30 名無しの十八番
私の作戦を黙って聞いていたバランは一言「失敗したら許さねぇからな」とだけ言うと私に背を向けて走り出した。
「ナナシ、私達はどうするの」
「三人は教会に向かって。シャーレイ、トリムさんをよろしく」
「承知した……ナナシ」
走り出そうとした足が止まる。
シャーレイは少し視線を彷徨わせていたが、すぐに覚悟を決めたかのように真っ直ぐとその緑色の瞳に私を写した。
「気をつけて」
「わかってる」
私はできるだけ明るく答えて、三人に背を向け
バランにはアルとノラ、三人で協力して
この村でいつまでもあんなのが暴れていたら村のみんなが危険な目に合わないとも限らないし、何より村の中では私の作戦は実行できない。
走りながら上を向くと空が白み初めていた。
気を引き締めて、足に力を入れる。
朝までには、決着をつけよう。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
村から少し離れた平原に予定通り三人はいた。
息を整えていると隙を見て巨人の一撃を躱した三人が私のところまで下がってきた。
アルはどれもかすり傷だが先程より怪我が増えており、流石のバランも疲労が溜まっているようだ。
「ナナシ、作戦は聞いた。だが恐らくあいつは罠だと気づいているぞ」
「もちろん、わかってるよ」
私は静かに肯定の意を示す。
ゲーレルターは馬鹿じゃない、わざわざ村から離れたのも何かあると気づいた上で敢えてこちらの策に乗っているんだろう。
逆にそれほどまでに自分の力に自信があると言うことだ。
確かにあの
強力な、氷の怪物だ。
人間よりもより強く、巨大な脅威。
――だからこそ私の
ゲーレルターを乗せた
「ハッハッハ、そうだ! 逃げ惑え! お前達の後であの村の奴らも全員皆殺しだ!!」
……ここまでは予定通りだ、正直心配なのはここから。
「白いの! 援護しろ!」
「……」
バランの声を合図に二人が駆け出した。
それと同時に私はマナタイトの入った瓶に腕を突っ込み、掴めるだけマナタイトを掴むとそれに魔力を流す。
二人は振り下ろされた一撃を高く飛び躱すと、バランはノラを足場に更に大きく跳躍した。
ここまでは作戦通り、問題はここから。
先程シャーレイを拘束していた今は気絶している獣人の被っていたボロ布に、魔力を込めたマナタイトを包む。
あとは簡単、空中のバランに意識が向いている
そしてバランスを崩したところで
多少脳筋ながら良い作戦だと自分では思っている……のだが一つ問題がある。
正直、このマナタイトの威力がどれほどのものかわからないのだ。
一個ずつしか投げたとがないので一気に何十個ものマナタイトを包んだこれを投げて、果たして目の前の
しかし時間も考えている余裕もないので、できるだけ
「えーい、ままよ!!」
――投げた。
私の気合の言葉に気づいたゲーレルターがこちらを見た。
でも、もう遅い。
かなり振りかぶって投げたためか足元よりもかなり上の方、腹のあたりまで飛んで行ってしまったがまぁ問題ないだろう。
まさか自分でもあんなに飛ぶとは思わなかった、火事場の馬鹿力だろうか。
とにかく、これで無事に私にできることはした。
後はバランが……と思ったところで予想外の展開。
何故かノラが全力でこちらに走ってきたかと思ったらそのまま速度を落とさず、私を器用に小脇に抱えて、今度はアルに向かって走りだす。
「え? え!?」
突然の出来事にアルは当然驚き、そのまま私と同じように反対側に抱えられた。
ノラは成人女性と男性を抱えたまま全くスピードを落とすことなく平原を駆け抜ける。
一体今度はどうしたというんだろうか、そしてノラは一体どんな腕力をしているんだ。
もう既に何度かこんな突拍子もない目にあっているからか、若干慣れつつあった私とは対照的にこんな状況でも「どうしたのか」「何かあったのか」と懸命にノラに声をかけ続けていたアルはノラが全く反応しないので慌てた様子で私の方を向く。
「ナナシ! 彼はどうしたんだ!?」
「ごめんちょっと私にもわからない」
即答すると「えぇええ!?」と声を上げるがこればっかりはどうしようもない。
そして今度はノラが急に地面を蹴って跳躍した。
次の瞬間、背中に感じる熱風、黒煙の匂い。
そして今までとは比べ物にならない爆発音。
ノラが空中でくるりと回転して着地したため、必然的にこの場の三人全員が同じ方向を向くことになる。
先ほどまで
そこには確かに氷の巨人がいたはずなのに……見えない。
――特撮の最終回かな?
特撮ヒーロー物の最終回とかで偶にある「残りの予算使い切ろうぜ! ナパームも沢山使ってド派手に行くぞやっほい!」みたいな。
少なくとも私がそう錯覚してしまうくらい、天高く昇る黒煙とわずかに残った炎でその一帯は埋め尽くされていた。
幸いなことに村は風上の方にあったのでそちらに黒煙が行くことはなさそうだが……。
「バ、バラン……」
アルのこぼした一言で我に返る。
……そういえばバランはどうなったんだ。
「わー!! これはまずい洒落にならない! バランー!!」
慌ててノラに下ろしてもらい、出来うる限りの自分の全速力で走る。
何度かこけそうになりつつ必死で足を動かしていると、黒煙の中から人が歩いてきた。
片手に槍を持ち、もう片方の手に何か黒いものを引きずっている。
間違いない、バランだ! よかった木っ端微塵になってなかった!!
「うわー! バラン生きてた!! ごめんまさかこん――!?」
駆け寄ろうとした足が止まり、思わず後ずさる。
朝日に照らされた煤だらけのバランの顔は、それはもう穏やかに微笑んでいた。
あんな顔は見たことない、穏やかすぎて恐怖しか感じない。
これはやばい、生き物としての潜在的な、本能的な何かががそう囁いている。
逃げ出そうとしたが遅かったようで、バランはすぐに目の前まで来たかと思ったら私の頭を掴み、握力に任せてギリギリと力を込めていく。
これすなわち、アイアンクローである。
「おぉい
「痛い痛い痛いすいませんすいませんすいません」
「ま、まぁバラン。無事だったんだし」
「これが無事に見えんのか!?」
「……生きてる」
「生きてりゃ無事ってわけじゃねーんだよ真っ白野郎!!」
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