16 名無しはそこまでやってない


オークキングの牙。

とても硬いもので武器に加工して使われることがあり、そもそもオークキングの討伐自体結構難しいことだったりするので結構なお値段で売られている。

本来はここより離れた場所に生息しているらしいが、なぜこんな田舎まで来たのかは謎だ。

すでに手負いの状態だったところを見るに討伐されそうになって逃げて来たといったところだろうかとシャーレイが言っていた。


牙は重くて持てないので意外と怪力だったノラに持ってもらい、早速換金するために私達は馴染みのレボルトさんの店にやって来た……ぶっちゃけこれどうやって売ればいいのかもわからないのである。



「レボルトさーん、いますかー?」

「おーうナナシか? いるぞ――ってなんだどうした!?」


シャーレイの背中でぐったりした私を見て驚いた後、ノラの担いでいる牙を見て目を皿のように広げていた。


「おま、これまさかオークキングの牙じゃねぇか!?」


商人であるレボルトさんから見てもやはり珍しいものなのか仲間の商人も呼んでちょっとした騒ぎになっている。

正直これはあまりよろしくない状況だ。

できるだけ目立ちたくないし、さっさと話を終わらせて宿に帰らせてもらうために普段よりも大きめの声で「あの!」と言うと一斉に視線が集まる。

……正直きつい。


「これ、売りたいんですけど」

「あぁ悪い悪い、勿論買い取らせてもらうぞ。 それにしてもすごいなぁ、まさかお前達で倒したのか?」


当然の疑問だが、一番して欲しくない質問がきた。

ここで自分達が倒した、なんて言おうものならどうなることかなんて想像したくもない。

間違いなく注目の的になる。

『銅の小娘と奴隷二人でオークキングを倒した!』なんて話が町中に広がりでもしたら、もう外を歩けない。

悪いことなんてしてないはずなのに太陽の下を歩けなくなる、精神的に。

シャーレイが何も言わない私を心配してか、聞こえるぐらいの小声で「どうした」と聞いて来た。

周りの商人達はオークキングの牙に群がっていたが、レボルトさんに解散のようなことを言われて名残惜しそうに自分たちの店に帰っていく。


「できれば目立つようなことは避けたいんだけど……」

「そうか、わかった」


シャーレイは頷くと「おい、商人」とレボルトさんに声をかける。


「これは私達が倒したわけではない」


凛とした顔でそう言うシャーレイ。

私はなんだかノラに対して申し訳なくなってしまう。

当の本人は空を眺めてぼーっとしていて気にしたりはしないだろうが、これはノラが倒して手に入れてくれた物なのだ。

それなのに彼の手柄をなかったことにしてしまうことに罪悪感を感じてしまう。

気を使ってかシャーレイが言ってくれたが、これも本来なら私が言わなくてはいけないことだ。

本当にこの二人には助けてもらってばかりだ。

彼らを買った料金がとても安く感じてしまうぐらいには、この二人はあまりにも優秀だった。


「なんだ、そうなのか」

「そうだ。 私達でオークキングを倒すことなんて不可能だ」


レボルトさんがどこか納得したように相槌をうつ。


「じゃあこれどうしたんだ?」

「倒れたオークキングの近くに牙が落ちていたんだ」


あぁ、確かにそれなら私達がこの牙を持って帰って来ても不思議じゃない。

たまたま運よく手に入った。

ノラには申し訳ないが、これなら不自然じゃないし下手に目立つこともないだろう。

シャーレイは基本冷静でクールなエルフ美女なので表情が顔に出にくく、何が言いたいかというと……嘘がばれにくいのだ。


「その時の私達は戦える状況ではなかった」


とっさにこんなことが言えるなんてシャーレイはうちの頭脳担当で間違いなし。


「初めて見るオークキング、たとえ倒れた姿であってもそれは背筋も凍るほど恐ろしいものだった」


シャーレイは立ち向かってくれたけどね。

悔しそうに語るシャーレイ、嘘だとわかっていても本当のことに聞こえる不思議。


「私達はまともな精神状態ではいられなかった」


……結構語るな、シャーレイ。

何もそこまで作り込んで語ることはないんじゃないか?

いい加減キリのいいところで切り上げないと逆にボロが出るんじゃ――


「ナナシは金切り声をあげて泣き叫び、私はその場で気絶、ノラはパニックになって地面に頭を打ち付けていた」

「ちょっ」


言い過ぎ言い過ぎ! やりすぎシャーレイ!

嘘をつくにしてもこれはひどいんじゃないか!?

私は金切り声なんて上げてないし、泣きそうにはなったけど!

ノラはなんなんだどうしたんだ。

地面に頭を打ち付けるって……このパーティ側から見たらえらいことになってるぞ!?

全員SANチェック失敗したの!? SAN値直送なの!?

死んだオークキング見てもしそんな反応してたら動いてるオークキング見たとき私達どうなるんだ?

死ぬだろ、その場で即死だろ。

逆にこの話が町中に広まっても別の意味で外出歩けないよ!!

寧ろそれならいっそのこと倒したって正直に言った方がまだ良かった!

シャーレイってちょっと天然というか、真面目だから。

真面目に嘘ついてくれたんだよね。 ごめんねシャーレイ、君は悪くない。


「そ、そうか」と若干引き気味のレボルトさん。


「そうだよな、ノラ!」

「……うん」


ノラ、お前絶対話聞いてなかっただろ!

シャーレイも、もしかしてそれ分かってて聞いたの!?


「あー、ナナシ」

「えっ」


レボルトさんに紙袋を渡された。

中には私が以前好きだと話した果物が入っていた。


「これからも頑張れよ」


そう言ってレボルトさんは私の肩に手を置く。

まるで不幸な環境でも健気に生きる、そんな少女でも見るかのような優しい表情をしていた。

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