反撃

『い、今のは……一体…』

『あ、青矢選手が時橙選手を場外まで吹き飛ばした!?これで2対1!龍騎学園優勢っす!』


実況も熱を宿し、観客に伝播する。


「へぇ。摩耶をに致命傷...そんで吹き飛ばして場外で失格……一体、どんな手使ったん?」


 鋭い視線の先には肩を上下させてる涼香の姿がある。しかし、涼香は俯いたままその問いに答えない。


「ま、なんでもええか」


輝夜さんはそう呟くと剣先を天へ向ける。


「摩耶を倒したご褒美をあげたる。闇夜に染まれ」


そういった途端、場内は暗転。そして、夜と同じように星と満月が煌めく。


「夜…?」

「そうや。師匠もやってたろ?それと同じようにこの後会場全域に幻術をかけたんや」

「でも、それで何か変わるわけじゃないですよね」

「それがそうでも無いんや。私は先祖返りでな。お陰様で満月の夜になるとこんな感じになるんや」


 輝夜さんが指をならすと、輝夜さんにかかっていた幻術が解ける。


「…っ!?」

「これは満月の時にしか発動せんくてなぁ。師匠と研究してやっとこの幻術を作ることが出来たんや」


 私の知る輝夜さんは、吸い込まれる様な感覚に陥るほどの黒い髪、目は閉じているのか開いているのか分からないくらい細く雰囲気も見た目も穏やかであったはず…


 眼前で1人静かに佇む少女は、髪を黄金に輝かせ目は彼の物語の龍の如き目で金色に爛々と輝いている。


「これでウチの本気のまだ八割くらいや。じゃあ早速、動かせてもらうで」


 そう言った輝夜さんは目の前からブレて消えると私の横で刀を薙いでいた。


「速っ…」


 間一髪で致命傷は免れるも威力を殺しきれずに後方へ飛ばされる。

 満月を背負う輝夜さんは世界をも滅ぼし得そうな龍のように圧倒的で神々しくもあった。


「ほんなら、舞さんが動けるようになるまであそこに突っ立ったままの涼香ちゃんを外まで運ぼうかな」

「まっ…ゲホッ…」


 勝つって決めたのに…なんでこの体は動かないの!?動いてよ!動けよ!


 私のそんな気持ちに置いていかれた身体は糸の切れた操り人形のようにピクリとも動かない。


 ゆったりと優雅に涼香ちゃんに向かって歩く輝夜さんは歩きながら涼香ちゃんを外に運ぶために拘束する鎖をより強固にするべく長文詠唱を唱えている。


「じゃあね。摩耶を倒したご褒美や。もう休んでてええよ」


 そう言って魔法を起動させる。


 が、一向に魔法は完成されない。いや、正確には消えた。どうして?魔法が消滅した?


 私の頭の中で色々な考えが巡り巡って収拾がつかない。それは、輝夜さんも同じらしい。


「あぁ、そういう事か」


 いや、そうでもなかったね。


「涼香ちゃん。さては今まで刀と話してたな?」

「はい。気の使い方を教えてもらいました」

「青嵐刀。静寂と災厄の化身やな。これはまた厄介な」

「まだ、私に危害が及ぶものしか出来ませんが、これでまだ戦えるはずです」


 ちょっと待って。気って何よ。私、そんなの使えないわよ。


 するりと水の流れるが如く身体裁きで輝夜さんの一撃を躱すと私の方へ駆け寄ってくる。


「舞さん、遅れてすいません。加勢します」

「ううん。摩耶さんを倒せたのは涼香ちゃんの手柄。だからそんな顔しないで」


 涼香ちゃんの肩を借りてやっと立てるまでに回復した腕を上げ、涼香ちゃんの頭を撫でる。

 乏しい表情から漏れる涼香ちゃんの笑顔はなんとも言えないほど可愛い。こっちの方が回復魔法よりも回復する。


「それにしても、ほんまにどうやって摩耶を倒したん?」

「私の流派の技です」

「へぇ、青矢流…面白そうやな。師匠に教えて貰っとけば良かった」

「一朝一夕でできるものでは無いと思います」


 ムッとして答える涼香の顔を見て一瞬輝夜さんがキョトンとすると、額を抑えながら笑い始める。


「そうかそうか。なるほど。これはもう1人欲しい人が出来てもうたなぁ」

「私は絶対に行きません!」

「ほんなら…無理やり連れてくしかないなあ!」


 輝夜さんは黄金の髪を揺らして私と舞さんを肉薄し、刀を振る。


「____くっ」

「舞さんを下ろした方がええんちゃう?正直、足でまといやろ」


 涼香ちゃんは片手で剣を握り歯を食いしばりながら輝夜さんの刀を受け止めている。


 私は…足でまといなんだ…そうだよね。気なんて知らないし一撃をもらっただけでこの試合何も出来てない。いっそ自ら場外に


「……ん…いさん…舞さん!」


 右頬をつねられた。


「りょ、涼香ひゃん。い、いひゃいんはへほ(痛いんだけど)」

「舞さんがぼんやりしてるからです!私たちは絶対勝つんですよ!2人で!片方欠けたらもうダメなんです!」


 真っ直ぐ、私の弱気な心を撃ち抜くような視線を私に向ける。


そっか。涼香ちゃんは私が動けるようになるのを待ってるんだ。


「涼香ちゃん。ごめん。もういいよ」


少し不安げな顔をする涼香ちゃんは私の目を見てハッとし笑顔を見せる。

 そして、涼香ちゃんは私を支えていた腕を解く。


パァンと一回、自分の頬を叩き目の前の輝夜さんに目を向ける。


「よし!行こう!」


涼香ちゃんは少し微笑んだまま「はい!」と威勢良く答え剣を構える。


私はいい後輩を持ったな。


 身体が痛くても、どこか折れていても、アザだらけでも、泥だらけでも、勝たなきゃいけない理由がある。私は涼香ちゃんのため、自分のため、学校のため……シンのために勝たなくちゃいけない。


「やっぱり立ち上がると思っとったわ。舞さんなら必ず、な」

「私たちは輝夜さんに勝つ。絶対に」


 お互いに刀を構え直す。会場はその緊張感に当てられ音1つさえない。全員がその戦いの行く末を固唾を飲んで見守っている。


 月明かりに照らされる刀が僅かに光の反射の様子を変えた瞬間私は真正面上方に飛ぶ。


「涼香ちゃん!」


 合図など無く、ましてや目を合わせなくても分かる。完全に同調してる。不思議な感覚。考えるより先に体が動く。


 魔力によって強化された私の体は約5メートル下では輝夜さんの一刀を甲高く、薄い音を鳴らしながら受け流している涼香ちゃんの姿がある。


「そういう事かっ!」


 勢いをほぼ殺されず振り下ろされた刀は深々と地面に刺さる。摩耶が吹き飛ばされた理由を悟った輝夜さんは刀を離し素早く後ろに下がる。


「私もいる!」


 だが、こんな上にいる事を知られている上で切られてくれるようなやわな敵ではない。だからこそ…


「「牙龍院流二刀術」」

「!?」


 輝夜さんの後ろに音もなく着地する私は涼香ちゃんとアイコンタクトを交わす。

 シン以外じゃ使えないと思ってたけど今の私たち二人なら使える。


『涼月の剣扇舞けんせんぶ


 刀の残光で扇を描く2人の刀を受ける刀は勢いが殺されずに足元に深々と刺さってしまったために手元にはない。輝夜さんは致命傷を避けられない。

 そして、その致命傷はこの戦いの場に貼られた特殊魔法によって衝撃に変えられ輝夜さんは場外へと吹き飛ばされる。


『試合終了ッ!?しょ、勝者、龍騎学園 白夜舞、青矢涼香!2人が黒羽院輝夜を撃破したっす!?』


 会場の大気が揺れるほどの歓声。私達は勝ったんだ。


「涼香ちゃん!」

「舞さん!」


 2人はお互いに手を取りながらジャンプして喜ぶ。


「お互いにボロボロですね」

「うん。でも勝ったよ!」

「はい…勝ちました…今も信じられません」


 勝利に打ち震えている涼香ちゃんを強く抱き締める。


「ほんとにありがとう。涼香ちゃんが居なかったら私は今頃心が折れてた。だから今日勝てたのは涼香ちゃんのおかげ!私を勝たせてくれてありがとう」

「舞さん。まだまだあと2試合もありますよ」


 あと苦しいです、と付け加えられ渋々離れるたその時、私の後ろから拍手の音がした。

 

「私の負けや。完敗。まさか、この戦場に相手が3やと思ってなかったわ」

「私達は3人で1組だから」


 私がそう言うと輝夜さんはそやったなと小さくこぼす。


「さ、約束は約束や。なんでも好きな事聞き。私が答えられる範囲なら答えたる」

「そうだったね。じゃあ聞くよ」


 胸につっかえて取れないこれを取り除こう。


「私はシンがあの行動に出たのはなにか理由があると思ってる。シンがあんな事するはずないから。だから、聞くよ。シンは彩月ちゃんのこと引きずってる?」

「うーん。せやなぁ。彩月ちゃん?あぁ、あの子か。んーせやなぁ。これは私の勝手な意見やけど、その彩月ちゃんが、って言うことより守れなかった事を気にしとるんやろな」

「そっか。ありがと、輝夜さん。それだけ聞ければ十分だよ」


 ニッと笑う私に肩を竦めて見せる輝夜さんは盛大にため息をつく。


「あーぁあ。師匠はやっぱりうちには来れんか〜」


 そう言ってポケットから取り出した転校届けをビリビリに破く。


 ………ん?やっぱり?


「ちょっと待って下さい。今輝夜さんはやっぱりっておっしゃいましたか?」

「ん?言うたで?」

「それってつまり……」

「あぁ。最初っから断られとったで」


 涼香ちゃんが私と同じ疑問を問いかけるとあっけらかんと答えてのけた。


「そもそも、師匠にこの話を承諾されたとは一言も言ってないしな」

「た、確かに…。えぇ、そんな事あるの~?」


 もちろん、そんな事を知らされず全力を賭して防いだと思った物が元々存在してなかったとなれば、涼香ちゃんが口をパクパクさせるのも無理ないよね。可愛い。ちょっと写真撮りたい。


 ただ、いつまでもそんな私の可愛い後輩の口をパクパクさせている様子を公衆の面前に晒すのも良くないのでとりあえず声掛けて戻ろうか


「涼香ちゃん」

「はっ…すいません。ちょっと放心状態に」

「うん。私も聞いた瞬間は頭真っ白になったから涼香ちゃんは正常よ」

「はい。それを聞いて少し安心しました」


 私たちが小さく笑っていると輝夜さんがポンと私の肩に手を乗せた。


「何はともあれ、おめでとう。次は準決勝やな。私たちに勝ったんやからほかのチームに負けるとか絶対許さへんからな」

「はい!」

「もちろん、涼香ちゃんもやで。自分の家の技や。自分の道は自分で切り開きや」

「ありがとうございます」

「ほな。またな」


 そう言うと踵を返し手をヒラヒラさせて試合場の外へと歩いていった。


「じゃ、私たちも戻ろっか」

「そうですね」


『勝者の2人に今一度大きな拍手を』


 実況の子の一言で会場が大きく盛り上がる。


これで今シンがどんなスケールの事件に巻き込まれているかが少しわかった。


「涼香ちゃん」

「はい…分かってます」


私たちの今やるべき事をするだけ...


「シン...」


私の声は無機質なコンクリートの壁に吸い込まれて足音すらも聞こえない気がした。

















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