11 名無しはコミュニケーションをとる
奴隷の首輪。
特殊な魔法の道具、通称『魔道具』と呼ばれる代物である。
奴隷の主人が奴隷の首輪に魔力を流す、これを『契約』と呼び、その契約をした首輪を装着したものは魔力の持ち主には逆らえないと言う摩訶不思議な仕組みらしい。
店主に渡された契約書に名前を書いてから、渡された二つの首輪に魔力を流す。
普段マナタイトを使用しているせいか、爆発したりしないか少し不安になったがそんなことはなく店主の手により二人は首輪を付けられた。
……それにしても契約ときた。
随分と一方的な契約があったもんだな、と首輪をつけられた二人を見て思った。
店を出てからそのまま宿に戻り、ひとまずベッドに二人を座らせる。
本当は薄汚れた服を着ている二人にちゃんとしたものを着せてあげたいが、周りもすっかり夜だし二人の服やら武器やらは明日見に行くことにしよう。
今までは一人で広いと思っていたこの部屋だが三人もいるとやはり違ってくる、狭いのではなく人がいて安心する……反面緊張もするのだが決して嫌な緊張ではない。
とりあえずこの二人と何かしらのコミュニケーションをとりたいので無難に自己紹介をすることにした。
「えー、ナナシです。お、お二人の名前を
緊張しながらそう言うとエルフの女性は数回瞬きをすると、私を見てフッと微笑み「私達はお前に買われた身だ。奴隷に敬語を使う必要はない」と言ってから「シャーレイだ」と名前を教えてくれた。
あれ、思ったよりも普通に会話ができている。人間が相手だから警戒していたんだろうか?
わからなくも無い、というか当然のことだろう。
シャーレイがどういった経緯で奴隷になったのか詳しいことは分からないが、自分を奴隷にした種族と同じ種族の生き物が飼い主になったらそりゃ警戒もするだろう。
彼女達の飼い主になったからには責任を持たなくては。
少なくとも不幸な目には会わせたくない。
そこまで考えてから私は例の真っ白な彼の方を見る。
店主が気味が悪いと言っていた彼だが今の所、『動かない』という情報以外何も分からない。
精巧な陶器人形のように綺麗な顔をしている彼からは、本当に人形なんじゃないかと思うくらい文字通り人間味を感じない。
店主が気味悪がっていた理由はこれか。先ほどからこちらを見てはいるがぼんやりとしていて動作も辛うじて瞬きをするだけだ。
これならまだハシビロコウの方が動いているんじゃないか、などと思っているとシャーレイが気をきかせてくれたのか「おい、お前の番だぞ。名前は?」と代わりに訪ねてくれる。
それからシャーレイの方を向いてから私を見てゆっくりと口を開く。
「名前」
「うん、名前教えて?」
「覚えてない」
――なんと、名前がわからないそうだ。もしやガチの記憶喪失者か?
まさかの返答にシャーレイも驚いているようで「記憶喪失なのか?」と代わりに彼に尋ねる。
記憶喪失という単語がいまいち理解できなかったのか首を傾げる彼に「何も覚えてないの?」と意味を噛み砕いて私が尋ねるとコクリと頷く。
記憶喪失(偽)の私の元にまさか本物の記憶喪失者が来るなんて思いもしなかった。
これアレじゃない?
本物と偽る奴のところに本物が来ちゃって成敗される奴じゃない?
なんかドラマでそういうの見たことあるよ!?
予想外の事態にどうしようかと考える私にシャーレイが「じゃあ、『ノラ』でいいんじゃないか?」と言ってくる。
「え、ごめん、何が?」
「
「それってもしかして彼の名前?」
「わかった」
「いや、わかっちゃダメだろ」
わかっちゃダメだろ。
犬猫のようなペットに名前をつけるノリでいいのか、いや犬猫の方がもっと考えた名前つけられてるぞ、多分。
そして意味が地味に酷い。野良犬みたいって言われたんだぞ良いのかそれで。
本人に本当に良いのかと尋ねるが、本人が問題ないと言うのでこちらから強く言うことができない。
それにシャーレイも心なしか満足そうに見える。
つけた本人もつけられた側も合意の上のようなので私は深く考えるのをやめた。
じゃあとりあえず自己紹介も終わったので一先ず今日は寝よう、とシャーレイには私が使っていない方のベッドを使うように言う。
ノラには悪いがソファで寝てもらうことにした。
さすがに女性と男性を同じベッドに寝かせるのはどうかと思った上での配慮である。
部屋の電気を消してから私も布団に潜り込み、ベッドのサイドランプに手をかけ
る。
「じゃあ、おやすみ」と言うと「あぁ……おやすみ」と返事が返ってきた。
ここでの一人暮らしが長かったので寝る前の挨拶というのをする機会がめっきり減ってしまっていた私にとっては新鮮で懐かしいことだったのでなんだか嬉しかった。
明日が来るのが楽しみになるなんて、久しぶりだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
現在、早朝。
まだ薄暗いが、遠足前日の小学生みたいに目が冴えてしまい眠れなかった。
隣のベッドを見るがシャーレイはまだ眠っているようだ。
すっかり目が冴えてしまって二度寝できそうもないので彼女を起こさないように注意してベッドから降りる。
それから昨日はお風呂に入っていなかったので顔を洗うついでにお風呂にも入ってしまおう。
二人が起きた後は、朝ごはんの食べてから二人の服も見に行かないといけないなぁ……と頭の中で今日の予定を立てていると、急に腕が後ろに引っ張られた。
そのまま後ろに倒れそうになるが背中が何かにぶつかり、思わず声を出しそうになったが口を覆われて
パニックになりながらも反射的に口元に手を持っていってから……正体がわかった。
見た目通り冷たい手、シャーレイはまだ眠っているので犯人は一人しかいない。後ろから抱きしめるような形で私を拘束していたのは他でもないノラだった。
彼の眠っているソファの前を通った時、眠っていたと思ったがどうやら起きていたようだ。
もしくは、私が起こしてしまったという可能性もあるが。
音も立てず気配も感じさせずに背後を取るなんて……味方でよかった、不審者とかだったらあっさり殺されていただろう。
――単に私が一般人の素人だから気づかなかった可能性もあるけど。
口元にある手をペチペチと叩くと、意思が伝わったのか手をどけてくれた。
振り向くと犯人は案の定ノラだった。
彼は相変わらずどこかぼんやりした様子で私に「どこに行くの」と小声で尋ねて来た。
合点がいった、先ほど口を塞がれたのはまだ眠っている彼女を気遣ってのことだったのか……なんとまぁ不器用なやり方にため息をつきそうになるがそこは飲み込んでおく。
実際、あそこで大声を出したらシャーレイも起きてしまうだろうしそれは良くない。
私は小声で「お風呂に入って来るね」と言うと彼はまた無言て小さく頷く。
言葉にせずとも律儀に返事をする何を考えているか分からない彼がなんだかとても可愛く見えてしまった朝だった。
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