真理子 1
人一人いなくても日々は過ぎていく。
真帆がこの世からいなくなっても時間は流れるし、人は笑いあうし、世界は回っていく。あの日を境に何か変わったことがあるとしたら、真帆が飛び降り自殺をしたことを伝えるニュースがTwitter上でどんどん拡散されていることくらいか。
『今日午前10時頃、〇〇市〇〇町の屋上から女性が落ちたという110番通報がありました。調べによると、この女性は鈴木真帆さん20歳と見られ、屋上には遺書のようなものが残されていたことから、警察は自殺とみて調べています。』
授業が終わり、のろのろと部室まで歩いていると後ろから「真理子20歳の誕生日おめでと!」と数人の部活仲間が駆け寄ってきた。
真帆がこの世からいなくなってちょうど一週間。
そうか、今日は私の誕生日だったんだ。
『真理ちゃーーん!お誕生日おめでとう!ついにお互い20代だね。素敵な一年になりますように!』
いつもみたいに、後ろから真帆が抱きついてきた気がした。
「ありがと」
涙は見せない。見せるのは乾いた笑顔だけ。
「あの人何してるんだろ」
仲間の一人が前方をじっと見つめて囁く。お互いの顔を見て喋りあってた私達の会話は止まり、一斉に前に視線をやる。
「何って、誰か待ってるんじゃないの?」
「うちのサークルに何の用?」
「あの人昨日も一昨日もいたよ」
「え、まじ?」
40代...いや、50代か。年齢不詳の女性が10mほど先にある部室の前に立っていた。
「てかあんたら声でかい。聞こえるでしょ」
真理子はじっとその女性を見つめる。
肩甲骨辺りまであるであろう髪の毛を、下の方できっちりとまとめている。近づくほど、黒髪に白髪がたくさんあることに気がつく。何してるんだろう。
女性と目が合う。会釈したようなしてないような感じで、下を向く。視線がおでこに当たり続ける。
なに?
女性と自分達の距離が残り5mになってから、一同は急に無言になり、彼女の横を通り過ぎる準備をする。
「真理子ちゃん?」
みんなが一斉に女性の方を向き、その後また一斉に真理子の方を向いた。
「......はい」
「やっぱり真理子ちゃんだ。やっと会えた。今から時間あるかな?少し話したいことがあるの」
「そ......」
それよりあなた誰ですか?
真理子の声をかき消して続ける。
「私、鈴木真帆の母です。鈴木杏と言います」
結局この日もサークルには顔を出さなかった。あの場にいたメンバーには先に行っててと告げたが、あの時すでに、今日もまたサークルに行かない事は分かっていた。そんなに簡単に済む話ではないだろう。
あの中にも、真帆の死を知らせたあのニュースをリツイートした人はいたはずなのに、名前を聞いても何の反応もなかった。
鈴木真帆?誰それ。
所詮そんなものか。自分の大学から自殺者が出た。そこにしか目がいかないものなのだ。その人自身にはなんの興味もない。
「急に来たりしてごめんなさい。真理子ちゃんにも用事があるのに」
「...いえ」
大学から徒歩5分の所にあるファミレスにやってきた。ある程度騒がしい方が話しやすい。一番奥の席に通され、真理子は壁側に腰をかける。
「真帆から、あなたが軽音サークルに入っているって事を聞いていたの。だから部室の前で待っていれば会えるかと思って」
「...なるほど」
「昨日も一昨日もあそこにいたの。だけど真理子ちゃんらしい人はいなくて...」
ウエイトレスが水の入ったコップを置きにくる。
「真帆がいなくなってからは、まだ一度も顔を出していません」
うつむく。少し間をあけて、そう、と呟くような声が聞こえた気がした。
俯く彼女をじっと見つめる。真帆から聞いていた母親と、今目の前にいる女性が一致しない。
普通のお母さんじゃん。
『あの人外面はいいんだよねー、私と同じで』
影のある笑みをみせた真帆。いつかの帰り道での会話を思い出す。母親の話をする時に見せる特徴的な笑顔だった。
「真帆のことが知りたいの」
顔を上げた彼女の目は、人前で涙を流さないように、涙袋をこれでもかっていうくらい拡張させていた。
「どうして真帆が死んでしまったのかを知りたいの」
こぼれる涙を見て、目をそらす。
「私は知りません。そんな......」
「お願い。なんでもいいの。なんでもいい。なにかに悩んでる様子とかなかったかな?あの子真理子ちゃんのこと大好きだったから、あなたには何か話してるんじゃないかと思って」
こんなにぼろぼろと泣く大人を目の前にしたことの無い真理子は、こういう時どうしたら良いのか全く分からない。
拭いても拭いても流れてくる涙を吹きながら、呼吸を整える。注文したコーヒーを一口すすり、なんとか落ち着こうとする。
「真帆は...真帆は大学でどんな風だった?」
「どんな風って言われても...」
「私の知らないあの子を知りたいの。お願い、なんでも良いから教えてください」
頭を下げる真帆の母親をみて、あぁ、真帆はきちんと愛されてたんだなって訳もなくそう思った。
そして訳もなく嫌悪感が襲ってきた。
この人は分かっていない。娘を愛し、守ろうとすればするほど、真帆の呼吸は確実に困難になっていた事を分かっていない。
「私は真帆が大好きでした」
真帆、良い?
「良いところも悪いところも全部含めて大好きでした」
私の知ってる真帆の事を話しても良いかな?
きっと許してくれるよね。
「真帆は......」
だってこれは真帆の、母親に対する復讐なんだから。
真実は残酷だ。
レール @a-nyan
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