27 名無しのテンションは下がった
特定の人物にしか聞こえない音がある。
大人には聞こえにくいと言われている『モスキート音』や、人間が聞き取れないような高音を出すことのできる『犬笛』のような道具が恐らく今回の件に関わっている。
個人の身体能力や五感にそれぞれ差があるのと同じように、獣人の中でもより強い……獣に近い彼らにしか聞こえない音というものがあるに違いない。
「どういうことだ? 私には何も聞こえなかったが」
「あぁ、俺もだ」
アルとシャーレイがこちらを見てくる。
無言で説明を求められ「確信はないんだけど――」と前置きをしてから説明しようとしたところで、アル達とシャーレイが武器を構える。
トリムさんも少年と母親に小声で教会に入るように促し、背中を押す。
「……おい、ポンコツ」
「え、なに」
「……お前も教会に引っ込んでろ」
何が起こったのか全く理解できずに困惑する私にバランが辺りを睨みつけながらそう言った。
いや、急になんだコイツ。
ここまで来て補欠要員ですか、と流石に文句を言おうと口を開きかけたところで
「やけに少ないと思ったら、こんなところにいたんだねぇ」
じゃりっと砂を踏む音と共に男は姿を現した。
意外なことに、真正面から。
月に照らされた男は、影のように真っ黒なローブに身を包み不敵に笑みを浮かべていた。
いかにも悪人といった風貌の男に思わず身震いし、私はポケットに忍ばせていたマナタイトを手に握り込む。
間違いない、こいつが『奴隷狩り』だ。
今まで戦って来た魔物よりもある意味恐ろしい存在、人間の犯罪者を前にして無意識に体が強張る。
……大丈夫、落ち着け。
少年や他のみんなのためにも、ここでこいつを止めなくては。
そう意気込んで男を注意深く見ていると、男と目が合う。
「あーそうそうキミ、そこの
私を指差し、面白いものを見るような目で見てくる。
「キミの推理は大正解だ。魔術ではなく、私はこの
男は懐から手のひらサイズの黒い笛を取り出す。
「これは世界に一つしかない私が作った魔道具でね、こうやって――」
男が笛を口元に持って行こうとしたところで、風を切る音と共に矢が飛んでいく。
シャーレイの弓は百発百中。
当然、当たると思っていたそれは第三者の手により受け止められ、へし折られてしまった。
「なっ!?」
「ククク……そう警戒しなくても、もうこれは使わないよ」
矢を止めた人物は奴隷狩りを守るように前に立つ。
薄汚れて所々ボロボロになった布をを被り、顔には金属でできた不気味な仮面をつけている。
仮面の男の登場と共に辺りから
これが奴隷狩りの部下……ざっと数十人はいるな。
あれ、確か戦う時って周りを囲まれたらやばいんじゃなかったっけ?
焦る私とは対照的に落ち着いた様子のバランは、槍を肩にかけて心底馬鹿にするように奴隷狩りを鼻で笑う。
「俺達の会話聞いてやがったのか……趣味が悪りぃな奴隷狩り」
「その呼び方はやめてくれないか。私は『ゲーレルター』だ」
「名前なんざ聞いてねぇ、よっ!!」
言うが早いか、バランは一番近くにいた奴隷狩りの部下に槍を振るう。
横薙ぎの一閃を部下達は飛んで交わすが、すかさずその内の一人をバランが槍の
――すごい。
洗礼された動きだと素人の私でもすぐに理解できる。
性格はともあれ、バランの実力は本物だ。
……何よりも生身の人間相手にあそこまで躊躇なくできるのがすごい。
「テメェの部下もたいしたことねぇな」
「そんなことないさ、彼らは実に優秀だよ……私ほどではないがね」
「黙ってろ、今からテメェもこうなんだよ」
部下が一人やられたにも関わらず不敵に笑う奴隷狩り、ゲーレルターを一瞥したバランは倒れて気絶した仮面の部下の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
その時ゴトッという音と共に地面に仮面と被っていたフードが外れた。
「そんなっ!?」
仮面の下の顔を見てトリムさんが声を上げる。
フードの下には見覚えのある首輪、そして獣人特有の動物の耳。
気絶したその獣人の顔には私も見覚えがある、先ほどこの教会からいなくなった獣人の奴隷だ。
ちょっと待て、まさか――
「この人達全員!?」
「そうさ、ご名答! 理解が早くて助かるよ!」
男は大げさに手を広げ、笑う。
先ほどまでの余裕のある笑みとは違い、内側から狂気が滲み出たような笑みを浮かべて声高らかに。
「彼らは私の忠実な部下! 他人から奪った、選りすぐりの奴隷達さ!」
他人から奪った、ゲーレルターは確かにそう言った。
つまり私達を取り囲む彼らは全員攫われた奴隷。
「奪っただと!? でも奴隷には契約が……」
アルの言う通りだ。
忘れかけていたが奴隷は首輪の契約によって主人の命令は絶対の筈だ、なのになんでこいつの言いなりになっているんだろうか。
首輪はかなり頑丈で壊せるものでもないし、仮に攫ったとしてもさっきの笛の力がずっと働き続けていると言うのは考えにくい。
「あぁそれか。まぁ当然の疑問だな」とゲーレルターは思い出したかのように何かを話そうとして――
――ふと、ある一点を見つめて固まった。
一瞬私を見ているのかと思ったが少し違う、私の少し横だ。
視線をたどり横を向いた……あ、これはアカンやつだ。
そのまま私の横を指差し、ゲーレルターは嬉々として叫ぶ。
「――エルフがいるじゃないか!!」
さっき以上にテンション爆上げじゃないですか。
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