13 名無しは意味がわからない
目の前の彼の手を改めてよく見てみる。
服の袖から見える手首も同じように真っ黒になっていた。
これがノラの武器なのだろうか? いや、でもなんなのだこれは?
魔法かとも一瞬考えたがノラは自分から「魔法は使えない」と言っている。
かと言ってノラが嘘をついているという可能性は考え難い、ほら彼こんなだし。
悩んだ挙句、率直に本人に聞いてみることにした。
「これは何?」
「さぁ?」
ノラの気の抜けた返事に思わず昔のお笑い芸人みたいにその場でズッコケそうになった。
「さぁ」って……いや、もうよくわかんないナナシさんわかんないよ。
「これがある」と言ったってことは今の黒い手は間違いなく武器になるのだろうが当の本人が記憶喪失なのでどんな物なのかがわからない、ただ単に手が黒く変色しただけかもしれない。
ノラはなんでこれを武器だと言い張れたのかが謎だ。
本人に聞いてもわからないんだろうけど。
頭がこんがらがってきてしまい、思わず思考を投げ捨てそうになったが「とりあえずこれでも持たせておこう」と言ってシャーレイが三十センチ程の短剣を持ってきた。
「必要なかったらナナシが持っていればいい」
シャーレイのいう通り必要なければ私が持てばいいかと思いお会計を済ませて、一通り準備が整った私たちはギルドに向かうことにした。
ご飯を食べたら早速ゴブリン退治といこうじゃないか!
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
無事、ギルドに到着して酒場で遅めの朝ごはんを食べることにした。
エクレアに奴隷を購入したことを伝えると彼女はシャーレイを見て「ちょっ、エルフじゃないの!」と声を上げたが、シャーレイは素知らぬ顔で食事を続けている。
彼女の反応からやっぱり珍しいのかと疑問を口にすると「私も本物は初めて見た」と言って食事をするシャーレイをまじまじと見つめる。
「高かったんじゃないの?」
「いろいろあって安くなった。それでもまぁまぁ高かったけど」
そう言って無言で食事をとるノラに視線をやると私の視線に気がついたようで食事をする手は止めずにこちらを見つめてきた。
なかなか器用なやつだと感心した。
エクレアはノラを見るも特に興味が湧かなかったようで「じゃ、頑張って」とだけ言って他の客の注文を取りに行く。
その背中を見送ってから私も食事を再開する……そういえば昨日の彼らはどうなったのだろうか。
個人的には全然いなくても構わないので考えることをやめて食事を済ませ、私達はゴブリン退治に向かうことにした。
ゴブリン討伐はギルド内に数多くあり、その中でもこのメンツで比較的問題なさそうな上にこの町から距離が最も近い依頼を選んだ。
町の近くの森に出たゴブリンの討伐。
商業が盛んなこの町では頻繁に出される依頼の一つで、配達の道中に荷物を狙ってくるのでレボルトさん達商人の間では悪名高く厄介な魔物なのだそうだ。
この依頼をこなすことでお世話になったレボルトさんやその仲間の商人の役に立てると考えれば、雑草取りよりも俄然やる気が出てくる。
そして受付のマリンちゃんの笑顔に見送られ、私達は町を後にした。
事前にギルドで調べておいた情報をまとめて作戦を練ることにした。
ゴブリンは知性のある魔物であり、五人から多くて十人の群れで集団行動をしている。
戦闘力はそこまで高くはないが侮っては命取りになる、これはどの魔物にも言えたことだが要するに油断は禁物ってこと。
作戦を考えながら森に向かっているとシャーレイが短く「止まれ」と制止をかけてきた。
「え、何どうしたの」
「……ゴブリンの姿を確認した」
「えぇ!? マジで!?」
まだ森にたどり着いていない、どころかかなり距離があるのだが彼女には見えていると言うのか。
私も確認しようとするが――ダメだわ、全然見えない。
「エルフ族パネェ」と思わず誰に言うでもなく呟くとなんと耳までいいのか、彼女には聞こえていたようで「ぱねぇとはなんだ」と聞かれたので「エルフ族ってすごいね」と今度は彼女に意味が伝わるように、聞こえるようにはっきりと感想を伝えると目を見開いてからこちらを見つめて誇らしげに「エルフ族だからな、この程度造作もない」と言って視線を森の方に移した。
うん、なんとなく彼女のことが理解できてきた気がする。
「でもどうしようか、ここから姿を確認できたとしてもこの距離じゃ何もできなくない?」
「――エルフ」
声がした方を向く。
シャーレイに声をかけたのは意外にもノラだった。
名前ではなく種族で呼ばれたことに不満を感じたのかシャーレイは不機嫌さを隠すことなくノラを睨みつける。
「シャーレイだ、人間」
意趣返しの意味を込めてか今度はシャーレイがノラを人間と呼ぶ。
そんな二人に挟まれて思わず冷や汗が流れる。
おいおい、こんなところで私を挟んで喧嘩をするのはやめてくれ結構辛い。
前にも言ったかもしれないが美人の怒り顔の迫力は尋常じゃないんだ。
睨みつけられたノラは特に悪びれた様子もなく「シャーレイ」と言われた通り今度は名前で呼びかける。
――さてはコイツ名前忘れてたな?
シャーレイも同じことを思ったのか諦めたようにため息をついて先を促す。
「ここから弓でゴブリンを狙えないのか」
「可能だが全部は無理だな。ゴブリンは五体から十体の群れで行動するらしい……しかし、姿を確認できたのは二体だけだ」
詳しく聞くと、森の外側を群れがウロウロしているようなのだ。
普段なら森のもっと奥に生息するはずの彼らがなんでわざわざ人目に付く森の外側にいるのだろうか?
確認できた二体以外の何体かは丁度木の影になっていて姿を確認できないとのことだ。
「私が全てここから仕留められれば良かったのだがな。的が見えれば外すことはないが、見えなければ難しいな」
見えれば外すことはないとか何気にすごいことを言っている。
それだけ弓に自信があると言うことなんだろう。
個人的にも森に入るとゴブリンの方が有利なのでここから倒せるならそれに越したことはない。
少し悔しそうにするシャーレイにノラは「当たるならそれでいい」と言った。
「……どゆこと?」
全くノラの考えが理解できないので、思わず彼を見上げて尋ねると彼もまた私を見下ろす。
「ゴブリンは人間の肉を捕食することがある」
「へぇ、そうなんだ」
「
「ちょっと何を言ってるのかわかんない」
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