第3話 絶望


「えっ……?」


 突如、耳に飛び込んできた衝撃音に驚き振り向く。


「うわぁああああああ!!」


 衝撃音と共に悲鳴が聞こえてきて、心臓の鼓動が爆発的に早くなる。

 恐らく誰かが能力を使い暴れている。


 村人があそこまでの規模の能力をいきなり使うわけはなく、別の所から来た人間だと考えるのが自然だった。


 でも、いったい誰が、何の為に……?


「レイト君はここで待ってて! 良い? そこから動かないでね!」


 リスアはレイトにそう告げ、土埃が上がっている方向へ突っ走った。

 レイトはそこから一歩も動くどころか、恐怖心に包まれ思わずその場に座り込んだ。


 そうして耳を塞ぎ、目を閉じる。


 こうすると今、起きている問題と自分が遮断されている状態になり、一時的な現実逃避が出来た。

 レイトはそうしなければ恐怖によるパニックを抑えることが出来なかったのだ。


 しばらく屈んでいると、遮った手を貫いて再び衝撃音が耳に届く。

 先程向かってしまったリスアの顔が脳裏を過ぎり、急激に不安になる。


 自分は何故、先生のように勇気を持って立ち向かえないのだろうか。


 そう自分に尋ねた時、ふと昨日の出来事を思い出した。

 アライズに言われた「臆病者……」という言葉が頭の中で反響する。


 そして、自分に問いかける。



 このままで、良いのだろうか。



 だがその答えはとっくに頭には浮かんでいた。


 今までもそうだ。


 答えは知っていたのに、そこから目を背けていた。


 本当はずっと立ち向かいたかった。


 レイトは耳から手を離し、目を開く。


「先生……! 今行きます!」


 そしてレイトは久しぶりに、本当に久しぶりに自身の持つ「速度強化」の能力を使った。





 そこには凄惨な光景が広がっていた。

 周囲の地面が抉れており、それが能力によるものだと推測出来る。


「せ、先生……!」


 目の前には二人組の男とリスアが戦っていた。

 どちらも腕に血が流れており、熾烈な戦いである事を窺わせた。

 ­何これ……!? こんなに怖いの……?

 レイトは戦闘の予想以上の激しさに驚き、莫大な恐怖を覚えた。

 と、その時。


「いたぞ、 プルーフ。奴がレイトだ」


 二人組の体格が良い大男、グロウがそう声を上げる。

 レイトは自分の名前が何故知られているのかと疑問に思ったが、そんなものはすぐに襲い掛かってきた恐怖で打ち消された。


「そうかてめぇえかぁあアアアアハハハハハハ!!」


 プルーフは奇声を発しながらレイトへと襲い掛かる。

 レイトは恐怖のあまり、体が硬直してしまい立ち向かうどころか、その場から逃げることすら出来なかった。

 プルーフが片手をこちらへ向けると、そこから闇が射出され、視界が闇で埋め尽くされる。


 決して巨大なものでは無いが、レイト1人には十分なものだ。


「レイト君!」


 もう駄目だ、と覚悟を決めた時、リスアの声と共に、炎が闇を包み込み消し去っていく。

 リスアは続けてプルーフに攻撃を放ち吹き飛ばした。


 だが、今度はグロウがレイトに向けて突進をする。

 その手には白いナイフが握られていて、再び危険信号が鳴り響く。

 それに気付いたリスアは能力を放とうとして手をかざすが、そこからは何も発射されなかった。


 理由は簡単だ。能力のエネルギーが枯渇してしまったのだ。

 全ての能力にはエネルギーが存在しそれを元に生み出している。

 枯渇しても一定時間が経てば回復し、再び使えるようになるがその時間は今は無かった。


 リスアは歩を進めようとするが、体力が底を尽き、まるで地面と足がくっついてしまったかのように動いてくれない。


 今だけでいい。今だけでいいから……動いて……動いて……!動け!!



「ああぁぁあああああああああああああああああああああ!!」



 喉が張り裂けんばかりの声を上げ、無理矢理足を動かし、レイトの前へと飛び出た。

 そこへグロウが持っているナイフの刃が容赦なく突き刺さる。

 腹部が熱せられたように熱くなり血が流れて地面へと滴る。


「邪魔だ」


 グロウに顔面を殴られ、抵抗できずに叩きつけられた。


「せ……先生!!」


 レイトはリスアの元へ駆け寄り必死に声を掛ける。


「レイト……君……ごめんね……」


 何とか意識を保っているようではあったが、腹部からの出血が酷くこのままでは命の危険が迫っていた。

 一刻も早い処置が必要だったが目の前にいる絶望の存在が、そうしてくれるとは思えなかった。


「少し眠っていてもらうぞ」


 冷たい目で睨みつけられながらナイフが振られた。

 レイトは体を動かせず、ただそのナイフの軌道を見ておくことしか出来なかった。

 ナイフは一直線に迫りレイトへ突き刺さる、その瞬間。


 グロウの体が横へと吹き飛んでいく。ナイフも同時に宙へ舞い上がると消失する。


 レイトの視界の先には彼女の能力である水を纏っていたアライズの姿。


 グロウが立ち上がったのを確認すると、強気で言い放つ。


「私とやりますか? 言っておきますが、手負いのあなたに負ける気はしませんよ?」


 水を体の周りでうねらせ、更に巨大にしていく。

 それはこれから攻撃する準備というよりはただ力を誇示し、脅しているような印象を受けた。

 自分はまだこれだけ余力があるのだというように。


「くっ……仕方ない……」


 グロウはその時初めて変わることのなかった表情を歪ませた。


「次はこうはいかない……覚悟しておくんだな」


 気絶したのか動かなくなっているプルーフを抱え、去っていく。


「先生……! 先生!!」


 アライズは二人が去ると能力を解き、リスアへ必死に呼び掛ける。

 リスアは目はうっすらと開いてはいたが、どこか虚ろでとても危険な状態である事が分かった。


「レイト君、お願いです。ラピトリさんを呼んできてください……あなたのほうが早いと思うので……お願いします!」

「う……うん!!」


 レイトは返事をしてすぐさま能力を使い飛び出した。

 脇目も振らず無我夢中で村の道をひた走る。

 段々と息は切れおぼつかない足取りになっていく。

 だが少しも速度を緩めるつもりは無かった。


 先生が死ぬかもしれない、その恐怖が加速させ体を無理矢理に動かせていた。

 やがて目標の家に辿り着くとその家の扉を開け、叫んだ。


「ラピトリさぁあああん!! 先生が……! 先生が!! 早く来てください!!」

「何じゃ! どうした!?」


 レイトの声量に驚き、ラピトリが出てくる。

 このラピトリというのはこの村に住んでいる高齢の医者で、体力を回復させる能力を持っている。


 昔はミルス村から一番近くの街である──ファリアの大きい病院にいたらしいが、歳を取ると共に村へと移り住み、ここで唯一の医者として暮らしている。

 街まで遠いこの村では彼の存在はかなり大きなものとなっている。


「先生が! 取り敢えず僕の背中に乗って下さい!!」

「わ、分かった!」


 レイトの今まで見たことのない気迫にラピトリは驚きながら、急いでレイトの背中へとしがみついた。


「しっかり掴まっててくださいね! 」


 レイトは再度全速力で走る。周囲の風を切り、一直線に。

 それから無事着くとラピトリはレイトに馬車を呼んでくるように指示する。


 馬車はファリアへと行く最も早い手段であり、ラピトリはリスアを一目見て、ファリアの病院へ連れて行かなければ、命が危険だと判断したのだ。


 その間に、リスアの応急処置をしたが傷が酷く申し訳程度にしかならない。

 馬車が到着するとリスアを先に乗せ、次にラピトリが乗る。


 二人もリスアの事が心配で乗りたがっていたが、今は馬車を少しでも軽くしたいから、と言われ諦める。


 二人はリスアの無事だけを祈りながら馬車を見送った。

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