18 名無しは神に祈る


『石コロ女』

この呼び方で私を呼ぶ奴なんて、この世界には恐らく一人しかいない。


「なんだテメェ、まだこの街にいたのか」


馬鹿にしていることを隠しもせずに鼻で笑いながらこちらを見てくるバラン。

振り向くとそこには、いつぞや私を勧誘してきたこのギルドでもトップクラスの実力者三人組が座っているではないか。

私は振り向いてしまったこと、この席を選んでしまったこと、その他諸々を後悔する。

っていうかしないわけないよねー。

というかこの男がいるということは勿論後の二人もいるということで_


「なんだバラン、誰と喋ってるんだ?」


バランの向かいに座っていた男。

この三人組のリーダー、アルは私に気がつくと途端に笑顔になり対照的に私の引きつった笑顔は更に引きつる。

キャロルはこちらに視線を向けたが、すぐにメニューに視線を移し近くのウェイターに注文し始めた。

私もぎこちなく笑みを浮かべて小さく手を振る。

バランはともかくアルに対しては悪いイメージはない。

確かに最初に声をかけてきたのはアルだが、最終的にはバランを引きずって帰ってくれたしバランより遥かに印象が良い。

……それでもなんというか、やっぱり気まずいので出来れば会いたくはなかったかなぁ。


「あぁ、キミか! 元気そうでよかった!」

「アハハ、どうも」


いや、何一つ良くないんですけど。

今テンション急降下してる最中ですよ。

申し訳ないんですけど、青髪ヤンキーだけでも帰ってもらえませんかね?


「ハッ! そりゃ毎日石コロ投げてりゃ元気だろうよ」


ほんと嫌味に事欠かないなコイツ。

前回のこともあるので嫌味を言われてムカつかない訳がない。

普段の気の小さい私なら押し黙ってしまうだろうが、今はアルコールを摂取したことによりいつもより気が大きくなっている。

つまり、酒の力を借りている状態なのでここぞとばかりに言い返してしまう。

お酒の力ってすごーい。


「別に毎日石投げてる訳じゃないです。パーティだって組みました」


私がそう言うとバランは怪訝な顔をして私の席を見渡すが、ノラとシャーレイの首輪を見てから目つきが変わった。


「……テメェ、奴隷を買ったのか」


そう言ったバランの目は今まで以上に冷えきっていた。

目には怒りが滲み出ている。

あれ、もしかしてバランは奴隷反対派の人なのだろうか。

初めて見る目に震えながらも「な、何」と言い返すと私の胸ぐらを掴んで席を立った。

不安定な状態から無理やり立たされたので、私の座っていた椅子は音を立てて倒れ、持っていたジョッキが床に落ちて割れる。


「バラン、またお前は何をやってるんだ!」

「止めるんじゃねぇ」


席を立つアルを鶴の一声で止め、再びこちらを睨みつける。

キャロルは依然と同じように何もせずに静観しているだけだった。


「どうやらお前は俺が思ってた以上にとんでもねぇ馬鹿みてぇだな」


呆れ半分、怒り半分といった声色でため息をついた。

私がどういうことなのかと疑問を口にするより先にバランは口を開く。


「このままじゃ無駄死にするぞ、さっさと売りに出せ」


その直後、ヒュッという風を切るような音がしたかと思うとフォークがバラン達のテーブルに突き刺さっていた。

首だけ動かしてわずかに後方を見るとシャーレイが席を立ちバランを射殺さんばかりに睨みつけており、ノラもシャーレイが立ち上がったのを見てからゆっくりと立ち上がる。


「それはどう言う意味だ人間。私達ではナナシを守ることもできないと言いたいのか」

「そんなこと――」

「無駄死にってのはコイツのことじゃねぇ、お前らのことだ」


――ない、という前にバランの放った言葉で私は一瞬呼吸を忘れる。


無駄死に。 死ぬ。 私のせいで、二人が。


「どういう経緯で買われたのかは知らねぇが、運がなかったなお前ら。このままじゃこの脳無しに足引っ張られて全滅するのがオチだ。」

「随分と口が回るな人間。今すぐにでもそこの壁にお前を貼り付けにしてやっても良いんだぞ」


そう言いながらシャーレイは弓矢に手をやる。


「ハッ! エルフってのは意外にも血の気が多いんだなぁ! もっと頭の良い奴等だと思ってたぜ」

「黙れ、貴様が我等エルフを語ることは許さん」


バランは私に視線を向け、ぐっと顔を近づける。

完全に蛇に睨まれた蛙。

ライオンの檻に入れられた兎の状態で私は何もできず、ただ青ざめる。


「無駄死にさせたくないんなら、もっとマシな奴に買い取ってもらうこったな」


低く冷たい声でそう言ってから、バランは顔を離して小馬鹿にしたような笑みを浮かべ「まぁ、お前じゃ碌に魔物も倒せねぇだろうし? そのまま冒険者をやめて尻尾巻いて田舎にでも帰ったらどうだ?」と以前のように笑いながら言った。

これだけの騒ぎを起こしていたのだから当然なのだが、いつの間にか酒場全体の注目を浴びていたらしい。

遠くから「バランのいう通りだぜ!遊びなら帰っちまえよお嬢ちゃん!!」という下卑た笑い声が飛んできた。

それを皮切りに周りから様々な声が飛んで来る。

笑い・罵倒・同情・無関心・怒り、と様々な感情が一気にこの場に集まっているのが肌で感じ取られた。

シャーレイが今にも暴れだしそうなのをエクレアがなんとか抑え、アルも流石にこれ以上は見ていられないと思ったのか、バランの肩を乱暴に掴み止めようとしてくれている。

この状況において私は……ナナシという個人はあまりにも無力だった。

そう自覚した途端、世界が歪む。

鼻がツンと痛む、情けないことに私は泣きそうになってしまう。

ここで泣いたら負けだと頭では思っていても自分が情けなくて、一度マイナスになった思考は簡単には戻らない。

どうしようもなくこの場から逃げ出したくなって、未だに私の胸ぐらを掴んでいるバランの手を振り払おうとした時、別の腕がその手を掴んだ。


白いその手は、ノラのものだった。


「……あ? なんだよ?」


バランが睨みつけてもノラは全く動じない。


「おいお前、こんな飼い主庇ってどうする。」

「倒した」


口を開いたかと思えば単語一言。

ノラが静かに言い放ったその一言に、辺りが少しだけ静かになった。


「……はぁ?」


まぁ、そうなるよな。私はバランと同じことを思った。

私自身ノラがここで乱入して来るとは思わなかったので完全想定外なドッキリ案件に驚いて涙も引っ込んでしまった。

正直、ノラが絡むと予想外なことが連発するのでこの後は厄介なことが起きないように神に祈る他ない。

もうそれ以外で身動きの取れない私にできることはないのです。

おぉ、神よ。マジで厄介ごとだけはやめてください。


「ハッ、どうせ戦えないお前のことを囮にでもしたんだろ。だったら尚更__」

「違う、囮はナナシ」


うわー、余計なこと言うなよお馬鹿さんめ。

私がなんだか恥ずかしくなり両手で顔を隠そうとした時、ギルドのドアが激しい音を立てて開く。

辺が水を打ったように静かになり、全員の視線が一点に集中する。

エクレアの「ギルドマスター」という呟きがやけに大きく私の耳に届いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る