19 名無しはうっかりしていた


前に一度エクレアに「ギルドマスターはどんな人物なのか」と言う質問をしたことがあった。

「とっても優しいけど恥ずかしがり屋な人よ」と言うのでもっと外見的なことを教えてくれと言うとエクレアは少し考えた後「実際に見て見たほうがいい」と言った。「そのほうが面白い」から、と。

彼女の言っていたことは概ね正解だったし何故そうしたのかも理解できた。


真っ黒な魔法使いのようなローブでフードをかぶっており、顔には骸骨のお面。

背中には大きな鎌を背負い、わずかに見える指先は包帯で覆われていた。

恐らく全身包帯で覆われているのだろう。

これらに該当するものを私は一つだけ知っている。そう、『死神』である。

夜、一人の時にばったり出くわしたら絶対勘違いするような外見をしていた。

……いやちょっと待って、これ本当にギルドマスターで正解? 大丈夫? あってるの?

恥ずかしがり屋って言ってたけどなんか想像と違うと言うか、幾ら何でも隠しすぎじゃないですかねぇ!?

全身包帯ってミイラじゃないですか!

私は思わずそんなことを考えてしまっていたが、只ならぬオーラを発しているその人物は懐から一枚の紙を取り出した。


「此度、『ギルドクエスト』が発行された」


仮面の奥から発された声は低く、男性だと言うことがこの時初めて判明した。

いや、なんとなくこの人(?)が男性な気はしていたが……。

まぁともかく、発言や周りの反応からしてもこの人物がギルドマスターで間違い無いようだ。


それにしてもギルドクエストとはなんだろうか、通常の依頼とは何か違うのか?

意味を理解できていない私とは違い、周りは妙な緊張感と共に騒ついている。

オーケー。 なんとなくヤバイ案件というのは理解しました。

私はそろっとエクレアに近づき「ギルドクエストって何?」と小声で尋ねると「ギルド全体で行われる大型クエストのことよ」と教えてくれた。

ギルド全体ってことは恐らく全員参加ということだろう。

オンラインゲームとかでもあった大型の敵相手に数十人で立ち向かうみたいなことか……と思ったが私はすぐに考えを改める。

これは残念なことにゲームではなく現実の話だ。

どんな仕事も命がけな上、何が原因でどんな目に合うかなんてわからない。

資金集めをしつつこの世界での見聞を広めると言う当初の目的を考えると正直あんまり危険な目にはあいたく無い。

やむ終えない状況とかならしょうがないんだけどね。


「詳細は明日説明する」


ギルドマスターはそれだけ言うと近くにいた受付嬢に依頼の書かれた紙を渡し、何人かの名前を呼ぶ。

その中にはアル、バラン、キャロルの三人もいた。

バランは舌打ちをしてからノラの腕を振り払うとギルドマスターの元に向かう。

呼ばれた人達をの人選をみるに、このギルド内の実力者を集めているのだろう。

……なんかみんな強そうだし。

バランがいなくなったことやギルドマスターの登場で私に向けた視線がなくなったことに安堵し席に着く。

ノラに「ありがとう」と言うと小さく頷き、また食事を初めていた。

切り替え早いなぁと一連のことがあっても全く動じないノラに感心しつつエクレアの方を向く。


「ギルドクエストって今までにもあったの?」

「四年前にあったわよ」


デザートのシャーベットをつつきながらエクレアは当時のことを思い出すように言った。

隣のシャーレイは未だにご立腹のようで同じくシャーベットを食べているが眉間にしわが寄り難しい顔をしていた。

そこまで怒らなくても……まぁ、エルフを馬鹿にするのは禁句だからしょうがないか。

話を戻そう。


「その時はどんな内容だったの?」

「ファイアドレイクの討伐」


「ナナシ、知ってる?」と言われたので「一応、そんなに詳しくはないけど」と返事をする。

ファイアドレイクは確か火を噴くドラゴンだった筈だ。

典型的なドラゴンというか、ドラゴンといえば大体火を噴くドラゴンをみんな想像するだろうし……ん? 

ドラゴンって言ったよね、ちょっと待って欲しい。


「ド、ドラゴンが来たの?」


この街に!? うっそだろおい、よく無事だったな!!

ドラゴンといえばかなり上位の魔物だ。

この町、治安が良くて比較的周囲の魔物も弱いんじゃなかったっけ?

いや、つまりギルドクエストはそれぐらい例外的で緊急なことなんだろう。


「ギルドクエストなんて普通滅多にあることじゃないけど、さすがにあの時はびっくりしたわね〜、ファイアドレイクなんて話でしか聞いたことなかったしさぁ」

「よく生きてたね、と言うよりもよく倒せたね」


ファイアドレイクを倒せるだけの実力者がその時ギルドにいたのか、とエクレアに言うと「あー、違う違う」とスプーンを振った。


「あの時は国から援軍が来たのよ」

「援軍?」

「王国騎士とその軍がね」

「へぇ、王国騎士」


あ、やべ、と私はここで固まる。

実は、私はこの世界の情勢とかそう言ったことを全く調べていないのだ。

誰が国を治めているだとかそういった情報を全く仕入れていなかった。

……これはまずい。

今までこの町でボケっと普通に暮らしていたし、私の親友で恩師でもるサーシャと話す時も大抵は魔法の話ばかりしていたので、そういった大事なことを勉強するのをすっかり失念していた。

ひとまずここは話を合わせて乗り切って、帰ってから勉強しよう。


「聞いた話だとすごかったわよー、ほとんど一人で倒しちゃったんだって」


とりあえず王国騎士はすごく強いらしい。 ここも帰って調べなくては。

っつーかドラゴンをほぼ一人で倒すとかバケモンかよ。

酒が回って来たのかケラケラと笑いだすエクレアにシャーレイが水を渡しながら声をかけてきた。

よかった、どうやら怒りは一先ず鎮火したようだ。


「明日はそのクエストとやらの説明があるのだろう。そろそろ明日に備えて宿に戻った方がいいんじゃないか?」


言われて周りを見ると他の客もチラホラと帰りはじめていた。

いつもならまだこの時間帯で帰る人は少ないのだが、やはりギルドクエストが関係しているのだろう。

私はエクレアにお金を渡すとノラとシャーレイを連れて宿に戻った。


……うん、帰ったらこの世界のこと勉強しよう。



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