31 名無しのその後


今回の件には流石に私にも非があるので仕方がないだろうと泣く泣くバランの手加減一切なしアイアンクローでの制裁を受け止める。


死ぬかもしれないような目にあったのだし、冗談抜きで頭を握りつぶされるかもしれないという恐怖で涙目になっているとバランはため息をついてから意外にもあっさりと手を離してくれた。

ズキズキと痛む顳顬こめかみに手を当て摩る。

リンゴみたいに握りつぶされるかと思った、マジ怖かった。

今度からは気をつけよう。


「それにしても、よく無事だったね」

「……爆発の衝撃であの状態から更にかなりの高さまで吹っ飛んだんだよ」


思わず「ヒェッ」と小さな悲鳴をあげてしまった。

唯でさえ素の運動能力で私の倍以上は跳んでいたバランが、ノラを足場にしたことで更にゴーレムの頭上よりも高く跳んでから更に爆風で……。

そう考えるとゾッとする。

私なら一瞬であの世行き確定だ。


「丁度真下にコイツがいたんで、そのまま予定通り気絶させて吹き飛んだ氷の巨人アイスゴーレムの破片を足場にして離れたところまで飛んだんだよ」

「何それすごい」


コイツ、そう言ってバランは引きずって来た黒い物体ことゲーレルターを指差す。

バランと同じくすすだらけで気絶しているようだ。

今度は動けないように、とアルはゲーレルターに金属でできた手錠を後ろ手につけさせて舌を噛まないように猿轡をつける。


「よし、これでもう大丈夫だ」

「あー終わったー!」


私はぐっと体を伸ばす。

なんだか一気に疲れが出たのか体が重く感じる。

やっと帰れる……そう思ったところでバランが呆れるような目で私を見てきた。


「何言ってんだ、まだ終わってねーよ」

「え」

「この後村へ戻って被害状況の確認と可能な限り復興の手伝い。それから今回の件に関する報告書の作成、ギルドに戻ってギルドマスターに報告までがギルドクエストだ」

「え」


すがるようにアルを見ると申し訳なさそうに眉を下げて「街に戻るのは明日になるかな」と言われた。


「……慈悲などなかった」


――明日以降お休みを取ろう。

精神的にも肉体的にもクタクタだし、自主休業だ。


項垂れている私の頭にバランが手を乗せ真下に押す。

思わず前のめりに倒れそうになったがなんとか持ちこたえて目の前のバランを見た。


「さっさと戻るぞナナシ」


煤だらけの顔でニヤリと笑うとさっさと村へ歩き出す。


アルはバランを見て少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑う。

私はノラにゲーレルターをかかえるように頼んでから急いでバランを追いかけた。


空を見上げると雲ひとつない晴天でなんだか気分がいい。


こうして私達の長かった一日が終わり、また新しい一日が始まるのだ。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼





村に戻った後、教会に行くと治療を一通り終えたキャロルと意識を取り戻したトリムさん、そしてずっと気がかりだったステリアちゃんと無事再会した。

ステリアちゃんは私を見つけると体当たりする勢いで抱きつき、「トリムを助けてくれてありがとう」とお礼を言って泣き出した。

まさか泣くとは思っていなかったのでちょっと慌てた。


トリムさんは魔笛で操られそうになってすぐに朦朧とする意識でなんとかステリアちゃんの部屋を飛び出したので結果、ステリアちゃんが怪我をしたりすることはなかった。

メイド兼、護衛は伊達じゃない。


その後、アルに覚えておいて損はないと報告書の書き方を教わり、村の人達を手伝うことになった。

氷の巨人アイスゴーレムが暴れた割に村の中の被害はそこまで大きな物ではなく済んだ。

割と早い段階で村から場所を変えたのが功を奏したのだと思う。


午後になると、キャロルが呼んでおいた他の村に行っていたギルドの人達と合流し、ゲーレルターと操られていた奴隷達を連れて行った。


ゲーレルターはこの後、当然のことだが裁判にかけられるそうだ。

キャロルが言うには今回の件はまごうことなく重罪なので、これから先は余生を鉄格子の向こう側で暮らすことになるのだとか。

操られていた獣人達は皆、元の主人のところに返されるそうだ。


「おねぇちゃん!」

「お、兎少年……と?」


走ってきたのは兎耳少年だった。

しかし、一人ではなくその横には少年よりも幼い男の子が立っている。

少年が活発だからか、少し気弱そうに見えるその男の子は恥ずかしそうに私を見ると


「あの……ティルのこと、守ってくれてありがとう」


と、大きな声で言うと兎耳少年ことティルの後ろに隠れてしまった。

なんだか少年が心配していたのがよくわかるなぁ。

二人は他のみんなにもお礼を言いにいくと言って、仲良く手を繋いで走り出す。


奴隷達が主人の元に帰って幸せなのかはわからない。

不幸なものがいないとは言い切れないが、泣きながら抱き合う村人と奴隷、ティルと男の子のような関係を目にすると存外悪いことばかりではないのかもしれない。

私は深く考えるのをやめて目の前の光景を目に焼き付けることにした。


各々が確かに無事に再会できたことを喜んでいる。

奴隷がこう言うものだとは断言できないが、こういう形の主従関係も確かに存在しているのだ。

私はこれを忘れてはいけない。


そして、あっという間に辺りはすっかり暗くなる。

夜になると村の人達全員が広場に集まり、ちょっとしたお祭りのようになった。

キャンプファイアーを囲んで飲めや歌えやの大騒ぎだ。


シャーレイはトリムさんやステリアさんなどの女性陣と穏やかに話しており、何故かノラは飲み比べをしている。


私も昨日の夜から碌に食事をとっていなかったのでお腹は当然空く、かと思いきやもはやそれを通り越してしまい、疲労も合わせてかあまり食欲がわかなかった。

ため息をつき、手に持った紫色の液体に視線を落とす。


この宴会が始まる時に兎耳少年の母親に手渡されたこの村で作っているお酒なのだそうだ。

顔を近づけるとブドウと柑橘系の匂いが鼻をくすぐる。

ワイン系のお酒だろう。


美味しいんだろうなぁ……でも空きっ腹にアルコールはなぁ……。


そう考えあぐねていると「おい」と声をかけられ振り向く。


「ちょっと付き合え」


そこにいたのは酒の瓶と料理が乗った皿を持ったバランだった。

どうやら最初から私の返事なんて聞くつもりはないようで、言うだけ言ってさっさと背を向けて歩き出す。


あまり気は乗らなかったが、ここにいてもどうしようも無いので私も重い腰を上げてとりあえずその背中を追いかけることにした。

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