35 名無しと確実な嘘

 


「それではナナシさん、お気をつけて」

「ありがとう。お土産楽しみにしててね」



ゆるいウェーブがかった髪を揺らして微笑む少女。

馬車乗り場まで見送りに来てくれたのはアカバネの宿のオーナーであるおじいさんのお孫さんの『ハル』ちゃん。

私がこの宿に泊まった次の日ぐらいだったか、確か風呂上がりに遭遇してからたまにお喋りするようになったのだ。


たまにここに来ておじいさんの仕事を手伝うなんとも健気で優しい孫なのだとおじいさんが自慢していたのを思い出す。

マリンちゃんといいハルちゃんといい相変わらずこの世界の顔面偏差値はかなり暴力的に高いのでおそらくこの世界の神様とやらはかなりミーハーなのだと思う次第である。


話の流れから察せると思うが、私達は今日エリシオンへ向かうことになっている。


ギルドマスターからのよく分からない助言の後、下の階で私を待っていたらしいキャロルに「出発は明日よ」と言われかなり焦った。

それなら急いで準備をしようと言った私にさも当然のように「貴方は何も持っていかなくていいわ」と凄まれ、旅行に行くと言うのに普段とほとんど変わらない装備である。


「貴方はバカンスに行くのよ」と何故か怒られ気味に言われたのではい、もういいです。

大人しく手ぶらで行きます。

別に今生の別れというわけでもないので、挨拶もそこそこに私は馬車に乗った。


「今日は晴れてよかったわ」


私の向い側に座るキャロルを見た。

「どうしたの?」と不思議そうな顔をして言われたので「なんでもない」と返す。


何気に今日一番の驚きだ。

普段の超露出度の高い服装からは考えられない……そう、キャロルの私服姿を見るのは何気に今日が初めてなのだが露出が少ない。

深緑色のシンプルなワンピースを着た彼女。

いや、これは普通の格好なのだが、なんというか……意外すぎた。


本来なら地味で暗いイメージになりがちなワンピースを着こなしている。

やっぱあれかな、モデルが着るとダサい服も高級品に見えるというやつなのだろうか。

シャーレイも最初二度見してたしな。 

視覚効果というか、普段とのギャップってすごいんだな。


「そういえばさ、私ほんとに何も持ってきてないけど大丈夫なの?」

「えぇ、問題ないわ」

「タオルとか着替えとか」

「必要ないわよ、私の実家に泊まるのだし宿の心配もいらないわ」


「だから」と言って腕を伸ばして私の頬をするりと撫でて微笑んだ。


「もっと肩の力を抜きなさい」


……え、何それイケメン。

正確には美女なんだけど、紳士かよ。

一連のやりとりですっかりやられてしまった私はもう黙るしかないので、ここはキャロルを信用して大人しくすることにした。

しかし一度に三人も泊まりに行ったら迷惑なんじゃないだろうか?という不安だけは拭えずにいた。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼





『エリシオン』

ファランドール王国内でも魔法研究が盛んであり、別名『知識の街』である。

中でも最も有名なのが『ファランドール国立魔法学園』及び『魔法図書館』。

知識の街と呼ばれるだけあって比較的街には本屋や魔法に関する店が多い。


確かに、街を歩いていても本屋がずらりと並んでいる印象を受ける。

店先でお店の従業員が元気一杯に大声で客寄せをしている賑やかなコルネリアとは違い、知識の街なだけあってもっと知的な印象を受けた。

活気はあるのだが、そこまで騒がしくもない。

いい意味で落ち着いた街なのだろう。

すれ違う人達もなんだかみんな頭が良さそうに見える。


「――ついたわ」


物珍しさからついキョロキョロと辺りを見ていた私は思わず前を歩いていたキャロルにぶつかりそうになった。


「あぁごめんごめん! つい、た……」


「どうかしたの?」と動かない私に声をかけるキャロル。


馬車の中で「一度に三人も泊まりに行ったら迷惑なんじゃないだろうか?」なんて考えていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。


「――豪邸だな」


いたって冷静に、シャーレイが呟いた言葉に激しく首を振る。

よくお金持ちエピソードで「門から玄関まで数十メートルあるんでしょ」みたいにネタにされる奴があるが、まさにその通り……ってか本当に豪邸だった。


「これあれだ、庭にプールとかある奴だ」

「プール? あるけど、入りたいの?」


震える声で言った言葉をあっさりと肯定してみせたキャロル。

違うんだ、別に入りたいわけではないんだということはかろうじて伝えられた。

なんか壁もすごい高い、なんだこれ、ベルリンの壁か。


混乱する私をよそにキャロルが一歩踏み出すと門が自動で開く。

そしてそのまま石畳の上を歩いて行くので慌てて追いかけた。

両サイドの整地された芝生が綺麗すぎてとても怖い……うわっ噴水まである。

玄関までたどり着くと門と同じように扉がゆっくりと開いた。


真っ赤な絨毯、天井には輝くシャンデリア。

中央には大きな階段があり、床や壁はピッカピカの大理石。

老人の割にスッとした佇まいの黒い執事服を身につけた、いかにもな執事が穏やかに微笑む。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


そう言って恭しく頭を下げると赤い絨毯の両サイドに並ぶメイド服の女性も頭を下げ、そのお嬢様の帰りを出迎えたのでした。


これには私達三人、絶句である。

いや、ノラはいつも無言なんだけども。

それより目の前の執事さん今完全にお嬢様って言ったよね。

……うん、これやばい奴だ。 なんか冷や汗が止まらない。


今更ながら自分はどうやらとんでもないところに来てしまったようだ。


「ただいま」


いつも通り、クールで無表情なキャロルに私は好奇心を抑えきれずどうしても尋ねずにはいられなかった。

できるだけ小声で呼びかけると「どうしたの?」とこちらを振り向く。


「キャロルってもしかして……結構なお嬢様だったりする?」


キャロルは数度瞬きをして、私から視線を執事やメイド達へ。

それから屋敷の外に向けた後心底不思議そうに私の目を見て言うのだ。



「そんなことないわよ?」

「いや、絶対嘘じゃん」



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