第4話 決意
馬車は遠ざかり、やがて見えなくなった。
するとアライズは、レイトへ振り返り一発平手打ちをした。
辺りへ音が響く。レイトは呆然としていて何が起きたのか理解出来なかった。
「何故ですか……? 何故あなたは無傷なんですか……?」
レイトの胸ぐらを掴みながら吠えるように言う。声が震えていて怒りを制御出来ないといった様子だ。
「何故! 先生だけが傷ついて! あなたは無傷なんですか! 答えてください!!」
レイトは揺さぶられながら何も反論出来ずにいた。
確かにアライズも悔しい思いはあるのだろう。
だが、それ以上に悔しいのは自分だった。
「僕だって……僕だって……! 助けたかったんだよ! でも、でも! 動いてくれないんだ! 体が!!」
目の前にいながら何も出来ない。ただ傷ついていく姿を見ているだけ。
それが今までのどんな事より悔しい。
「だからあなたは臆病者なんですよ! いつまでたっても!!」
「僕だって直したいんだよ! 立ち向かいたいんだよ!!」
二人は次第に熱くなり、ついには殴り掛かってしまうほどの勢いになってしまい、村人に止められた。
レイトはそれから時間が経っても悔しさやら怒りやらの感情を処理出来ずにいた。
その足先は自然と村の外へと向いていた。
まるで助けを求めるように。藁にもしがみつくような思いで、森へと向かう。
そこにはいつもと変わらない姿でトラストが佇んでいた。
その白い毛はいつ見ても美しく見とれてしまう。
近付いていくと音に気づきこちらを向く。一瞬警戒していたが、顔を認識したのか嬉しそうに駆け寄ってくる。
通常であればそこから飛び掛ってくるのだが、トラストはその手前で止まった。
「どうしたの?」
まるでそう聞こえてくるようだった。
レイトの異変を感じたのか首を傾げ小さく鳴く。
「僕……どうすればいいんだろ……」
気付けばトラストに今日の出来事を話していた。悔しさに溺れそうになりながら。吐き出すように。
トラストは黙って聞いてくれていた。本当は聞いていたのか、それ以前に言葉が分かるのかも分からないが、そんな気がした。
全て吐き出すとすっきりしたのか頭の中は整理されていた。
どうすればいいのか。
その答えは意外にもあっさりと頭に浮かぶ。
そう、簡単な事だ。
元々の原因は自分が臆病で弱かったからなのだ。
ならば、克服すればいい。
強くなれば、臆病は消えるかもしれない。
こんなに悔しい思いもしなくていいのかもしれない。
そして。
誰も傷つけさせなくて済むのかもしれない。
そう考えが至った途端、まるで体の奥深くまで刺さっていた棘が、ようやく抜けたかのように、清々しい気分に満たされる。
もしかすると自分はずっとこの答えを探していたのかもしれない。
今まで暗闇を歩いていた場所に光が指し、そこに道が見えた気がした。
「トラスト……ありがとう……!」
思い切り抱きしめる。
勝手に話し始めて、勝手に解決して、抱きしめてくる。
トラストからすると意味が分からない行動で恐らく困惑するだろう。
それでも抱きしめてもらった事が嬉しかったのか、一つだけ鳴き声を零した。
リスアは一命を取り留めた。
ラピトリからそう聞き、そっと胸をなで下ろす。
素早い処置が功を奏したようでラピトリに頭を下げ、感謝する。
「当然の事をしたまでじゃよ」
と言い、続けて明日お見舞いに行ってこいと言ってくれた。
どうやら明日にはもう落ち着くようで話も出来るとのことだ。
そして翌日──
「失礼します」
緊張しながら病室をノックし、声を上げる。
「はい、どうぞー」
中からほんわかとした癒されるような声が聞こえると扉を開けた。
視界の先にはリスアがいて、こちらに気づくと笑顔を見せてくれた。
「ごめんなさい!」
レイトはリスアへの申し訳ない気持ちを抑えきれず、勢い良く頭を下げる。
「え、ちょっと、レイト君? 何で謝るの?」
困惑しながら必死に頭を上げさせようと、腕を振るが届かず空を切るだけになる。
「と、取り敢えず座って?」
頭を上げたレイトに向けて椅子を示し座るよう促す。
「……はい」
まだ物足りなかったのか一瞬迷ったようではあったが、大人しく席に着く。
「私の方こそ……ごめんなさい」
そして、今度はリスアが頭を下げる。
「な、何で先生が頭を下げるんですか! 何も悪い事してないじゃないですか!」
「そう? じゃあレイト君は何か悪い事した?」
リスアがそう返すと、レイトはゆっくりと項垂れ拳を握りしめる。
「僕は……何も出来ませんでした……もしあの時、一歩を踏み出せていたなら先生はここまでにはならなかったかもしれないのに……それがたまらなく悔しいんです……」
よっぽど悔しいのか血が出てしまうのではないかというほど拳を握り締めていた。
リスアはその拳にそっと手を添え、
「レイト君は優しいんだね……」
と暖かい言葉を掛ける。
「先生……一つ質問してもいいですか?」
「え?うん、良いよ?」
「先生は何故僕を……僕なんかを助けたんですか……?」
レイトはずっと気になっていた事を正直に口に出す。
何故、先生は自分の事を身を呈して守ってくれたのか。
それだけが疑問だった。
「僕なんか、なんて言わないで?」
レイトの言葉を否定してから、更に続ける。
「そうね……そんなの簡単な事だよ? だって……レイト君は私の生徒だから」
瞬間、レイトには貫いた様な電流がびりびりと走った。
先生だって仕事の筈だ。なのに、この人は命を懸けて守れるのか?
少なくとも自分には出来そうもなく、それはどんな気持ちなんだろう……と素直に気になる。
「だからあんまり自分の事を責めないでね……?」
そうしてあの日のように頭を撫でようと、手を伸ばしたその時だった。
「先生」
レイトの言葉が遮る。その目には今まで何も付いていなかった蝋燭に炎が灯ったような。何かを決心したように見える。
「僕……あれから考えたんです……どうすれば良かったのか……そうしたら答えは簡単な事だったんです」
レイトはリスアを見据えながらまるで誓うように。
「僕が強くなればいいんです」
今までに無い程、力強く言い放った。
「まぁ……簡単な事では無いでしょうけど」
その後にそう付け足す。レイト君らしい
な、と心で呟く。
「そう……」
リスアはレイトの清々しい表情を見ると嬉しくなったが、同時に不安な気持ちも出てくる。
それで挫折したら彼はかなりの傷を負うのではないか。
心配してレイトの顔を一瞥する。
でもそこにはやはり一点の曇りなくこちらを見つめてくるレイトがいて、リスアはその瞳を信じるしか無かった。
「うん、レイト君なら大丈夫だよ、きっと出来る」
根拠は無く、もしかしたら指導者として無責任な言葉なのかもしれない。
それでも今自分に送れる言葉はそう多くはない、ならばただ一言伝えよう。
「頑張って」
精一杯のリスアのエール。
それはどんなにいい言葉よりも、どんなに良い歌よりも。
レイトの心には間違いなく一番に響いていた。
翌日──
レイトが教室へ入ると非難の嵐が吹き荒れた。
何も動けなかった事がクラスの皆にバレてしまったようで、入るやいなや言葉が飛び交う。
教室の中にはアライズもいたが、あの人は目立つのが嫌なのか、皆がいる所ではあまり言ったりはしない。
だが、皆の反応は予想していたので心を強く持ち教卓の前へと立つ。
「皆、ごめんなさい! 僕のせいで、先生を傷付けて!」
深く礼をして謝罪する。それでクラスの大多数の人は静かにはなったが、いつもレイトを虐めていたクラスメイトが未だ言葉をぶつけてくる。
「そして、皆にお願いがあります! ……どうか聞いてください」
そうするとようやく全員が静まり返り次の言葉を待った。
レイトは今一度自分を鼓舞しながら、クラス全員を見て言い放つ。
「皆も知っている通り、僕は弱くて、臆病だ。でももうそんなの……嫌なんだ、もう何も出来ない自分は……嫌だ……だから! 皆! どうか僕が強くなれるように修行をつけて下さい! お願いします!!」
本心をぶつけるように精一杯言葉を紡ぎ、勢い良く頭を下げる。
これで少しでも伝わっただろうか。
「ふざけんなよ!」
「今更何言ってやがる!」
「先生を返してよ!」
だがそんな希望を打ち砕いていく言葉が次々に耳へと突き刺さる。
やはり、駄目なのだろうか。クラスの皆が言う通り、確かに今更なのだろうか。
もっと早くに気づけていればこんな事にはならなかった。先生を傷付けることも、もしかすると無かったかもしれない。
そんな自分に誰も協力などしてはくれない。そうなっては仕方ない。ならば自分で強くなるしかない。またあの二人組は確実に襲ってくるのだから。
そして教室を去ろう、とした時。
「私は協力します」
ひとつの凛とした声が騒がしい中でも確かに聞こえた。
この声は聞き覚えがある。つい最近、この声に打ちひしがれた記憶が。
そこに皆の視線が向いていた。レイトもまさか、と驚愕しながらそちらへ向ける。
「アライズ……さん……?」
そこには手を挙げ、こちらを見るアライズの姿。
何故? どうして? あれだけ言っていたのに? 協力する? え? え!?
レイトの頭の中は一昨日の出来事と、今起きている事が混ざり混乱していく。
有り得るわけがないのだ。あれだけ言っていたし、本人も自分の事は嫌いだろうし。
でも今起きている事は紛れも無い現実でその証拠に、心臓はうるさいくらいに鼓動を早めている。
「アライズ!? お前レイトの事嫌いじゃなかったのかよ!」
誰かがそう聞くがアライズはあくまでも表情は変えない。
「えぇ確かに嫌いでした。」
あっさりと言ったアライズに対し思わず転けそうになる。やはり嫌われていたのか。
でも、とアライズは続ける。
「それは臆病だった時のレイト君が、です。今のレイト君はもう臆病ではない。」
「そんなの分かんねぇじゃねぇか!」
クラスメイトが強く反論する。そう思われても仕方ないだろう。むしろ大体はそうなのだろう。
「そんなの……目を見れば分かります。もうレイト君は覚悟を、決心をしたと思います。だから、私は協力する。」
アライズは淡々と言葉を並べているが、それはレイトにとってとてつもなく嬉しいものばかりだ。
まさか、この人がこんな事を言ってくれるとは……協力してくれるとは夢にも思わなかった。
「わ……私も協力する!」
「じゃ……じゃあ俺も……してやるよ」
アライズが挙げてくれたのを皮切りにクラスの殆どが手を挙げ、協力する、と言ってくれる。
「皆……」
思わず涙が頬を伝う。最悪1人で修行する事も覚悟していたので、この状況が信じられない。
だが、後の数名だけは最後まで手を挙げなかった。
その数名はレイトを虐めていたクラスメイトだったのでレイトは、しょうがないか、と切り替える。
何はともあれ、沢山のクラスメイトの協力が得られる事になったのだ。これ程嬉しい事は無いだろう。
修行は明日の放課後から始める事になっている。
レイトは皆とよろしく、と握手をしながら、昨日の先生の言葉を思い出す。
「頑張って」
その言葉が頭の中で響く度に、レイトは決意をより強固にした。
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