24 名無しの修羅場
人が生きていくために重要なものとは何か。
その中でも代表的な『衣食住』は生きていくために欠かせないものだとも言われており、実際その通りである。
本来ならばファンタジー異世界(しかも森の中)に手ぶらで放り込まれた時点で即アウトであり、最低限の人間的な生活は愚かあの森でお亡くなりになっていてもおかしくはない。
……のだが、どうやらかなり幸運だった私こと『ナナシ』は森で発見され衣食住の確保に成功し更には自分でお金を稼いで生きているわけだ。
勿論、自分だけの力で立派に生きていけるなんて豪語できるほど自惚れてはいない。
現にいつも一緒にいてくれるノラとシャーレイ、何かとお世話になるレボルトさんに心のアイドル受付嬢マリンちゃん、宿のおじいさんにエクレア。
他にもあの街で関わった人々に支えられて生きていることを忘れてはいけない。
そして現状、生きていくために必要な最低限の物は手に入っている。
――《最低限》。
いやはや悲しいかな。
人間とは
文明を発展させ世の中を自分たちの都合のいいように便利にしてきた人間が次に求めるものは何か。
――そう、『娯楽』である。
楽しくないと生きていけない!
この世界には手ぶらで放り込まれたのでゲーム機やテレビ、ラジオは勿論のこと現代の必需品であるスマートフォン並びに携帯電話。
あるわけないんですよ、なぜならこの世界は科学より魔法が進歩してきた世界だから。
だからと言ってこの世界に全く娯楽がないというわけではない。
でも正直この世界の娯楽はゲームや漫画に入り浸ってきた現代っ子のナナシさんからしてみれば実にアナログ! 物足りない!
……まぁ、今の所この世界の全てが新鮮なんで、飽きるなんてことは私が死ぬまでありえないことだと思われますが。
とにもかくにも、こんな現代っ子な私もこの世界で娯楽を見つけることができました――『読書』です。
元の世界でも漫画の他にも小説(ライトノベルとか)も読んでいたので活字は嫌いではない。
初めはやることがなく、消去法で暇つぶしに読んでいたのだが、この世界の本は今まで読んだことのないような本ばかりでとても興味深くて面白い。
気がつけば『読書が趣味』な人間になっていた。
村にいた頃はサーシャに本を借りたりしていたが、勉強熱心なサーシャの自慢の本棚は魔法の本、現代風にいうと『参考書』『赤本』ばかりなので物語系の本は少なかった。
魔法の使えない私には無用なものだったと言うわけです。
ここまで散々引っ張っておいて、私がつまり何を言いたいのかと言うと……
「ちょっとあなた! なによこの女!」
「えっーと……」
「浮気でしょ! ひどいわ!」
「ナナシが浮気などする筈ないだろう!」
テレビがない筈のこの世界でどうしてこんな昼ドラみたいなことが起きているのか。
なんだこれ、リアルおままごとか。
晴天の下、色とりどりの花が咲く綺麗なお花畑のレジャーシートの上で私はこの村のお嬢様『ステリア』ちゃんにシャーレイとの浮気を問い詰められている。
三人組と別れ、ステリアちゃんに連れてこられたこの綺麗な花畑。
いつもはここでトリムさんと遊んでいるという話を聞き、やっぱり女の子だしお嬢様だし花摘みとかするのかな?
……と思ったが、意外にも始まったのはおままごと。
私も子供の頃やったなぁと自分の幼少期を思い出しつつステリアちゃんが「私がお母さんね!」と言い、やっぱり女の子はお母さん役やるよねぇウンウンとか微笑ましく見守っていたら「ナナシおねぇちゃんはお父さん!」と言われ、てっきりノラがお父さん役に抜擢されると思っていたので少し意外に思ったがそれ以上に「シャーレイおねぇちゃんは浮気相手!」と言い出して目玉が飛び出るかと思った。
なに? ウワキアイテ? え? 私の知らない専門用語?
そして何の前触れもなく始まる修羅場。
帰宅してすぐ浮気を断橋される私を、何故か夫より先に家にいる浮気相手役シャーレイが役を忘れつつ庇う。
子供の豊かすぎる発想力に圧倒されるこの状況でも、ノラは変わらず静かに座り身近な花を眺めている。
私は一応、与えられた役の中で何をしようか考え、とりあえずこういう場合は言い合っている二人をなだめるのではないか?
という安直な発想から「まぁまぁ」と言いながら二人に歩み寄る。
「二人とも、とりあえず落ちついて話し合おう」
恐らく役を忘れたシャーレイは食い下がるが、ステリアちゃんは私を一瞥するとノラの方に歩いていく。
……そういえばノラはどんな役を与えられているんだっけ?
ノラは何も言われていなかったのでてっきり参加していないのかと思っていたが、違ったようだ。
ステリアちゃんはおもむろに座るノラの膝に手を置くと、キッとこちらを睨みつけて「うちにはこんなに小さな子もいるのに!」と言い放った。
私とシャーレイは顔を見合わせ、恐らく全く同じことを考える。
……いや、そいつこの中で一番でかいっすよ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
それから、ピクニックバスケットを持ったトリムさんが現れ、それを見たステリアちゃんの「おやつにしましょう!」という無邪気な一言によりリアルおままごとはあっけなく閉幕した。
あれから話は紆余曲折し、何やかんやで世界を救う旅に出るところだったのだが……おままごとのルールはステリアちゃんなので彼女が辞めと言ったらそこで終わりなのだ。
ステリアちゃんは満足していたようだし私も正直疲れていたのでラッキーだった。
ノラに肩車されていたステリアちゃんは下ろしてもらうと一目散にトリムさんに駆け寄り、膝の辺りに飛びついた。
トリムさんは私達を見ると流れるような動作で頭を下げる。
「お嬢様のお相手をしてくださり、ありがとうございます」
「いえいえそんな」
「トリム! 今日のおやつはなぁに?」
待ちきれないというように飛び跳ねながらトリムさんの手を引っ張るステリアちゃんに困ったように微笑みながらレジャーシートまで行き、持ってきていたバスケットを開ける。
中身を確認するとステリアちゃんは「わぁ!」と言って目をキラキラさせ大喜びだ。
「ドーナツだ!」
「ドーナツ?」
「そうよ! トリムのドーナツは世界で一番おいしいの!」
「先に手を拭きましょうね、お嬢様」
渡されたお手拭きでいそいそと手を拭うとステリアちゃんはシャーレイにドーナツを手渡す。
聞きなれない単語に首を傾げていたシャーレイは渡されたドーナツをまじまじと見つめ、ドーナツの穴を覗き込み「不思議な形だな」と呟くとかぶりつく。
咀嚼していると段々と目がキラキラしていき、飲み込んだ後私の方を見て「これはとても美味しいぞナナシ!」と言ってくるので何だかとても微笑ましい。
シャーレイはパフェと同じでドーナツも初めてだったようだ。
私も食べてみると、ほのかに温かくで優しい甘さが疲れた体に浸透してとても嬉しい。
そして何より美味しい。
美味しいドーナツにありつけたのでお嬢様の遊び相手をしてラッキーだったかもしれない。
ノラはいつの間にか両手にドーナツを持っていて無表情で黙々と食べ続ける。
彼の無表情は今に始まった事ではないので気にしていないが、一応確認として「美味しい?」と声をかけると無言で頷く。
「食べ終わったら、花冠をつくりましょう!」
ステリアちゃんから休憩後の予定が発表され、今度はおままごとほどハードな遊びではないことに安堵する。
勿論、この村に来た本来の目的を忘れたわけではないが、今の私の仕事はコレなので与えられた仕事を全うすることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます