29 名無しの第二ラウンド
重いを音立てて黒い首輪が地面に落ちた。
ゲーレルターは信じられない物を見る目をノラに向けたまま地面に膝をつく。
「そんな……私の、研究が……魔道具が……」
そしてそのまま地面に手をつき、ブツブツと独り言を言い始めた。
精神的なダメージが半端なかったようだ。
ノラは操られたままのシャーレイ達に視線を向けると、持っていた鎖を引っ張り赤い魔石を掴むとそのまま握りつぶす。
粉々になった魔石を見て思わず顔が引きつる。
容赦ないな……この場合はしなくて正解なんだけど。
魔石を砕いたことで上書きが解けたのか、倒れそうになるシャーレイに慌てて駆け寄りなんとか地面に倒れる前に受け止めた。
「……ナナシ?」
「シャーレイ! 無事? 痛いところとかない?」
早口でまくしたてる私に力なく笑い「大丈夫だ」と言ったかと思ったら今度は目を伏せ「すまない」と謝ってきた。
違うんだ、シャーレイは何も悪くない。
ここまで付き合わせてしまった上に何もできなかった私が悪いのだから。
「違うよ、今回は私が悪かった。シャーレイが捕まった時に何もできなかった……」
「無理に何かしようとする必要はない。ナナシが危険な目に遭わないために私とノラがいるんだ」
「本当に無事でよかった」そう言ってシャーレイが柔らかく微笑む。
シャーレイはそう言ってくれるが私はどうしても素直に頷けなかった。
武器も使えない、ろくな知識もない。
バランの言っていた通り危うくノラやシャーレイが死ぬかもしれない危険な目にあったのだから。
いろんな人が『私は私のままでいい』と言ってくれたが、こんな時ばかりは魔法の使えない無力な自分を呪わずにはいられない。
……と、今はそんなことを考えている暇はない。 反省会は後だ。
「シャーレイ、立てる?」
「ああ、問題ない」
「ノラ! トリムさんをお願い!」
声をかけるとノラは小さく頷き、倒れたトリムさんを抱えてこちらまで歩いてきた。
頭から血を流している……獣人は体が丈夫だと言っていたが心配だ。
バランにも蹴り飛ばされていたし、何気に一番重症かもしれない。
早めにキャロルに診てもらったほうがよさそうだな。
「おーい! ナナシー!」
アルの声が聞こえる。
丁度いいタイミングでアル達がやってきた。
よかった、三人とも見たところ大きな怪我はしていないようだ。
それとゲーレルターも捕縛しなければいけないし、まだやることは残っている。
帰るまでが遠足……というわけではないが、『仕事は最後まできっちりと』だ。
「ナナシ、それに二人も無事でよかった」
「私は平気だけどトリムさんが」
「見せて」
ノラがゆっくりトリムさんを地面に下ろす。
「……軽い
「よかった」と言おうとしたところで、異変に気がつく。
辺りがなんだか涼しい……冷たい?
冷気の元、背後を向くと地面に座ったままのゲーレルターが肩を震わせ笑っている。
そのゲーレルターを中心に辺りの地面がじわじわと凍っていく。
私はなんだかものすごく嫌な予感がした。
「よくも、よくもよくもよくもよくも――」
よく見るとゲーレルターの足元に何か円のようなものが現在進行形で描かれていく。
いち早く異変に気付いたバランが槍を構えてゲーレルターに攻撃を仕掛けるがその槍はゲーレルターの足元から現れた巨大な氷の手によって防がれる。
「チィッ! 間に合わなかったか!」
バランは舌打ちをし、素早く後ろに跳び後退すると忌々しそうに悪態をつく。
巨大な手が地面に手をついたかと思うとゲーレルターの足元の魔法陣からその正体を現した。
「貴様ら全員、私の研究を邪魔するものは皆殺しだ――!!」
現れたのは巨大な氷の巨人。
オークキングよりもでかい、あまりのデカさに開いた口が塞がらない。
これゲームとかでよくあるボスが第二形態になるやつだー!
まさかの第二ラウンド開始!?
あれ、あの巨人ゲーレルターの足元の魔法陣から出てきたよね?
ってことはもしかしてファンタジーやらゲームでお馴染みの……!?
「召喚魔法!?」
「違うわ、巨大な氷の人形を魔力で動かしているだけよ」
キャロルに冷静に指摘された。
なんだ召喚魔法じゃないのか、確かに言われてみれば生き物っぽくはないしな。
……ちょっとがっかり。
「ハッ悪あがきかよ、おもしれぇ!」
「おいバラン!」
アルの制止を無視してバランが再び駆け出す。
振り下ろされた腕に乗り、それを足場に駆け上がっていく姿はとてもじゃないが同じ人間とは思えない。
どんな運動神経してんのあの人。
「もらったぁ!!」
バランが狙いを済ましゲーレルターに再び攻撃を仕掛けようとしたところで、突如足場にしていた氷の腕から生えてきた氷のスパイクによりバランスを崩して空中に投げ出されてしまう。
流石に私も「あっ!」と声が出たが、バランは器用に空中で体制を整えるとそのまま何事もなかったように着地して見せた。
それを見たアルが間髪入れずに魔法で火球を放つがあまり効果は見られない。
「ハハハ! そんな下級魔法で私の
「くそっ!」
アルが悔しそうに歯をくいしばる。
「キャロル! あれどうやったら倒せるの!?」
あいつの目を男三人が惹きつけている間に私は少し離れた場所でトリムさんの治療をしていたキャロルに駆け寄った。
「あの
「破壊って……」
魔法使いのキャロルは回復専門でこの場に攻撃の魔法が使える人間なんてアルくらいしかいないし、そもそもデカすぎて肩に乗ってるゲーレルターも狙えない。
どうする、私に何ができる。
このまま何もできないなんて、絶対に嫌だ。
何か、何か――
「――あ」
思い出した。
自分が無力だと思い込みすぎたせいですっかり頭の端に追いやられていた、私にできること。
あるじゃないか、一つだけ。
「バラーン!」
「っんだよ!! 今いそがし――」
「あ」
私に名前を呼ばれると思っていなかったのか、バランはよそ見をしたせいで
流石に死んだかも、と心配になったが私の予想は外れ、バランは頭から血を流し所々ボロボロの状態で私の元にやって来るとスパーンッ!!と音が出る位おもいっきり私の頭を
「テメェのせいで避け損ねたじゃねぇか馬鹿!!」
「うわ、思った以上に元気」
「あ゛ぁ!?」
いや、なんでそんなにボロボロで元気なんだよ。
流石に引くわ、不死身かこいつは。
「作戦があるから協力して欲しいんだけど」
「……作戦?」
不満げながらも一応話は聞いてくれるようだ。
私がポケットからマナタイトを取り出すとバランは鋭い目で私を睨みつける。
そして話は終わりだと言わんばかりに背を向け歩き出そうとするが――
「バラン、このままじゃどうしようもないわ」
――その背中に声をかけたのはキャロルだった。
治療を終えた彼女は私の横に立ち、バランと向き合う。
「ナナシを信じましょう」
バランはしばらくキャロルを見つめた後「……本気か」と私を見て言う。
その鋭い視線を真正面から受け止め、私は頷いた。
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