38 名無しと知識の塔


一見して城のようにも見えるその建物は、どこか神秘的で人間とは関わりのない別の世界の建物のように思えた。

真っ白な外壁には溶けかけの氷のような美しい結晶が輝いている。

エリシオンで最大規模の魔法図書館こと『知識の塔』。

知識の街の知恵の塔とはよく言ったもので、建物から出てくる人や自分の周りの人間が全員頭が良さそうに見えてくる。

というか、多分頭がいいのだと思う。


緊張しつつ階段を上がりきり、中に一歩踏み入れるとともにその世界観に圧倒された。

まさに『本のための世界』。

入ってすぐにもう壁一面本棚、床はワインレッドの絨毯が敷き詰められており、一庶民である私は歩くのも申し訳なくなってくる。


おかしい……私は図書館に来ただけのはずだったのに、なんでこんなに緊張しているんだ。

全ては私のメンタルの弱さが招いた結果だが……。

とにかく、ここで緊張していると逆に不審だし目立ってしまうので私は逆に堂々とすることにした。


そして歩き出した時、私の目の前に本が飛び出して来た。

本棚から、本がひとりでに、飛び出して来たのだ。

その本はふわふわと中に浮いたまま、私の少し先にいた男の子の元へ飛んでいく。

男の子は何食わぬ顔でその本を手に取ると他にも数冊同じように空中に浮いた本を積み重ね、歩いてどこかへ消えて行った。


この一部始終を見ていて叫ばなかった私を誰か褒めて欲しい。


「……よし」


誰に言うでもなく気合を入れ直して、廊下を進み中央にあった円形のカウンターに向かった。


「こんにちは、知識の塔へようこそ」


受付にいたのはいかにも司書ですという風貌の、黒縁メガネをかけた女性だった。


「本日はいかがされましたか?」

「えーっと……ここはどういう施設なんですか?」


我ながらかなりアホな質問をしてしまった。

でも図書館ということしかわかっていないし、私がいた元の世界と多少異なる部分はあるだろうし仕方がない。


「それではまず当館のルールをご説明させていただきますね」


しかし受付の女性はそんな私に対しても笑顔で対応してくれました。

サービス業ってすごいな。


「当館は朝の九時から夕方の六時まで開館しています。それと、館内は飲食禁止となっており、通常の図書館とは違い本の貸し出しはいたしておりませんので、ご了承ください」


基本的なルールは普通の図書館と変わらないようだ。

本の貸し出し禁止というのも、この建物の大きさを見れば納得できる。


「それと、こちらをとうぞ」

「……腕輪?」

「はい、こちらは高い位置にある本を取るための魔道具で、この建物の中でのみ使用可能となっております」


なるほど、さっきの子供が本を引き抜いていたのはこの腕輪の力か。

確かに梯子で上ったりするのよりかはずっと効率がいいし便利だ。


「こちらは管内の地図となっております。不明な点がございましたら、近くの局員か受付に気軽にお声がけください」


渡された金色の腕輪を左腕にはめて、受付のお姉さんにお礼を言うと早速歩きながら地図を開き――すぐにさっきの受付に戻った。

受付を離れてからまだ五分も経っていないのに戻ってきた私を、お姉さんは最初と同じような笑顔で迎えてくれた。


「すみません、この建物って『地下』ないんですか?」


私がそう言うと受付のお姉さんは「地下……ですか?」と不思議そうに目を瞬かせる。

ギルドマスターは確かに「地下に行け」と行っていた。

あの人が嘘をついていたと言うのは考えにくいけど、管内の地図にはどこにも地下のことなんて書かれていないのだ。


「知識の塔は五階建となっておりますが、それに地下は含まれていません」

「じゃあ本来は秘密にしてて、ここで働いている人しか入れない……みたいなことはありませんか!?」

「いいえ。利用者の方に秘密にしているということではなく、知識の塔に地下はございません」


なってことだ……この様子からして隠しているとかではなく、本当に地下なんてないようだ。

少なくとも働いている人間は知らない。

つまり本当に存在しないか、頻繁にここを利用する人間にも見つからないような場所にあるということだ。

別の建物ということも考えたが、多分それはない。

何故ならこの街に図書館はこの『知識の塔』しかないのだから。

国内最大の図書館があるなら他に図書館いらないよね確かに、納得だわ。


ひとまずお礼を言ってからその場を離れることにして館内を歩き回ることにする。

どこもかしこも本だらけで、まるで映画のセットみたいだという安直な感想しか浮かばない。

とりあえず置いてあったソファに座り「どうしようか?」と、なるべく小声で隣に座ったノラに声をかけるも、彼はこちらを見て数度瞬きをするだけだ。

うーん、やっぱりシャーレイとキャロルにもついてきてもらうべきだったか?


「あーもう考えてもしょうがないか。ノラ、どっか行きたいところある?」


自棄になってパンフレットをノラに渡すと以外にも彼はそれを受け取ってからゆっくりとそれを開くと、ある一点をその白い指で差した。


「ん?五階に行きたいの?」


私の問いかけにノラは小さく頷く。

バカンスという名目で来ているので勿論、彼の行きたいところへ連れて行くことに抵抗はないが正直ちょっと意外だった。

意外とノラは高いところが好きなのかもしれない。

小さなことだが彼のことがちょっとわかったみたいで嬉しかった。


「よし、じゃあ行こうか」




△▼△▼△▼△▼△▼△▼




「……外、見えないじゃん」


五階まで頑張って上がって来た、階段で。

日頃の運動不足によりゼーゼーと息をする私の背を無言でさするノラは息切れ一つしていない。

少しでいいからその体力を分けて欲しいなぁ。

息を整えつつ、五階のフロアを見渡すが人が全くいないうえに埃っぽい、そして窓がないこと以外は他のフロアとそんなに変わらないようだ。


せっかく五階があるのに何故窓を作らない……個人的にはテラスとか欲しいくらいなのに。

パンフレットで確認するとどうやらこのフロアにある本はかなり難しい専門書だらけのようだ。

どれも分厚く、本棚から取り出されたような形跡はない。

よく図書室とか図書館にある、字が小さくて中身も難しい「こんな本誰が読むんだ?」というような本がずらっと置かれているようだ。


「窓なかったねー残念」


「ここからの景色綺麗だったろうなー」とソファにドカッと座ってそこそこの声量でノラに話しかけた。

私を無言で見つめるノラ、残念がっているのかそうでもないのかは判別がつかない。

その様子にため息をついてから、そういえばギルドマスターに手紙を貰っていたことを思い出した。


だらしなくソファにもたれかかったまま、封蝋を外して中に入っていた手紙を取り出す。


「『XXC5-7589』って何だこれ」

「ナナシ」


謎の暗号に首を捻ると同時に、部屋の奥にある本棚から声がかけられる。

呼ばれるがままそこに向かうとノラが一冊の本棚を手に立っていた。


「はいはい、どうしました?」

「……これ」


手渡された本は茶色く、長い間人の手に取られていないのが見てとれた。

その本には私が手紙で見た『XXC5-7589』と書かれたラベルのようなシールが貼られている。


「こ、この本どこにあった!?」

「あそこ」


そう言ってノラは本棚の上を指差す。

確かに一冊だけ本が抜き出されていた。

なるほど、腕輪がないのでジャンプしてとったなこいつ……腕輪いらずか。


「まぁいいか。えーとタイトルは……無いの?」


私がそう言ったのと同時に、本が勝手にパラパラとページをめくり出した。

突然の出来事に小さく悲鳴をあげ、思わず本を床に落とすがその怪奇現象が止まることはなく、一つのページを開いた状態で止まったかと思うと、今度は私の持っていた手紙が青く光り出した。


「えぇー!! なんですか!?」


私とノラの足元には複雑な『魔法陣』が浮かび上がっている。


「マジでどうし――」



――そこで視界は一瞬暗転。


しかしすぐに見たことのない、ありえない光景が目に入って来た。



「はい、いらっしゃ〜い」


「……え?」


「知識の塔、地下へようこそ〜」


「やった地下にこれた!」だとか「ギルドマスターのうっかりじゃなかった」とか「何で五階から地下?」とかそういった感想は全く思いつかなかった。




「――クマ・・?」


何より私にとっては、クマのぬいぐるみ・・・・・・・・喋っている・・・・・ことの方が衝撃的だったのだから。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る