14 名無しは絶体絶命
走る走る走る。
今までの人生でここまで一生懸命走ったことなんてなかったと思えるぐらいの全力疾走。
背後で何体かが悲鳴を上げて倒れる音が聞こえるが後ろは振り返らない。
勿論そんな余裕はないし振り返った瞬間恐怖で足が止まってしまうのは自分が一番分かっていた。
私は今人生で初めて自分の命をかけて走っている。
一定の距離を開けて私の後ろを追いかけてくるゴブリン達。
何度かマナタイトを投げてやろうかと思いもしたが私とゴブリン達の間はそんなに空いていないのでマナタイトを投げようものならまず巻き添えを食らってしまう。
……それにしても可笑しくないだろうか、いや絶対変だ。
ゴブリンの数は五体から十体の間くらいで多少の前後はあるにしろ倒すのに時間が掛かりすぎではないか?
シャーレイの弓は宣言通りきちんと当たっている。
そろそろ体力も限界に近いので私は意を決して首だけ後ろに振り返る。
――そして絶望。
「なんか増えてませんか!?」
背後を走るゴブリンの数が最初よりも増えている。
なんでだろうか、私は『対峙する魔物の数が増える』的な呪いにでもかかっているのだろうか。
そんなふざけたことを考えられる程度にはまだ私の頭は余裕らしい。
「うわっ!」
嘘です全然余裕なんかじゃなかった。
疲労から足がもつれてその場に倒れこむ。とっさに上半身をひねって後ろを向くとゴブリンの群れのうち先頭を走っていた一体が今にも飛び掛かろうとしているのが見えて「あ、これやばい」と一周回って冷静になってしまう。
木のでできた棍棒を振りかぶっている。
あぁ、あれで殴られたら絶対頭割れるなぁ……あいつら人間の肉食うって言ってたし死体食べられるだろうな、生きたまま食べられるんだろうか。
それはすごく嫌だ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「囮役を頼む」
「絶対嫌だ」
私がゴブリンと鬼ごっこをする数分前のことである。
いきなり囮役をやってくれと言われた私、勿論絶対嫌だ。
目の前で微動だにしないノラは多分「何で嫌なんだろう?」とかどうせ思っているんだろう。
何となくだけどノラのことが分かってきたぞ!
当たり前だ、普通に嫌に決まってるだろう。
こういうことを言うのは良くないが……馬鹿なのかノラは。
だって考えてもみて欲しい。
人の肉を食べる、なんて聞いた後で囮役なんてできる訳がないよね?
せめてその情報は隠した状態で囮役をやらせればよかったじゃないのだろうか。
そこまで考えてから私は気がついた、この場に人間がもう一人いるじゃないか。
「ノラも一緒に囮役やってよ」
そうだよノラも一緒にやろう、半分こしよう!
名案だと思ったが目の前の彼は首を横に振る。何故に?
「あまり得策とは言えないな」
錆びたブリキの人形のようにギギギ、とシャーレイの方に首を向ける。
えっ、ちょっと待って。 シャーレイもノラの味方なの? 完全アウェイかよ!
「万が一ゴブリンが二手に分かれた場合、例えばナナシを追いかけるゴブリンを倒す間にノラが殺されるかもしれない」
あー、なるほど何となく分かった。
シャーレイは「それに今日の森は少し様子がおかしい」と最後に付け加える。
それは同感だ、なんか厄介な予感がするからできるだけさっさ終わらせてさっさと帰りたい。
え、でもじゃあノラが囮役でも……とそこまで考えてからすぐにその考えを捨てた。
戦えると本人は言っていたが正直全然戦えるかわからない相手を敵の前に放り出したくない。
私にはまだマナタイトという武器があるが、この作戦は失敗すればほぼ丸腰のノラがあのゴブリン供に殺されるということになる。
それだったらまだ私が行った方がいいだろう、目の前で人が殺されるところなんて見たくないし私が怪我をしたりした方が全然マシだと思った。
シャーレイの「何かあれば必ず助ける」という言葉に背中を押され、覚悟を決めて囮役をすることに決めた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
あの時の私、どうして『じゃんけん』にしようと言わなかったのか。
彼が死ぬなら自分が死んだ方がいいみたいなかっこいいこと考えておきながら死ぬ直前で少し後悔しそうになっている、でもしょうがないじゃないか。
私は選ばれた勇者とかでも何でもないのだから、死ぬのは怖いし死の恐怖に打ち勝つ勇気なんてもの持っていない。
ゴブリンの振りかぶった棍棒に腕で頭を庇いながら反射的に目を瞑る。
――しかし、想定していた痛みが訪れることはなかった。
代わりに「グギャッ」というゴブリンの悲鳴と何かが風を切る音が聞こえて体が浮いた。
思わず目を開けると目の前にノラの顔とその後ろに雲一つ無い快晴が見える。
膝裏と背中にノラの腕があり、どうやら抱えられているようだ。
……お姫様抱っこ……だと……?
驚愕はするがトキメキはしなかった、そんな余裕はない。
首を横に向けるとさっき私に飛びかかろうとしていたゴブリンが倒れて絶命している。
その後ろにもかなりの数のゴブリンが倒れていてその全てに矢が刺さっていた。
撃ち漏らしはないようだ、宣言通り全部命中させている。
そこまで見てから今の自分の状況を振り返る。
普段は身長差からこんなに近くで顔を見るのは初めてだ、なんかすごく緊張する。
私が見ているからかも知れないが、ノラもこちらをじぃっと食い入るように見つめてくるのですごく気まずい。
「あー」
「……」
「ノラって……あれだね、力持ちだね」
「……」
「大丈夫? 重くない?」
「重い」
「はっ倒すぞ」
反射的に攻撃的なことを言ってしまったが言われた当人は全然気にしていないようでよかった。
でも女性に重いって言うのはどうかと思うぞ、別に軽いと言えって訳ではないんだけどね?
いや、多分デリカシーとか言っても分からないだろうなぁと考えつつ「降ろしてもらえる?」と言うが動こうとしない。
――重いって言ったのだから降ろせばいのに。
そんなことを思いつつ森とは反対、シャーレイがいた方を向くとこちらに走って向かってくるのが見えた。
かなり距離があったが、息一つ切らすことなく私の下まで来て「大丈夫か? 怪我はないか?」と心配をしてくれた。
転んだ時に足を少し擦りむいていたが、それ以外は大丈夫だったことを伝えると「あぁ、あの時は肝を冷やしたぞ」と言われた。
やっぱり見られていたか、すごく恥ずかしいです。
「忘れてください」と言うと「わかったわかった」と言ってしばらく笑っていた彼女だったがすぐに真剣な表情に切り替わる。
「ナナシ、決めるのは主人のお前だが……今日はもう今すぐにでも引き上げた方がいいと思う」
「森の様子がおかしいって言ってたよね」
シャーレイは頷く。
ノラは未だに私を地面に降ろそうとはせず、静かに森を見つめている。
逆光と前髪で表情が確認できない。
「気づいていたかもしれないが逃げていた時ゴブリンの数が増えていたんだ」
それには気がついていた。
正確には地面に転がっているゴブリンの亡骸を見て確信した。
どう考えても十体ではない、よく自分でも逃げ回っていられたなと感心する。
「最初、私が確認した数体以外のゴブリンは途中で森の中から出てきたんだ」
ゴブリンは森の中に住む魔物で、自分から森を出ることなんてまずない。
食用も豊富で地の利がある森から出ることにメリットがないのだ。
唯でさえ森の外側を
「森から出るメリットなんてないしね」と言うとシャーレイは「そうだな」と頷き「しかしこのゴブリン達……」とゴブリンの亡骸に視線を向ける。
「まるで何かから逃げているように――」
シャーレイがそこまで言ってから私の頭上でノラが森の方を向いたまま「来る」と呟いたのが聞こえた。
別に私に言ったわけではないだろうが聞こえたからには気になってしまうので「何が」と口を開いた瞬間。
地面が揺れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます