36 名無しとお嬢様
このお屋敷のメイドさんに案内されながら長い長い廊下を歩く。
移動しながらキャロルがこの家のことを話してくれた。
まずはキャロル自身のことだが、そこですでに行き詰まった。
「キャロ……ごめん、なんだって?」
「『キャロライン・ルタ・マドレー』よ」
「キャロルって言うのは」
「愛称ね。キャロラインって呼びにくいでしょう?」
そのまま客室に案内され、玄関で見た紳士こと執事の『セバスチャン』さんがいれてくれた紅茶を一口飲み、私はソファーに深く腰掛ける。
やはり高級ものだからだろうか、ふかふかとしていて体が包み込まれるように沈んでいく。
煌びやかな、値段もわからないような調度品で作られた客室で美味しい紅茶をいただいているはずなのに何故かどっと疲れた。
右隣のシャーレイは普段通り落ち着いており、その気品からかこの空間が妙にマッチしている。
対してノラは御茶請けで出されたスコーンを一口で平らげていた。
おい、それ私まだ一口も食べてないんだぞ。
なんなの? なんでそこまでブレないのキミたち。
「まぁ、驚かれるもの無理はありませんな」
そう言ってメイドさんが持ってきた追加のスコーンを皿に乗せて私の前に置いてくれたセバスチャンさんは楽しそうに笑った。
「マドレー家はこのファランドール王国内でも長い歴史を持った、由緒ある魔法使いの家系なのです」
「国内? 今国内って言いました?」
「家の歴史が長いと言うだけよ」
「代々優秀な魔法使いを輩出しており、かく言うお嬢様もファランドール国立魔法学園を大変優秀な成績で卒業しておられます」
「必要な知識を身につけていたら自然とそうなっていただけ。大したことじゃないわ」
いつも通の澄まし顔でティーカップを手に取るキャロルだが、もう色々とツッコミどころがありすぎる。
自然と勉強してたらトップの成績って……その時点ですごいわ。
まず自然と勉強って部分が無理だもん、自然と勉強する気になんてならないよ。
キャロルってもしかしなくても、超エリートのお嬢様じゃないか。
「そんなに優秀なのに、どうして冒険者などしているんだ」
「あ、それ確かに」
「それだけ優秀であれば王国魔法師にもなれたんじゃないのか?」
シャーレイの疑問はごもっともだ。
王国魔法師……要するに城勤と言うことだろう。
この世界では城勤ってかなりすごいんじゃないだろうか、現代風に言うと公務員とかに近いだろうから正直冒険者なんかよりいろんな意味で安定していそうだ。
「私は回復魔法しか使えないからって言うのもあるのだけれど……父の影響かしらね」
「キャロルのお父さん?」
「お嬢様のご両親は、その……少し個性的な方でして」
「変人なのよ」
セバスチャンさんがなんとか頑張ってオブラートに包んだが、キャロルはそれをあっさりと破り捨てた。
「母は魔法研究で研究室にこもりっきりでもうずっと家に帰っていないし、父も『新しい魔石を発掘するまで帰らない!』と言って八年前に出て行ったっきりよ」
「はっ八年!?」
なんでもないことのように言うがこれでいいのかマドレー家。
「由緒ある家系なんだよね? 当主不在ってまずいんじゃないの?」
「そこは大丈夫よ、セバスチャンもいるし」
そう言われたセバスチャンさんは苦笑いをしていた。
全部丸投げかよ、セバスチャンさんのストレスがマッハ。
「まぁとにかく、じっとしてられない性格なのよ昔から」
席を立ったキャロルは「それじゃ、早速行きましょうか」と楽しそうに急なことで動けずにいた私たちにいたずらっぽく笑う。
「言ったでしょ? じっとしてられない
おしとやかなお嬢様かと思ったが、案外彼女はじゃじゃ馬で確かに冒険者向きの性格だなと納得してしまった。
そして多分たけれど彼女は父親似だな。
「お、お嬢様! もうお出かけになられるのですか」
「もうちょっとゆっくりしない? せめて予定だけでも組んで行こう?」
私がそう言うとキャロルは少し考えた後「それもそうね」と言って席に戻る。
そんな彼女の後ろでホッと息をついたセバスチャンさんが申し訳なさそうにこちらを見てくるので「大丈夫です」と手を振っておいた。
多分この人家主は家にいないしお嬢様もこんな感じでは気が気じゃないんだろうな。
それに見たところこの二人はかなり長い付き合いのようだ。
セバスチャンさんもキャロルのことは子供の頃から世話したりしてきたんだと思うのでなんだかちょっと気の毒になってしまい、思わず助け舟を出してしまった。
『親の心子知らず』とはよく言ったもので、セバスチャンさんの心配する心はキャロルにあまり届いていないらしい。
まぁ、せっかく実家に帰ってきたのだから私も正直ゆっくりしてほしい。
……あと私まだスコーン一口も食べてないし。
ノラは意外にも行儀がよくて人の皿から物を取ったりしたことはないのだが、それでもやはり心配なのでお皿の上にスコーンが存命のうちに食べてしまおうと手を伸ばした。
「……うまっ!」
私が食べたのを見てシャーレイも目をキラキラさせながら恐る恐るスコーンに手を伸ばし食べ始めた。
「それは良かったです。そちらは私の得意料理の一つでして」
「これセバスチャンさんが作ったんですか?」
「食事はシェフが用意していますが、こういったお茶菓子などは
「な、ナナシのそれはなんだ? 私のものとは違うな?」
「これはチョコとナッツだね」
「シャーレイ様が今召し上がられているのはベリーを使ったスコーンですね。よろしければこちらも……」
「ノラ、味わって食べなよ」
「ふふっ」と笑う声が聞こえてキャロルを見た。
今の私達のやりとりを見ていた彼女はなぜか嬉しそうに楽しそうに微笑んでいる。
今まで見たことがないような、はっきりとした……変な言い方だが年頃の女の子らしい笑みだった。
セバスチャンさんもこれには困惑しているようで私と顔を見合わせるしかない。
「――あぁ、ごめんなさい。私今まで友人を家に呼んだことがなかったから」
微笑む彼女の顔は少し寂しそうに見えた。
「ちょっと、舞い上がっていたみたい」
「お嬢様」とセバスチャンさんも悲しさ半分嬉しさ半分の表情で彼女を見つめる。
失礼なことだが、おそらく彼女のツンとした態度や家柄から友人などはあまりいなかったのではないかと推測される。
そんな彼女が『友人』と言ってくれたことがなんだかとても嬉しくて、それも恐らく初めての友人だ。
彼女が家に招いた初めての友人だなんてとても光栄なことじゃないか。
「ナナシどうしたの? 顔が変よ?」
「あ、なんでもないです」
無意識のうちにニヤケてしまっていたらしい。
どうして私の表情筋は肝心な時にゆるっゆるなのか。
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