「ソルト!」
ジークの呼びかけにソルトは素早く持っていた本を開く、そして何故か私の方を向いた。
それから「ん」と言って手を出してくる。
私は少し考えた後、迷うことなくその手を握った。
そしてソルトは変わらずの死滅した表情で「魔力」と一言。
「え? 魔力?」
「結界はるのに魔力が足りないから、早く」
「あぁ、なんだてっきり握手かとおも――」
私が言いい終わるよりも前に――
地面が崩れ、ただでさえ高かった天井が遠のいていく。
内臓が浮く感覚、足元から熱を感じ、下を向きそうになったところでソルトが握っていた方の手が強い力で引き寄せられる。
ゆっくりと崩壊していく情景の中、変わらず表情のない彼が口を開く。
音は聞こえないが口の動きで何を言っているのか、それは私でもすぐに理解することができた。
『し』
『ぬ』
『よ』
このたった三文字。
しかしこのたった三文字の言葉の破壊力は凄まじく、私に余計な思考を振り払わせて行動を起こさせるには十分すぎる言葉だった。
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