17 名無しは平和を噛みしめる


レボルトさんが私を慰めるためにくれた果物を三人で食べながら持ってきたオークキングの牙の査定が終わるのを待った。

いただいた果物は私がこの街に来る前、レボルトさんにお世話になった時に食べてから好きになった『モルカ』と言う果物だ。

大きさは手のひらに丁度収まる程度の大きさで、食感や味は桃に近い。

でも、種がなくて皮ごと食べられるぶん桃よりもこっちの方が個人的に好きかもしれない。


「美味しい?」

「美味しい」


意外にも先に反応したのはノラの方だった。

普通ならシャーレイが真っ先に反応しそうなものだが、俯いて食べかけのモルカを見つめている表情は暗い。

あまり美味しくなかったのだろうか?


「シャーレイ? 口に合わないなら無理に食べなくてもいいよ?」


私がそう言うとハッとして顔を上げる。


「いや、違うんだナナシ……ただ、その……」


そこまで言ってまた表情が暗くなる。

このメンバーでも比較的しっかり者、お姉さん的立ち位置なシャーレイがこんな暗い表情をするなんてやはり心配になってしまう。

もしかしたら私が気づかない内に彼女に何か嫌なことをしてしまったのかもしれない。

差し支えなければそんな顔をしている理由を教えて欲しいと言うとシャーレイは少し迷った後、何かを懐かしむような悲しげな表情で語り出した。


「……私の故郷の森にはこの実の成る木が沢山あって、子供の頃からよく食べていたんだ。だからつい、故郷を思い出してしまってな。」


――もしかしなくても地雷を踏み抜いてしまった。


今までのことで考えることを放棄していたが、シャーレイは奴隷。

でも奴隷になる前には故郷があってそこで暮らしていたのだ。

好きで奴隷になった訳じゃないのは当たり前で、故郷に帰りたいと思うのは当然のことだ。

私はもうほとんど諦めてしまったけれど、彼女には帰る家があるのだから。

そりゃあ、帰れるのなら帰りたいに決まっている。

ノラもそうだ。

彼にもきっと故郷や帰りたい場所があって、居場所があるに決まっている。

いや、たとえ無かったにしても彼らを私のそばに縛り付けていい訳がない。

そんな感情が私の中でぐるぐると渦巻いていた。


「ナナシ、査定終わったぞ」


査定を終えたレボルトさんに声をかけられ、私は慌ててそちらを見てからシャーレイを見る。

思いつめたような表情が嘘のようにいつもの凜とした表情に戻っていた。

私は手に持っていた食べかけのモルカの実を急いで口に詰め込むと、レボルトさんの元に駆け寄った。

駆け寄ってきた私にニカッっと爽やかな笑みを見せるとお金の入った袋を渡してくれた。


「いくらになりましたか?」

「十万リベルだ」

「じゅっ十万!?」

「あぁ、オークキングの牙は確かに珍しい素材だが損傷が激しくてなぁ」


そう言ってレボルトさんは「惜しかったな!」と言って悔しそうに私の肩を叩くが個人的には大満足だ。

私もノラもシャーレイも無傷な上、心身ともに疲弊しただけで十万リベルに主な依頼であったゴブリンの討伐でもらえる金額をプラスすれば合計で十万三千リベルにもなる……三千リベルが若干、霞んでしまう気もするが。

ちょっとした贅沢をしてもバチは当たらないだろう。

そこまで考えてから私は二人を見た。


「今日はちょっと贅沢しようか!」


私の発言にシャーレイは驚いたようだがレボルトさんは「いいじゃねぇか!」と言って私の背中をバシバシと叩く。

このコミュニケーションにも慣れてきた。


「い、いいのかナナシ」


「うん。今回は二人とも頑張ってくれたし、今日くらい贅沢してもバチは当たらないんじゃないかなぁ」


そう言って私がへらっと笑うとシャーレイは少し驚いたように目を見開いてからフッと微笑む。

いつものシャーレイらしい高貴だが嫌な感じのしない、不思議と気品のある笑みだ。

そうこうしているとノラが私の服の裾を引っ張ってきたので振り向く。

こちらも相変わらずの無表情でただ一言「お腹が空いた」と言ってくるので思わず笑ってしまったが確かにその通りだと言うことになり、依頼の報告と食事をしに私達はギルドに向かうことにした。





△▼△▼△▼△▼△▼△▼





「それじゃあナナシ御一行おめでとうってことで……カンパーイ!!」


「カンパーイ、っておい」



日が沈みかける、夕方。

この時間帯はこの街の人たちが仕事を終えて帰ってくる時間であり、それはこのギルドも例外ではなく、今日も依頼を終えた冒険者達があちこちで騒いではジョッキとジョッキのぶつかる音が響く。

今日あった出来事を話していたり、とにかくワイワイとそれぞれ盛り上がって楽しそうだ。

この時間帯が混むのはわかっていたし、あちこちで絶えず笑いが起きる賑やかな雰囲気が嫌いではない。


「あら、ナナシったら全然食べてないじゃない!」


そう言って私のお皿にどんどんお肉を盛っていくエクレア。

レボルトさんの店からギルドまでの間に私がそこそこ儲けたと言う話を仕入れた彼女にせがまれ何故か彼女にも奢るハメになってしまった。


「まぁまぁ、私にはお世話になってるんだし!」と言っていたが、それは多分本人が自分で言っちゃダメなやつだろう。

でも実際にかなりお世話になっているのでまぁいいかとも思う。

いや、正直彼女にこの程度のことで恩が返せるとは思えないくらいに彼女には主に精神面でお世話になっているのだ。


まぁ、そういうことを抜きにしてもエクレアのような明るい盛り上げ上手なタイプはいてくれた方が助かる。

そこまで考えてから私はとりあえず今は食事を楽しもうと思い、エクレアの盛ってくれた肉を頬張る。

……うん、肉厚でジューシーで大変美味びみである。

私の好きな果実酒も進む進む。


「ナナシ! これはすごいな、冷たくて甘くて……とても美味しいぞ!」

「本当? ならよかった」


シャーレイも以前から気になっていたというフルーツをふんだんに使ったパフェを食べている。

どうやらパフェやケーキのような華やかな甘味はエルフ族の中にはあまり浸透していないらしい。


「そのパフェ、女子の間でも結構評判いいんだよね〜! あ、こっちのも食べてみない?」


そう言ってエクレアはシャーレイにメニューを見せ、シャーレイも気になったのかメニューをまじまじと見ている。

エクレアは持ち前のコミュニケーション能力の高さで種族なんて御構い無しに早くもシャーレイとは打ち解けているようで、少し安心した。

やはり彼女にも私やノラ以外で話せる人間がいるに越したことはないだろうから。

そこで私は隣に座って黙々と食事をとるノラを見る。

串に肉の刺さったバーベキューのようなものを食べていたかと思ったら今度はサラダをボウルごと抱えて食べだした。

……うん、好き嫌いがないことは良いことだよね。

着々と減っていくサラダボウルを見ていると、その手がピタリと止まる。

どうかしたのかと思い、ノラを見上げると野菜の刺さったフォークをこちらに向けて静止しているではないか。

まさかと思うが、いや、そんなまさか。


「どうした? 食べないの?」

「……あーん」


う そ だ ろ 。


「なんでそうなる!?」

「見てたから」


どうしてノラがこんな行動をとったのか皆目見当がつかなかったが、今しがた解決した。

私がサラダをじっと見つめていたので欲しいものだとどうやら勘違いしたらしい。

「私は良いから、ノラが食べなよ」と言うものの、何を思ったのか先ほどよりも負けじとフォークを向けて迫ってくるので、観念していただくことにした。


正直、私自身ノラを異性として意識していないためか特に恥ずかしいなんてこともなく普通にサラダを味わうことになった。

なんと言うかこう、ノラには獣っぽい部分があるせいか特にドキドキで甘酸っぱい気分になるとかそう言うことは全くなかった。

綺麗な顔してるんだけどね、ノラ。

私がサラダを飲み込んだ所を確認してからどこか満足そうに再びサラダを頬張り出す。

いや、ほんとに何がしたいのコイツ。

エクレアの方に視線を向けるとシャーレイはエクレアの話に興味深そうに頷いては目を輝かせている。

その姿がなんだかカフェで盛り上がる学生を見ているような、懐かしい気持ちになって微笑ましく思う。

最近忙しかったりしてあの村を出て以来、あまり思わなくなっていた気もするが私は久方ぶりに『平和』を感じていた。

そんな感傷に浸っていると後ろの席に新しい人達がやってきたようだ。

彼らも一仕事終えてギルドで一日の終わりに一杯やろうとしているのだろう。

新しい果実酒を飲みつつ、なんとなく後ろを振り向いた。




「あ?……お前『石コロ女』じゃねーか!」




はい、『平和』終了。



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