28 名無しのヒーロー


何故か私が関わるといつも状況が悪化している気がする。

最悪なことに、シャーレイが奴隷狩りに目をつけられてしまった。


上機嫌なゲーレルターと対照的に私の機嫌はだだ下がりだ。


「ふむ、なるほど……」


ゲーレルターはしばらく考えるそぶりを見せた後、パンッと手を叩く。


「――よし、お前達はそこの三人の相手をしろ」


それと同時に操られた奴隷達のうちの半数以上がアル達に襲いかかる。

なんとか応戦しているが、状況はかなり不利。

こちらは彼らを傷つけられないのに相手はそんなこと御構い無しに攻撃してくるのだから。


ゲーレルターは残りの部下数人を連れて私の方にゆっくりと歩いてくる。

あいつはシャーレイを狙っているし、他の部下達は三人組にかかりっきり。

でも逆にこれはチャンスでもある。

二手に分かれたってことは奴隷の首輪に細工ができるあいつをこっちに釘付けにできる。

つまり、私達がゲーレルターを引きつけている間は教会のみんなは大丈夫なはずだ。

それでもこちらが不利なのに変わりはないが。


くっそー……こいつの部下がモンスターとかだったら私の出番だったのに。

操られただけの彼らをマナタイトで爆破するわけにもいかない。


「ナナシ様!」


トリムさんに手を引かれ走る。


「ひらけた場所に行きましょう!」


下手に足場になる木などがある場所に行けばそれを足場にして移動できる獣人の方が圧倒的に有利だ。

現に屋根伝いで追いかけてくる獣人をノラとシャーレイが足止めしながら私達の後をついてきている。


しばらくすると目的のひらけた場所、村の中心についた。

でも、これからどうする?

状況を打開できる方法とか何にも思いつかないんですけど!?


「ナナシ様!」


私めがけて飛びかかってきた獣人がトリムさんの華麗な回し蹴りで吹っ飛ばされた。

全然気づかなかった、危ない……とりあえず落ち着け私。

ただでさえ狭い視野がもっと狭くなるぞ。

今更だが、トリムさんもあの笛で正気を失っていた、ということは彼女もかなり強い獣人ということだ。

教会にいなかったのだって、ステリアちゃんの護衛だとかそんな理由だったのを思い出す。


――ドサッと物が落ちる音がして反射的に振り返る。


「シャーレイ!!」


屋根から落ちてきたのは操られた獣人に取り押さえられたシャーレイだった。

頭で考えるよりも先に体が動く。

シャーレイに駆け寄ろうとしたところで彼女に「来るな!」と、彼女のあまりの気迫に思わず足が止まってしまう。

そして私と同じように駆け出したトリムさんが後方に吹き飛ばされた。


――今のは魔法だ。


余裕の笑みを浮かべたゲーレルターは手を下ろすと捕まっているシャーレイの横に移動し「このエルフの飼い主はキミだね?」と言ってこちらを見てきた。


私は「だったら何?」と、余裕がないことを相手に悟られないようになんとか笑みを浮かべながら答える。


「ちょうどいい、面白いものを見せてあげよう」


ゲーレルターは自身のローブの袖から赤い魔石に鎖で繋がれた黒い首輪のようなものを取り出した。


「これがキミ達の疑問、その答えだ」


そういうとゲーレルターは羽交い締めにされたシャーレイの首輪の上からその黒い首輪をはめた。

そして赤い魔石を掴むと魔石は怪しく光り出し、同時にシャーレイの様子もおかしくなる。

抵抗していたシャーレイだったが、だんだんと動かなくなり綺麗な緑色の目が変色し紫色に変わっていく。

そして、魔笛で操られていた獣人達と同じように表情の無くなってしまったシャーレイは抵抗をやめてしまう。


「素晴らしい! 獣人だけでなくエルフまでもが我が手に!!」


ゲーレルターは空を仰いで笑う。

拘束を解かれたシャーレイはゾッとするほどの無表情でこちらを見つめる。

その目に感情は、ない。


「シャーレイ!」


名前を呼ぶと同時に、矢が私の頬をかすめた。


「無駄だ。、これはもう私の物だ」

「上書き……!?」


そんなの反則技だ。

まさか首輪に直接細工をするなんて誰が考えるんだ。

いや、現にそれを可能にした男が目の前にいるわけだが。


味方が敵になった、これが決定打となり、私はろくに何も考えられず動けなくなってしまう。


「その表情はなかなかいい……さて、あちらもそろそろ終わった頃だろう」


こちらに手を向けるゲーレルターの周囲に水色の魔法陣が浮かび上がった。


「素敵な贈り物をくれたお礼だ、私が直々じきじきに手を下そう」


魔法陣から生まれた氷の塊が剣のような形状をとる。

結局自分は何もできない、こんな時にも動けない。

ゴブリンの時もそうだった。

この世界のことが知りたくて、独り立ちしたくて村を出てここまできたのに、シャーレイやノラ達を巻き込んでこのザマだ。


「――おやすみ、えてるお嬢さん」


その言葉と共に、氷の剣がこちらに飛んでくる。

トリムの叫ぶ声が遠くで聞こえたその時、私の目の前に見慣れた人物が飛び出してきた。


その人影はあっさりとその謎の黒い手で無数の氷剣を砕く。


「何っ!?」


背を向けて歩き出そうとしていたゲーレルターの余裕が初めて崩れた。

それがなんだか嬉しくて、それをやってのけた目の前の人物の背中を見て妙に安心して思わず笑ってしまう。


操られた獣人に負けず劣らずの無表情、ノラは相変わらず何も言わない。


「……ナナシ」


ノラの黒い手が私の頬に伸ばされる。

そういえばシャーレイの矢が掠ったんだった。


「あぁ、だいじょっ……!?」


大丈夫だ、そう言おうとしたところでぐっとノラの顔が近づいてきたかと思うと頬にピリッとした痛みが走る。



――こいつ、傷舐めやがった。



「……痛いんですけど?」

「消毒」

「犬や猫じゃないんだしバイキン入るから今後絶対やったらダメだからね!?」

「うん」

「……後で絶対うがいしろよ」


ちくしょう、思い出すと恥ずかしくなる。 早々に忘れよう。


私が心の中でそう決め、ノラが正面を向いた時。


ガシャンッと飛んできた黒い首輪がノラの首に取り付けられてしまった。


すっかり油断していた、投げれるのかあの首輪!


「キミはなかなか面白い奴隷を連れてるね、そっちの彼も貰っておこうか!!」


鎖の先、ゲーレルターの持っていた赤い魔石が先程と同じように光だす。


――しまった、これでノラまであちらに回ったら絶対に勝てない!!


ゲーレルターが興奮覚めやらぬといった様子で鎖を引っぱりながら叫ぶ。


「さぁ! 身を委ねろ! 今日から私がキミの飼い主だ!!」

「飼い、主」


聞こえるか聞こえないか、そう呟いたノラは首輪に手を当てる。

そこで私は気づいた、ノラの目は紫色に変わっていない。


「何故だ!? 何故、魔力がとおらない!!」

「……違う、お前じゃない」


ノラの腕に力が入る。


そして――





――ノラは、首輪の鎖を引きちぎった。


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