最初の街『コルネリア』
6 名無しは身分証明書を発行する
村を出てから三日。
レボルトさんに声をかけられ、馬車の荷台から顔を出すとそこには城壁に囲まれた町があった。
「おおー! なんか『街』って感じですね!」
「どんな感想だよそれ!」
レボルトさんが笑いながら言う。
村から街までの短い移動の間に私とレボルトさんはかなり打ち解けることができた。
道中、初めて村を出る『箱入り娘』状態だった私に何かと気を使ってくれるだけでなく旅での注意事項や今まで行ったことのある他の街のことや彼がギルドでパーティーを組んでいた頃の武勇伝などを話してくれた。
どれもこれも少し前までは絵本の中でしか起こらないようなことだったのだが、レボルトさんが魔物を倒したり時には任務に失敗して仲間達と朝までヤケ酒をした話などは実際彼が体験したフィクションではなくリアルな訳で、話を聞いている私にとっては物語の主人公から直々にエピソードを語ってもらうと言う贅沢な時間を過ごさせてもらった。
城壁に囲まれた街、名前を『コルネリア』といい治安も良く町周辺の魔物も比較的弱いものが多いそうだ。
『ギルド』も勿論あるのでこの街で冒険者デビューをする人も多くレボルトさんもこの町でギルドに入り、パーティーを組んで世界中を冒険したらしい。
門をくぐると話に聞いていた通り街の通りには様々な店が並び、道ゆく人みんな笑顔で幸せそうだっだ。
「そういえば、お前これからどうするんだ?」
荷台で馬車を降りる支度をしているとレボルトさんが声をかけてきた。
その辺も一応考えてはいるのだ、ざっくりとだけど。
「しばらくはここを拠点にしたいので……まずは仕事と宿探しですかね」
「それならギルド登録だな。仕事は見つかるだろうしギルド周辺は安い宿が多い」
私は荷物をまとめる手を止める。
確かにその通りだ……正直ギルドに自分が登録すると言う考えはなかった。
いや、と言うかなんであれだけレボルトさんの武勇伝を聞いておきながらその考えに至らなかったのか、正直この先不安になってきたぞ。
しっかりするんだナナシ!
もうこの世界では身一つで成り上がっていくしかないんだぞ!!
頬を叩いて気合を入れる私を見て不安になったのか「まぁなんかあったら俺のとこに来い、アドバイスぐらいはしてやる」と苦笑いで言われた。
本当にすいません、多分近々会いに来るかもしれないです。
目の前には
レボルトさんの言っていたギルドだろう、屋根のところにこちらの世界の言葉でそう書いてあるし。
ここに来る道中、鎧を身にまとった戦士っぽい人に魔法使いっぽい人さらにはやたらと露出度の高い服を着た人(恐らく盗賊だと思われる)とすれ違った。
そんな中よくよく考えて見たら私の格好は変に目立つのではないだろうか?
いや、今はそんな事よりさっさとギルドに登録して宿を取ることにしようと気持ちを切り替えて建物の中に足を踏み入れる。
日が傾いてきているし、急がなければ。
中に入るとやはりと言うか中は広く、人も大勢いた。
テーブルに座って談笑する人に酒を飲む人、壁に貼られたクエストの紙を見る人に……受付嬢をナンパしているような人もいる。
酒場も併用しているようだし溜まり場になるのは必然かと考えていると、近くにいた数人が私に視線を向ける。
普段見慣れない人間である私に視線が集まるのはごく普通のことなのだがやはり落ち着かず、私は足早に壁側に並んでいた受付窓口の一つに向かうことにした。
受付にはメイド服のような制服を身にまとった水色の髪をした美少女がいた。
毎度思うのだがこの世界って比較的顔が綺麗な人とか多くないだろうか?
サーシャも美人だったし、何もこの子が受付嬢だからと言う訳ではないだろう。
これも異世界特有なの? 顔面偏差値高めなのかこの世界?
やだ、ナナシさんちょっと鬱になりそうなんですけど……。
そんな事を悶々と考えていると目の前の美少女は私が緊張していると思ったのか優しく微笑む。
「こんにちは。そんなに緊張しないでください、本日はいかがされましたか?」
その声にハッとして、美少女の笑顔に逆に更に緊張してしまった私はしどろもどろになりつつ用件を言う。
「あ、あの、ギルド登録を……」
「登録ですね。ではギルドカードを発行いたしますのでこちらの紙にお名前・御年齢・性別をご記入ください」
渡された紙に名前と年齢と性別を書く。
それを渡すと「ナナシ様ですね、少々お待ちください」と言って彼女は奥に消えた。
名前と年齢しか記入してないんだけどこれでいいのだろうか、ギルド登録って簡単だな。
しばらくして戻ってきた彼女にギルドカードを手渡され説明を受ける。
元の世界での学生証や免許証と同じで身分証明にもなると同時に、持ち主の個人情報だけでなく倒した魔物の情報も載るそうだ。
更にはギルドカードは実績に応じてランク分けされていて下から銅・銀・金・黒の順に階級が上がり受けることのできる依頼のレベルも上がっていくらしい。
階級を上げるにはモンスターを倒すといった実績が必要になってくる。
私のカードは銅、一番低いランクだ。
「ここまでは大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「それでは登録は以上になります、良き冒険者ライフをお過ごしください」
最後に安い宿の場所を聞いてから彼女の笑顔に見送られてギルドを後にする。
とりあえず登録はできた、気がついたら一面綺麗なオレンジ色ですっかり夕方だ。
さっさと宿をとって、明日から頑張ることにしよう。
教えてもらった宿は『赤い羽根の宿』、通称『アカバネの宿』と呼ばれていて部屋の数も多い初心者
ここからすぐ近く、来る途中で通り過ぎた建物だったので迷うことはなかった。
名前に恥じない赤い屋根が特徴的な建物だった。
なんとか部屋に空きがあることを祈って入ると、受付に立派な髭を蓄えた目元の優しそうなおじいさんがいた。
「おぉ、いらっしゃい」
「すいません、まだ部屋に空きはありますか?」
「あぁ、空いているよ」
泊まりたいと言うとギルドカードを見せてくれと言われたので渡すと、名前を手元の本に記帳してすぐに返してくれた。
名前の確認だけなら直接聞けばいいのにと思いながら、値段を聞くと一泊二百リベル出そうだ。
『リベル』と言うのはこの世界での通貨の単位である。
村でお金の計算の仕方を習っておいてよかった。
お金を払うと「二階の一番奥の部屋だよ」と言って部屋の鍵をくれた。
「鍵は出かける時に返却してくれればいいからね」
「ありがとうございます」
お礼を言って二階に上がる。
廊下の窓から月の光が差し込んでいる、いつの間にかすっかり夜だ。
明日に備えて早く寝たほうがよさそうだと思い、そのまま廊下を真っ直ぐ進む。
突き当たりの部屋……ここのことだろう。
鍵をさしてゆっくり捻るとカチャリと鍵の開いた音がする。
ドアを開けて中に入ると思わず声を上げそうになって慌てて口元を押さえた。
今は夜だし他の部屋の人に迷惑がかかってしまう、危ない危ない。
――いや、でもこれは驚いても仕方ない。
初心者冒険者御用達の安宿と聞いていたのでどんなボロ宿かと思ったが、中は綺麗でとても広く、ベッドが二つに小さな机が一つ更にソファーまである。
なんだか私が一人で使うのが申し訳ない……がここにきて一気に疲れが出たのか体が重くなり睡魔に襲われる。
カバンをソファに置くと私はベッドに横になり、そのまま睡魔に身を任せた。
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