10 名無しは奴隷に戸惑う
「ごめん聞こえなかった、もう一回言って」
「奴隷を買いに行きなさい」
ちょっと目の前の友人が何を言っているのか理解できなくて再度聞き直すが結果は同じでした。
奴隷、奴隷だと? 友人が人身売買を勧めてきたよどうしよう。
奴隷ってあれでしょ、鎖で繋がれててタチの悪い貴族とかから暴力を振るわれたり生き物としての尊厳を無視した行いを強要させられる人権侵害制度のことですよね?
少なくとも私はそう認識している。
いくらこの世界がファンタジーな世界だからとしても私は今まで奴隷という存在を見たことがない。そもそも本当に存在するの?
「奴隷って存在するの?」
「はぁ? 何言ってんのよ。ほら、あの子見なさいよ」
思ったことをそのまま口に出すとエクレアに呆れられる。それから見ろと指さされた方を向くとそこにはエクレアと同じようにこの酒場のウェイターの女性がいて笑顔で接客をしていた。
頭部から猫のような耳が生えている彼女は『
それでも初めての彼女を見た時は目玉が飛び出るかと思った。
彼女がどうしたというのか。
「――あの子、奴隷よ」
「ダウト」
「本当よ! 嘘言ってどうするのよ!」
軽くお盆で頭を叩かれる。
彼女はギルドマスターの奴隷なのだそうだ。
いや嘘でしょ、だってめっちゃ笑顔じゃないですか! 生き生き働いてますよ少なくとも今の私よりは!
そう言って
叩かれたところをさすりながらよく目を凝らして見てみると、彼女の首には黒いチョーカーのようなものがつけられていた。
エクレアはあれが奴隷の『首輪』なのだと私に説明をしてくれた。
彼女は確かにギルドマスターの奴隷だが、自分たちのようなウェイターと同じように労働に見合った報酬をギルドマスターからもらっている自分たちとは変わらない普通の従業員なのだと。
奴隷と言ってもその待遇は様々ってことか。
もっとひどい扱いを受けるものだと思っていたことをエクレアに伝えると彼女は困ったような表情で「そりゃひどく扱う人も存在するわよ」と言う。
「奴隷の待遇は買われた主人によって変わってくるから……でもね」
そこまで言ってエクレアは私を見て微笑んだ。
「ナナシはそんなことしないって分かってるから、奴隷を買うことを勧めたのよ」
じゃなきゃこんなこと言わないわ、と言った彼女の目には私に対する確かな信頼が感じ取られ『多くの友人より一人の親友』という言葉が脳裏をよぎった。
エクレア……と感極まる私を無視して「じゃ、早速行ってらっしゃい」と四つ折りにされた紙を押し付けると彼女は仕事に戻って行った。
渡された紙を開く。
紙には地図が
ここから少し遠いが複雑な道筋でもないので大丈夫だろう。
私はグラスの中身を一気飲みしてお会計をしてから奴隷商に向かった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
なんとか目的地にたどり着くことができた。本当にエクレア様様である。
外観は普通の家と変わらない少し古ぼけた木造建築の建物だった。
あまりにも普通な外観なので本当にこの建物であっているのかという不安と、どうしても奴隷に対してのマイナスな考え方を払拭できない私は緊張しつつも木でできた古いドアをゆっくり開けて中に入る。
中は殺風景でカウンターの後ろに扉が一つあるだけだった。
カウンター越しに店主らしき男性は本当に普通の、どこにでもいるような普通の男性だった。
そしてその男性と話していたのは――レボルトさんだった。
今まで散々お世話になった恩人の姿に声も出せずに驚いていると店主の男性が私の姿に気づいて「いらっしゃいませ」と言い、レボルトさんが「ナナシ? こんなとこで何してんだ」と目を丸くして訪ねてきた。
見知った人物との奇跡的な再開によって気が緩んだ私はレボルトさんの側に行き、今までの近況報告を含めギルドで青髪不良バランに馬鹿にされたこと、エクレアに勧められてここに来たことを説明した。
最後まで聞いたレボルトさんは「あー……なるほどな、お前だったのか」と納得したように頷く。
同じように黙って聞いていた店主も頷きながら笑っている。
……?
二人が何に納得しているのかが分からない。
「さっき俺の店の常連客のバランがな、『石を武器にした馬鹿げた女がいる』って話をしてたんだよ」
「へぇー、そうなんですかぁ」
――あの野郎、絶対許さねぇ! 何ギルド外でも言いふらしてんだ!!!
あいつの言うことにも一理あるしな、とか思ってたけど気が変わったわ!!
絶対タダじゃおかねぇ……タンスの角に小指ぶつけて複雑骨折しろ!!!
自分の中の復讐心に火をつけていると「それで、ナナシは奴隷を買いに来たんだろ?」とレボルトさんに言われてここに来た当初の目的を思い出した。
危ない、我を忘れるところだった。
店主は「では先ほどのお話の様子では、戦える者をご所望で?」と聞いてくる。
「お願いします」と言うと男性は少し考えてからカウンターの後ろの扉に入っていく。
そしてすぐに手枷をつけた奴隷を数人連れて戻って来た。
獣人の男性が二人、背が高く耳の長い女性が一人……エルフだろうか?
「エルフか、珍しいな」とレボルトさんが隣で言うのが聞こえて来た。
どうやらエルフで正解だったようだ。
腰までの長い金髪に緑色の綺麗な目をしていてスラッとしたモデル体型で、背も高い。
物珍しさから見ていると店主は私がこのエルフを気に入ったと思ったのか説明をし始めた。
「エルフ族は弓の名手で、魔力も高いのでサポートに向いています。しかし、接近戦もある程度可能ですのでオススメですよ」
レボルトさんの方を見れば「こいつでいいんじゃねぇか?」と言われる。
自分に奴隷を見る才能はないのでここは信頼する商人レボルトさんの目を宛にすることにした。
「この人お願いします」
「はい、三万七千リベルになります」
思わず「エッ」と声を出す。
高い、高いよ。
奴隷の相場はわからないけど――高くない?
いや、そもそも人に値段をつけている時点で高いとか言っちゃいけないんだろうけど……どうしても自分の手持ちを見ては高いと考えてしまう。
絶句している私に苦笑いして店主には珍しい種族だから普通よりも値段が高いのだということを説明され、レボルトさんには「やめとくか?」と心配された……が、一度買うと決めたので意地で買う。絶対だ。
モンスターと戦う際は私とエルフの女性は基本的にサポート・後方支援ということになる。
いくら彼女が接近戦をできたとしてもどうしても不安を拭えない私は、もう一人必要だと考えた。
残金を確認する、残り三千リベルしかない。
「あの、三千リベルで買える方はいませんか?」
ほとんど賭けに近い質問をする私に「それはちょっと難しいんじゃねーか?」と言ってくるレボルトさん。
あ、やっぱり無理ですよね……と思っていたが店主は少し考える素振りを見せた後、何か思い出したのか「少々お待ちを!」と言ってまた扉の奥に消えて行く。
それから一人の奴隷を連れて来た。
色白な肌に白い髪。男性にしては細身でエルフの女性よりも背が高い、私が彼の前に立つと自然と見上げる形になる……多分百八十位あるな。
全体的にパッと見『
この人戦えるのだろうか?
一応値段を聞くと「彼を引き取ってもらえるならエルフの女性の値段もいくらか安くする」と言われて逆に驚くとレボルトさんも同じ反応だった。
店主が「気味悪がって買い手がつかなくて困っていた」と言うので少しでもお金が惜しい私は特に考えることもせず、この人を引き取ることにした。
お金を店主に渡してからもう一度連れてこられた白い彼を見る。
虚空を見つめる彼は、終始無表情だった。
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