幕間 【不器用先輩の後輩】


キャロルとナナシがコルネリアを旅立って二日目の昼。

回復薬がいない状態でのクエストは危険だというアルの判断で、キャロルが戻るまでの数日間は二人でなるべく危険の少ないクエストを受けるようにしていた。

危険が少ないということは、バランからしてみれば『手応えがない』ということである。


「――おい知ってるか、最近うちに出入りしてた嬢ちゃんいただろ」


食事をしていた手が止まる。

バランのいるテーブルからはかなり離れた席での会話だが、彼の耳にはしっかり届いていた。

話しかけられた方が「あぁ、あの爆破魔デストロイヤーの……」と言ったのに思わず吹き出しそうになり俯く。

ナナシは奴隷狩りの任務が終わった後すぐにここを発ったので知らないだろうが、彼女がいなかったこの数日間でナナシは『石ころを投げる女』から『爆破魔デストロイヤー』へと昇格していた。

別にバランが広めたというわけではないのだが、人の口に戸は立てられないということか、何故か彼女が奴隷狩りを爆破したことは広まっており可笑しな二つ名がつけられている。


しかし悪いことばかりではなく、この二つ名がついてから今まで彼女を馬鹿にしていた人間が減ったのは事実で、ナナシは確実にこのギルド内に受け入れられつつあった。


「一時期オークキングの牙がレボルトの店に入荷したって話あっただろ?」

「それがどうしたんだよ」

「あれレボルトの店に納品したの……あの子なんだって」

そう言った男に「マジかよ!?」と驚くもう一人の男。


「あぁ、なんか森で拾ったんだと」

「うっわー……なんっつー強運だよ」


会話を聞きながらバランは落胆した、「あぁなんだそんなことか」と。

そして拾ったというのは嘘だと言うことをバラン含めたアルとキャロルの三人は知っていた。

実はレボルトからこっそり聞かされていたのある。

ナナシ達は騙せたつもりだろうが、レボルトが言うにはそれはもう酷い演技だったとか。

「何かあればナナシをよろしくな」とも言われていた。


バランはあの村で奴隷狩りと戦った時にもう一人一緒にいた、ナナシの奴隷だと言っていた男を思い出す。

気味が悪いほどに白い男、あの男が只者ではないことをバランは気づいていた。

恐らくアルも勘付いている。

元は強い傭兵だったのか、それとももっと別の何かだったのか。

正体はわからないがとにかく、あの黒い手を使う男がいるのだからオークキングくらいは倒せるだろうとバランは考えた。

そして恐らくだが、倒したのはナナシではなくノラの方だということも。

……バランの予想は当たっている。


――なんだつまんねーな、そんだけか。


退屈しのぎにもならなかったとバランが目の前の食事に意識を戻したところでギルドの扉から一人眼鏡をかけた青年が入ってきた。

なにやら慌てた様子でしかし好奇心を隠せない顔をして、先程までバランが聞き耳を立てていた男二人に駆け寄る。


「聞いてくれ! すごい話を聞いたんだ!」


未だ興奮冷めやらぬと言った様子で話し出す青年を笑いながら「まぁ座れよ」と席に座らせる男。


「おいおいどうしたよ慌てて」

「なんかいい話でもあったかぁ?」

「いや、あまりよくないかもしれない」


すかさず「よくねぇのかよ!」とツッコミが入る。

……こいつら暇なのか? と思ったバランだったが、そんな彼らの話に聞き耳を立てている時点で人のことは言えない。


「近々この街に、王国騎士が来るんだって!」


『王国騎士』という単語にバランは思わず目を見開いて固まる。

当然、食事を再開しようとしていた手も止まった。


――わざわざこんな田舎町に王国騎士が?


四年前、この街にファイアドレイク討伐のギルドクエストが発行された時に王国騎士が街に来た。

王国騎士が動くということは国が動くということだ。

つまり国が動くほどのことがこの街にあると考えてもいい。


「でもよぉ、わざわざこんなところに何しに来るんだ?」


一人が不思議そうに首をかしげる。

ドラゴンが現れた、他の国が襲って来た……ともなれば国が動くのもわかるが、現在のエリシオンは今の所いたって平和だ。


「それがさ、前に王都付近で数十体のオークキングとオークの群れの討伐作戦があったんだけど、そのうちの数匹を討伐し損ねたらしいんだよね」


バランは脳裏に能天気にアホ面を晒す後輩と認めた彼女が脳裏に浮かぶ。

意外と頭が回るバランは瞬時に理解した。

――あの馬鹿が何かやらかしたな、と。


「それでこの街の店にオークキングの牙を使った武器が出回ってるって聞いて、納品した人間を探してるらしいよ」

「なんでわざわざ?」


そう疑問を口にした男の頭をもう一人の男が軽く叩く。


「馬鹿お前、オークキングだぞ? ほっといたら小さい村なんか一瞬で更地になるだろーが」


その男の言う通り、オークキングとはとても凶暴で強い魔物だ。

実際、一晩で街や村が壊滅したという例もある。

倒すには心臓を貫くか、首を落とすか、脳と神経が繋がっている二本の牙を折るしかない。

硬い皮膚が剣を通しにくいため、首をはねるのも心臓を貫くのも難しく、消去法で二本の牙を折ることになるのがほとんどだ。

そんな魔物を放っておけるはずもなく、王国騎士が討伐しようと言うのも理解できる。


「数十体の内、一体でも野放しにしておいたら大事になんだろ」

「じゃあオークキングを倒したのは……もしかしてあの嬢ちゃんってことか!?」

「違う違う、オークキングの死体が見つかったのは森から離れた平原だったんだよ」


「じゃあ関係ねーな」と男が言うがそれは違う、大いに関係ある。


バランは何故かその先を聞きたくなかった。

とても嫌な予感がした。


「彼女が持ってきた牙は森で拾った・・・・・……ってことは、その牙の持ち主のオークキングが生きてる可能性があるって事だよ」


「あー! なるほどなぁ!」と感心したような声を聞きながら、バランは静かに席を立つ。


全くとんだトラブルメーカーだと呆れて物も言えない。


ナナシ達はオークキングの牙を『森で拾った』と言った。

しかし両方の牙が折れたオークキングの死体は森から離れた『平原』で発見されている。

つまりナナシ達の拾った牙の持ち主――


――『片方の牙だけ残ったオークキング』という存在しない魔物を王国騎士は探しているということになる。


数十体の内の一体でも野放しにすれば後々大変なことになるから、一体でも残っているなら被害が出る前に討伐しなくてはいけない。

あの真っ白な男とエルフの女を連れている彼女は何かと目立つ。


「……馬鹿が」


今その場にはいないナナシに悪態をつくとバランは歩き出した。

一応、自分の後輩と認めた手前、彼女をどうしても放っておくことができなかった。

こうして彼はナナシの知らないところで、彼女の為に奔走することになるのである。


どうして森で拾ったなどと見え見えの嘘をついたのか、平原のオークキングをそのままにしておいたのかなど、言いたいことは山ほどあったがとりあえず今はそれを飲み込む。


詰めの甘い後輩のため。

バランの足は真っ直ぐにアルの元へと向かうのであった。


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