魔法の街『エリシオン』
34 名無しと死神
「……報告書です」
「ご苦労」
包帯だらけの手で報告書を受け取るギルドマスター。
相変わらず仮面のせいで表情がわからない。
この謎の人物ギルドマスターについては性別しか判明していないしどんな人物か全くわからないので逃げて意識が強いのだ。
……いや、もしかしたら性別も違うかもしれない。
「お疲れナナシ」
背中を叩かれ若干前のめりになる。
ミニーニャさんはそんな私を見て満足そうに笑った。
街に戻ると早々に「先輩命令だ、行って来い」と何処ぞの青髪不良半獣人先輩ことバランに背中を蹴飛ばされ、ギルドへ泣く泣く報告書提出にやって来た私。
ぶつくさ文句を言っていると一部始終を見ていたミニーニャさんが事情を察してなんと、ついて来てくれたのだ。
これだ、この優しさが大切なんだよバラン(先輩)。
ミニーニャさんのような優しさも必要なんだよコノヤロウ。
「じゃあ行こうか。ボス、失礼しますね」
「はい、失礼します」
やっとこの部屋から出られるという安心感から肩の力が抜け、背を向けたところで「待て」とお声がかかった。
「ナナシ、話がある」
私はないです、なんて言えるわけもない。
ミニーニャさんの方を見るが彼女も意外だったのか、少し驚いた顔をした後すぐに苦笑い。
これは彼女にはもどうすることもできないらしい。
「申し訳ないが、キミの連れの二人も席を外してもらえるか」
おっと、これはマジで二人っきりか、やばい精神的にやばい。
「あー、じゃあ私達は外で待ってるんで」
ミニーニャさんはそう言うとシャーレイとノラの手を引き、強引に部屋の外に連れて行く。
それから最後に「手短にお願いしますね」と言ってウインクをすると自身も部屋から出てゆっくりと扉を閉めた。
手短に、と言うのは彼女なりの気遣いだったのだと思う。
……できれば私も手短に済ませてほしい。
人がいなくなった部屋は予想以上に静かで、時計の針が動く音だけが聞こえる。
ギルドマスターはテーブルに肘をつき、顔の前で手を組む。
私はというと、ギルドマスターの不気味な骸骨のお面を見たまま動けずにいた。
ただひたすらの静寂。
外は晴天、天気が良くて気持ちがいい日なのにこの空間だけなんか空気が重い。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。(用があるならはよ話せや!!)」
いや、まさかこの人寝てるんじゃないか?
窓から入る日光を受ける死神を疑い始めたところで「ナナシ」と、独特の低い声で話しかけられ思わず飛び上がりそうになる。
「へいっ!」
思わず寿司屋のような返事をしてしまったが、目の前の死神はそんなことは気にしていないようでそのままゆっくり話し出した。
「――『エリシオン』に行くそうだな」
なぜ知っている。
私の疑問をよそに、ギルドマスターは真っ黒なローブの袖から何かを取り出すとデスクの上に置く。
近寄って見て見るとそれは封筒だった。
赤い蝋で封がしてある。
確か
洋画でしか見たことがなかったのでちょっと感動する。
「……これを届けるんですか?」
「いやこれはナナシ、キミへだ」
てっきりこれを「エリシオンにいる知り合いに届けてくれ」とか、そういうお使いクエスト的なお願いをされたのだと思った。
え、目の前に本人がいるのに手紙を渡すの?
「私に……ですか?」
「地下に行きなさい」
「え、地下?」
「そこにキミの求めるものがあるはずだ」
「ちょ、ちょっと待っ」
「この世界は
再び訪れた静寂。
無音の中、私は自分の手が震えていることに気づいた。
――なんで、それを。
その言い方じゃまるで私がこの世界の人間じゃないと、気づいているみたいじゃないか。
仮面の向こう、普段なら見えない筈の目が見えたような気がして思わず後ずさる。
そんな私の手を、逃げるなと言わんばかりに目の前の死神が掴んだ。
痛みを感じないが振りほどけない、絶妙な力加減で掴まれた腕をそのまま引かれ、思わずデスクに手をついた。
骸骨の面にぶつかりそうになるギリギリの距離まで近づく。
面の奥で、赤い何かが鈍く光った。
そこから目を離せずにいると、私の耳に普段とは少し違った重低音が響く。
「――世界と自分を知りなさい、それからどうするか決めるといい」
子供に言い聞かせるような、意外なほど優しい声色。
驚き固まっている私の手を離すと「話は以上だ」とさっきの優しげな声がまるで幻だったかのように戻ってしまった。
色々と聞きたいことはあったが、そんなことができるような空気でもないし自分からこれ以上首を突っ込むべきではないような気がして。
それから多分この人は答えてくれないんだろうなと、確信に近い予感のようなものもあったのでおとなしく退室することにした。
あの赤い目と声がどうしても頭から離れない。
世界を知り、自分を知れ。
ギルドマスターは私が異世界から来たことを知っている、確実に。
その上であの言葉を言ったんだとすれば何か意味がある筈だ。
そもそもこの世界での私……というか『異世界人』はどういう存在なんだろう。
もしかしてそれも踏まえて知ってこいと言っているのだろうか。
ギルドマスター……どんな人物なのか、謎は深まるばかりである。
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