37 名無しと探し物



『大切なものは案外身近にある』みたいな言葉を何度か聞いたことがある。

近すぎて気がつかないことわざで言うところの『灯台元暗し』的なことだ。


キャロルの案内でこの国で一番大きな図書館に向かう途中に寄った本屋。

そこで見つけた、なんとなく気になってしまった一冊の本を私は手に取る。


『異界の聖女』


……んん?


「あら、ナナシ……随分と懐かしい本ね」

「懐かしい? 読んだことあるの?」

「えぇ、でも有名なのはこっちね」


キャロルはそう言うと私から少し離れ、すぐに一冊の本を手にして戻ってきた。

本は私が持っているものとは違い、薄くて大きい。

タイトルは……


「『しろいえいゆう』?」

「えぇ、これは子供向けの絵本だけど内容は同じよ」


あぁ、要するに私で言うところの『竹取物語』を『かぐや姫』にした感じか。

子供に馴染みやすくお話をマイルドにするのはこの世界でも同じということが判明しました。


「子供の頃に読んだことはない?」

「……あー、えっと、多分あったりなかったり?」


もちろん読んだことなんてない。

しかし、この本の知名度がもし『桃太郎』レベルでそれを知らないとなると、私はかなりやばい人間ということになる。

桃太郎を知らないのは流石にまずい、常識レベルだ。

なので申し訳ないが曖昧な返事をさせてもらった。


結果、キャロルは気にしていないようで、私が本を取った棚の横に置いてあった本を二冊手に取る。

どうやら私がこの本を読んだことがないと言うのは特に不自然なことではなかったようで安心した。

おそらくこの本の知名度は『まぁタイトルは知ってるけどストーリーは知らない』なんて人もいるレベルだったのだろう。


「絵本は子供向けに一冊にまとめられているけど、本来はこの『白の書』と『黒の書』の二冊ね」


……なんかすげぇ禍々しい名前だな。


「どんなことが書いてあるの?」


そう尋ねるとキャロルは説明しようとして口を開くも「本は自分で読むのが一番よ」と言って教えてはくれなかった。


まぁ、確かにそれは一理ある。

結構メジャーな本のようだし、図書館に行けばあるだろう……と思ったのだが、なんと彼女はその白の書と黒の書を手に取りレジへと向かってしまう。


止める間もなくお会計を済ませた彼女は、私に本の入った袋を持たせると「プレゼント」とだけ言って私のお礼も返事も聞かずにさっさと店を出て行こうとする。


そして、ふと彼女は振り――


「あぁでも、その本については教えてあげるわ」


――と言って私の持っていた『異界の聖女』と書かれた本を指差す。


「白き英雄の恋人で異世界からやってきた・・・・・・・・・・女性、聖女様について書かれた考察本よ」


拝啓、ギルドマスター様。


地下に行けって言ってたけど案外探し物は身近にあったりするみたいです。


とりあえずこの本の購入は確定した。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼





かつてこの世界にはファンタジー世界よろしく、とっても悪い『魔王』が存在していた。

世界から光を消し去ろうとするこの魔王を討ち倒さんと立ち上がったのが、闇を払う『聖剣エクスカリバー』に選ばれた『白き勇者』と呼ばれる青年。

旅の途中で彼は『異世界』からやってきたと言う女性と出会う。

文字通り浮世離れした美しさとその優しさから『聖女』と呼ばれ、勇者達と共に旅をし最終的に勇者と恋仲になる。


ここまでが『白の書』のあらすじだ。

『黒の書』の序盤には魔王が誕生した理由が綴られている。


そもそも魔王が存在したと言われている五百年前は種族間の争いが絶えず、恨みのような邪悪な感情が渦巻く世の中であったらしい。

悪意の塊こそが魔王の正体だった。

長い長い旅の果てについに魔王の元までたどり着いた勇者と聖女だったが、魔王はとても強力だった。

結果として勇者と魔王は相打ちになる形でこの世から消滅し、残された聖女は魔王の正体を世界に広め長きに渡り続いた戦争を終結させた。


その後の聖女の消息を知るものはいないが、聖剣は恋人である聖女の墓に共に埋葬されたのだと言い伝えられている。



以上が、白の書と黒の書の大まかな流れである。


本を仕舞い、隣に座るノラに「行こうか」と声をかけた。


本屋を出た後キャロルがエリシオンにある有名なケーキ屋にあるミルフィーユの話を始めたところ、案の定シャーレイが食いつき、とても行きたそうにしていたのだが「だがしかしナナシの護衛が……」とかもだもだ言っていたので「今日は休暇だバカンスだ!」と言って問答無用で別行動させたのだ。


別れる寸前、嬉しさを噛み締めながら恥ずかしそうに顔を赤らめて「すまないナナシ、感謝する」と言った彼女は普段とのギャップもあり超可愛かった。

私が男なら確実に落ちていたと思う。


普段気を張ってがんばってくれているので、今日くらいは肩の力を抜いてほしいという私の意図を汲んでかキャロルも快く引き受けてくれた。

結果として現在キャロルとシャーレイはここにいない。

今頃は煌びやかなケーキお前に目を輝かせ、ミルフィーユの食べにくさに悪戦苦闘しているだろう。


立ち上がった私は隣に立つノラを見上げた。

考えてみれば今まではシャーレイを含めて三人で行動するのが当たり前になっていたので、ノラと二人きりになるのは初めてだ。

……あ、とそこで気づいた。


「ノラ、もしかしてケーキ食べたかった?」


いつもぼうっとしていて自己主張がゼロに近いノラ。

反射的に二対二に別れてしまったが、もしかして彼も行きたかったんじゃないだろうか。

普段の様子から食べるのは好きなようだし、ここは街の中で治安もいいので別に単独行動が危険というわけではない。


「遠慮しないで。 シャーレイもノラも、ここにいる間は好きに過ごしてくれていいから――」


言い終わる前にノラは私の目を見つめたまま首を横に振ると、私の手をとって優しく握った。


「一緒にいる」

「あ……うん、了解」


ノラにしては妙にはっきりとした物言いで、握られた手は見た目よりも暖かく、それでいてやはり女性の手とは違い見た目よりもしっかりしていて、なんだか心臓がドキドキして猛烈に恥ずかしくなって……とにかく頭を抱えてその場に座り込みたくなった。


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