25 名無しの経験と勘
「いいか、ポンコツ一回しか説明しねぇからよく聞けよ」
「……」
「返事は」
「……うっす」
お屋敷に戻り夕食をいただいた後、私達はこのお屋敷のご主人でステリアちゃんのパパである村長への挨拶もそこそこに別室へと強制連行された。
どうやら既に決まっていた作戦を説明してくれるようだ。
心底面倒だというのを全く隠そうとしないバランの頭をキャロルが引っ叩く。
「何すんだよキャロル!」
「作戦説明の前に、奴隷狩りの情報を話しておくわね」
バランを無視し、クールに説明を始めるキャロル姉さん。 グッジョブ!
まさか引っ叩くとは思わなかったのでギョッとしたが、今は集中して話を聞くことにする。
奴隷狩りについてわかっていることは以下の三つ
・人の奴隷を奪っていること
・村によって連れて行かれた獣人の数はバラバラだということ
・獣人など人以外の戦闘力のある奴隷を狙っていること
それと、レーヴェさん達からの新しい情報により相手が単独ではなく複数犯だということがわかった。
正確には、主犯格一人にその部下が数名だそうだ。
「レーヴェさん達が言うには、気づいた時には奴隷達は洗脳されて連れて行かれそうになっていたらしい」
「そういえば……なんで洗脳されたってわかったの?」
「奴隷の首輪があんだろ」
今まで黙っていたバランは、そう言ってからノラとシャーレイの方を見る。
「奴隷の飼い主が止めようとしても止まんなかったんだとよ」
バランが言うにはレーヴェさん達は奴隷狩りの調査をしに向かった先の村で突然数人の奴隷が飼い主の命令を無視してどこかへ消えてしまったと言われ捜索をし、奴隷狩りの主犯らしき人物を発見。
拘束しようとしたところで、そいつらの部下らしき集団に襲われて負傷してしまったのだと言う。
「レーヴェさん達は強い。いくら相手が多くても早々やられたりしない筈だ」
「それだけ、その部下とやらが強いのだろうな」
シャーレイの言う通り。
正直、単独犯だと思っていたので意外だった。
「とりあえず、今ある情報はこれだけ」
「作戦は?」
私がそう言った後、バランがテーブルの上の地図のある場所を指差した。
そこは村の入り口のやや東にある――教会だった。
「村にいる奴隷全員をこの教会内に入れて、その周りを俺達で護衛する」
確かにバラけた状態でいるよりも一箇所に集まってもらっていた方が、こちらも護衛しやすい。
村の人達にはもう村長から話を伝えているらしい。
配置は、教会の前方をアルとキャロル。後方をバランが担当。
「私達は?」
「あ? 中で待機に決まってんだろ」
バランがさも当然と言う顔をしてこちらを見てくる。
あー、そうですよね……補欠ですもんね。
ノラが意外にも戦えることを彼らは知らないので、これが現状一番いい配置なのだろう。
しかし、バランの言い方がまずかった。
シャーレイの眼光がいつもより鋭くなり、バランを睨みつけている。
「教会の中で何も起きないとは言い切れないから、見張りを頼みたいんだ」
そう言ってシャーレイを見るアル。
しばらく黙っていたシャーレイだったが、小さく息をついた後「心得た」と短く答えた。
アルのファインプレーに助けられた。
流石リーダーだ。
作戦始まる前に人数が減らなくてよかった、本当に。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「ここに来るとも限らないから、緊張しすぎないようにね」
教会に行く前にキャロルに言われた言葉を思い出す。
祭壇に一番近い長椅子に座り、天井を見上げた。
――静かな夜だ。
教会の中に男女合わせて三十七名の奴隷が集まっていた。
緊張するなとは言ってくれたが、それでもやっぱり緊張するのは仕方がない。
よくよく考えてみれば、私はこれから犯罪者と相対することになるのだし、何が起こるかわからない。
もしかしたら怪我をすることもあるだろうし、一番最悪なのはノラとシャーレイに何か――
「なぁ!」
考え事をしていたら声をかけられたので、視線を天井からそちらに向ける。
獣人の男の子だった。
十歳くらいだろうか、ウサギのような耳がぴょこぴょこと動いている。
「こら! 何してるの!」
もう一人の獣人の女性が慌てたように駆け寄ってきた。
その姿には見覚えがある、昼間見た洗濯をしていた女性ではないか。
よく見ると二人共奴隷の首輪をつけている。
……親子だろうか?
「お仕事の邪魔しちゃダメでしょ!」
「話しかけただけじゃん!」
「それを邪魔してるって言うの!」
そこまで言うと獣人の女性は「申し訳ありません」と私に頭を下げてきた。
「だ、大丈夫ですから頭を上げてください」
慌てて椅子から立ち上がる。
「いや、でも」と言う女性をなんとか説得すると、それからすぐに男の子が私に詰め寄ってくる。
な、なんだろうか。
その男の子の真剣な表情には妙に迫力がある……。
「どうしてここにいないといけないの!?」
「だからそれは村長が説明してくださったじゃない」
「でも坊ちゃんが……」
「ぼ、坊ちゃん?」
――夏目漱石?
「私達のご主人様のご子息です」
困惑する私に、母親が説明をしてくれる。
あんまり馴染みのない言葉のせいで少し混乱してしまった。
そんな私を無視して男の子は興奮気味に、でも怒っていると言うより心配している様子で話し出した。
「僕は坊ちゃんの護衛なんだ! なのに側を離れるなんて……」
「今はこの村に奴隷狩り……えっと、悪い奴が来るかもしれなくて、君たちの方が危ないんだよ?」
「わかってる! でも、もし坊ちゃんに何かあったら……」
この村に奴隷狩りが来るかもしれなくて、しかも自分の方が危険な目に会うかもしれないのに、この子は――
「私とこの子は、夫が亡くなってからこの村に来ました」
彼女達はもともと、ここよりずっと離れた場所で暮らしていたらしい。
しかし、夫を流行り病で亡くしてから生活がままならなくなり奴隷としてこの村にやって来たのだそうだ。
「今のご主人様には感謝してもしきれません。本来なら奴隷として売られたら、別々のものに買われて離れ離れになる家族も多い。そんな中『親子で離れるのは辛いだろう』と言って私達親子二人を引き取ってくださいました」
そう、だったのか。
こんな小さな男の子までもが自分の大事なものを守ろうとしているのか。
私は男の子の目線に合わせるようにしてしゃがみ、肩に手を置く。
「その坊ちゃんが心配なのはわかるよ。でもね、今ここでもし君達が連れて行かれたりしたらこれから先、その坊ちゃんを誰が守ってあげるの?」
「これから……先……」
「誰かを守りたいのなら、まずは自分の身も守らないとね」
私の言葉に男の子は「わかった」と言って小さく頷いた。
今までピンッと立っていた耳が垂れている。
もしかしたらこの子も恐怖や緊張でいっぱいいっぱいだったのかもしれない。
……この子や他の奴隷達の為にも、なんとか今晩を乗り切らなければ。
そう意気込んだところで今まで静かに隣に座っていたノラが立ち上がった。
私も辺りを警戒し、シャーレイの名前を呼ぶと彼女は矢を構えて辺りを警戒する。
――経験上、ノラがこういう反応をするときには必ず何か起きる。
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