26 名無しの推理


ノラの様子を見ながら辺りを警戒する。


私達が動いたことで、教会の中にいた奴隷達も身を寄せ合う。

彼ら獣人は私達人間なんかよりよっぽど優れた身体能力をしている。

――気配にしろ匂いにしろ、もしかしたら彼らの方が先に何かに気づくかもしれない。


「ノラ、どう? 何かあった?」

「……わからない」


ノラはいつものように無表情で辺りを見回す。

なんだろう、気まぐれではないことは確かだ。

キョロキョロと、何かを探しているような動き。

「――でも」と、ノラが何か言いかけた時


「おい! どうした!?」


一人の獣人の男性が頭を抱えてうずくまっている。

駆け寄ろうとした時、また別の場所で一人、また一人と教会内の奴隷が数人苦しそうに頭を抱えている。


「な、なに」


――なんだこれは。

全員が突然頭を抱えて突然蹲るってなんだ、なんだこれは、もしかして魔法!?

「おじさん!」と先ほどまで話していた少年が倒れた獣人の一人に近づく。

よかった、少年と母親は無事なようだ。


「どうしたの? しっかりして!」

「大丈夫ですか!?」


私も駆け寄り、声をかけるとその男性は頭を抱えながらこちらを見る。

痛みや苦しみ……いや、何かに耐えているような顔をしていた。


「う……ぐぅ……逃げろ、早く……」


――逃げろ?


その言葉を頭で理解するよりも先に、首根っこを掴まれて後ろに引っ張られる。


「うわっ!? ちょ、ノラ何すん――」


問答無用で後ろに引っ張られ、ノラに文句を言おうとしてハッとする。

普段とはどこか違う。 

いつものように無表情だが雰囲気が、どこか違った。

……そうだ、オークキングの時と同じ目をしている。


それは、つまり


ゆっくりと前を見る。

「逃げろ」と言った獣人の男性が、立っていた。

少年が心配そうに声をかけるが見向きもしない。

先ほどの苦しそうな表情が嘘のように、スッと表情が向け落ちてしまっている。


「ナナシ!」


シャーレイに名前を呼ばれ振り向くと、倒れていた獣人達全員が同じように起き上がっていた。

冷や汗が出る、この状況はまずい。

嫌な予感しかしない!!


「シャーレイ!」


起き上がった獣人達は教会のドアに向かって走り出すのを見て、事前に聞いていた情報と照らし合わせる前にとっさに名前を呼んだ。

シャーレイや異変に気付いた他の獣人達がなんとか止めようとしてくれたものの、何人かは外に出てしまった。


急に教会から出て来た獣人達に驚いた様子のアルとキャロル。

アルの足元には獣人が二人倒れている。

意識がない……どうやら気絶させたようだ。


「情報通り、だな」

「ごめん、急にうずくまったと思ったら走り出して……」

「とにかく追いかけましょう」


それもそうだ。

取り押さえ損ねた後数人を探さなくてはいけない。

走り出そうとしたその時、目の前に人影が飛び出して来た。

すぐさま身構えるが、私はその人物に目を見開く。

そんな、そんなはずない。

彼女はここにはいないはずだ。


「トリムさん!?」


獣の耳に朱色の髪。

そんなバカな、トリムさんはこの教会よりもずっと先のお屋敷にいるはずだ。

なぜ彼女がここに?

ちょっと待て、彼女がここにいるということは。


「ステリアちゃん……」


あの子は無事なのだろうか。

再び動き出そうとした彼女の腕をとっさに掴んだ。


「ナナシ! 危ないわ、離れて!」

「トリムさん……?」


キャロルの制止を無視して私は目の前のトリムさんに震える声で話しかけた。

トリムさんがゆっくりとこちらを向いた。

先ほどの奴隷達と同じように表情がない、やはり彼女も何かに操られている。

彼女は私のことを認識できていないのか、バッと私の腕を振り払う。

そして再び背を向けたところで――


「どけ! ポンコツ!!」


聞き慣れた声と共にトリムさんが横に吹き飛ばされ、そのまま木に激突した。

ちょっ……。


「トリムさん!?」

「喚くなうるせえ。獣人はその程度じゃ死なねぇよ」


彼女を吹き飛ばした張本人であるバランが煩わしそうに私を見る。

いくら仕方がないとはいえ、こいつ罪悪感とかないの!?

慌ててトリムさんに駆け寄る。

結構派手な音がしたが、見たところ怪我はなさそうだ。

バランの言う通り獣人ってすごい。


「……うぅ」

「トリムさん!? 大丈夫ですか?」

「ナナシ様、どうして……っここは?」


ホッと息をついた。

どうやら正気に戻ってくれたようだ。


「おねぇちゃん!」


声がして振り向く、先ほどの少年が母親と一緒にこちらに走って来た。

母親の方は倒れているトリムさんを見て血相を変える。


「トリム!? 無事なの?」

「えぇ、大丈夫です」


トリムさんは少年の母親と面識があったようで、彼女の手を借りて立ち上がる。

アルは少年に話しかけた。


「取り押さえた人達はどうしてる?」

「大人が気絶させたよ」

「わかった。じゃあそのまま、残りのみんなに教会から出ないように伝えてもらえるかい?」

「うん! にいちゃん達は?」

「残りの人達を探しに行くよ」

「わかった、気をつけてね! おじさん達、すっごく強いから!」


力強くそう言った少年の言葉に、なぜか疑問を感じた。


奴隷狩りは戦闘力のある強い奴隷を求めている。

様子が変になったのは奴隷で、でも全員じゃない。

私達には、何も変化はなかった。

アルがみんなに指示を出している中、私はどうしてもこの疑問が頭に浮かんでしまい胸が騒つく。


「キャロル、様子がおかしくなった人達が魔法で洗脳された可能性ってある?」

「ほとんどないわね」


彼女は迷うことなくそう言い切った。


「相手が見えない状態で、教会の中にいた一部の獣人を狙って魔法を使うなんて到底無理よ。仮に村全体に洗脳の魔法をかけたとして、私達に何も影響がないのはおかしいわ」


「じゃあ、獣人の強さってどうやったらわかるの?」

だな」


意外なことに、バランが私の疑問に答えた。

アルもバランが答えたのは意外だったのか驚いている。


「『力』に『速さ』、身体能力が優れている強い獣人ってのは大抵血が濃いんだよ」


……血が濃い?


いまいち理解しきれない私にバランがため息をつく。


「要は、よりってことだ」


そうか、わかった。

スルスルと疑問が解けていき答えが見えてきた。

魔法ではなく、もっと原始的なものだったんだ。

獣に近い獣人だけ反応する、私はそう言う道具があるのを知っている。

それは私の元いた世界にも存在していた。



「――だ」


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