賽は投げられた…
しばらく舞目線が続きます。
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シン……と静まり返る控え室はこれ以上にないほどに空気が張り詰めていた。
「ええっと……」
雫が何か言おうとするがそれは言葉になって出てくる気配がない。
涼香ちゃんに至ってはずっと俯いて小さく震えてる。それに、顔が前髪で隠れて表情が伺えない。あんまり良くない傾向だな。
「舞ちゃん。どうしよっか」
いつもなら舞ちーん、とふんわりしている花奈も今回ばかりはそんな余裕もないらしい。
「私は…私達はこのまま試合を続けよう。ただ、観客もそうだけど一番厄介なのがマスコミよ。みんなそれだけは気をつけてね」
私がそう言うと顔を伏せた涼香ちゃん以外がうなづく。
「涼香?大丈夫?」
心配した雫ちゃんが涼香ちゃんに声をかけた瞬間、涼香ちゃんはその場にうずくまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「ど、どうしたの⁉︎」
突然、ごめんなさいを連呼し大粒の涙を流し始めた涼香ちゃんに花奈が駆け寄る。
「わ、私…シン…さんが……ちょっとおか…しいなと、試合がはじま、るまえからちょっと…思ってたんです…」
涼香ちゃんは言葉を詰まらせながらも胸の内に秘めていた言葉を一個一個形にしていく。
「何度も…止めよ、うとしたんですけど…なかなか……言い出せなくて………本当にごめんなさい」
「涼香ちゃんが謝ることないよ。私達も気づけなかった時点で同罪だよ」
涼香ちゃんの背中を優しくさすりながら花奈は声をかける。
「とりあえず、涼香ちゃんには落ち着いてもらってシンから感じたおかしかったところとか話してくれないかな?」
私がそう言うと花奈から渡されたハンカチで涙を拭き、声を震わせながらも言葉を紡ぐ。
「最初に感じたのは舞さんや花奈さんが言ってたようにオフの日に試合観戦に来なかった事です」
「それは、私も感じたけど…。用事って言ってたから…」
「はい。ですが、オフの日の前日、私とシンさんで話している時明日の試合はどんなのが観れるか楽しみだって言っていたんです」
「要するに、前日までは観戦する気はあったって事か」
「はい、おそらく」
煉君が呟くと涼香ちゃんが首を縦に振った。
「それに、その楽しみだって言った後に剣の調子見てくるからまた明日って言われたんです」
「え!じゃあ、今日のあの話は?多分嘘だと思います」
「あの話って?」
私が確認すると花奈があの話について聞く。
「今日の試合も私と舞さんでいこうと思ってたんですが、武器の調子を確かめたいとシンさんが言ったので止めるべきかと思ったんですけど、相手も相手だったので……」
「シンに任せる事にしたと…」
「はい」
みんな何かあるんだろうと思いながらも自分の頭をフル回転させる…が、その時外から怒りがこもった声が控え室に向けて続々と放たれた。
ドアノブをガチャガチャと鳴らし、開けろよ!と声が響く。
鍵を閉めていたのが不幸中の幸いだった。
「ど、どうします?」
雫ちゃんが私の指示を仰ぐ。
「私が出る」
「大丈夫?」
「みんな冷静になって。今、外から要求されているのはシンを出せという事。私たちを襲おうものなら正当防衛で剣を抜くわ」
刀の鯉口を切り少しだけ刃を見せ元に戻す。
それだけで妙な安心感を生めたのは日々の積み重ねからか…
私はドアへと歩みを進め、ドアに向かって叫ぶ。
「今からドアを開ける。前に立っている者は少しだけ下がってちょうだい」
すると、外は静まりドアが軽くなる。
私は一度深呼吸しドアを開け放つ。
「みんなこの度はうちの生徒である牙龍院シンが非常に不適切な行為をした事を深く謝罪する。そして、そのシンだが今はこの控え室にはいない。私の言葉が信じられないと言うなら中に入って隅々まで調べてもらっても構わない」
そう言うと「んだよ、いねぇのかよ」などと、捨て台詞を吐きながら人の波が廊下の奥へと去っていった。
あれ??もっと違う反応をされると思ったんだけど…
「大変そうやな。舞さん」
「あぁ、
その場に残っていたのは黒零の国、
「一応、見せてもろてもええ?誰も見ないようだと貴方達にあの時ほんとは匿ってたんじゃないのか、なんて声も上がってまうかもしれへんからな」
「えぇ、構いませんよ。どうぞ入ってください」
「じゃ、失礼するで」
そう言って入ってくると部屋の隅々まで確認する。
「うん。偽っては無さそうやな」
「えぇ、それにしても驚きました。あんなに綺麗にいなくなるなんて」
「多分、終わった後舞さん、師匠の胸ぐら掴んどったろ?あれが余りにも鬼気迫るものやったからみんなも察したんやと思うで。今回の件に当事者である師匠以外関わってないってことをな」
「そう言う事ですか」
「ま、ウチは確認も終わった事やし、そろそろお暇しようかな」
「送りますよ」
「ええってええって、ウチは師匠みたいに目の敵にされとるわけやないしな」
「そうですか」
「ほな、次会う時はお互い剣を持って会いましょ」
「はい」
「ああ、せや。危うく本題を忘れるところやったわ。舞さん。天上天下唯我独尊。この言葉忘れんようにしとき」
「え?あ、はい」
キョトンとする私をよそに、ほな〜と手をひらひらさせて輝夜さんは帰っていった。
「なんだったんだろ」
「天上天下唯我独尊。確か仏教の祖である釈迦が生まれた時に言った言葉だったか?意味は、自分より優れた者はいない」
「それ、シンが一番嫌いな言葉だよ」
煉君が意味を確認すると花奈が目を細めて言う。
「そうなんだ。今その言葉を言ったって事は…」
「なんかあるかも知れませんね」
私と涼香ちゃんの持ち前の息ぴったりな様子をここで見せるほど余裕を取り戻せたのは輝夜さんが来てくれたからか。
「まあ、今見た感じだと私たちに危害は無さそうだね。今まで通り行こう」
「でも、舞ちゃんのチームはどうするの?」
「私達は2人でも勝てるよ」
「そっか。そうだね」
その場は『とりあえず今まで通りに試合を行い、マスコミには気をつける様にする事』という私の言葉で閉められた。
〈ホテル〉
コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
一礼して入ってきたのは涼香ちゃんだった。
「私が行っても良かったのに」
「いえ、舞さんは先輩ですから。お手を煩わせるのは気が引けます」
肩をすくめながら涼香ちゃんは笑って言う。
「それで、明日からの動きはどうしましょう」
「うん。明日は
「勝ち進んだ場合明後日の相手はさっきの黒羽院輝夜さんになるって事ですよね」
「そうだね。今までより断然に厳しい戦いになると思う」
私が頷くと涼香ちゃんは顔を渋らせる。
「あの…確か…去年、舞先輩って黒羽院さんと戦ってましたよね?実際、戦った感じの感想ってどんな感じですか?」
「んー、戦った感想か〜。一言で言うとトリッキーだね」
「と、トリッキーですか」
「うん」
涼香ちゃんは依然顔をしかめている。
「具体的に言うと、剣術が多彩で予測らしい予測は出来ないかなぁ。まあ、あー……」
これって言ってもいいのかな。
「どうしたんですか?」
「んー、まあ、そのうち分かるからいっか。まあ、私と輝夜さんが話してた時に師匠師匠って呼んでたから察したかもだけど輝夜はシンの弟子なの」
そう言うと涼香ちゃんが固まる。
いつも表情が乏しくて凛とした感じだけどアホっぽく口開けてビックリしてる姿は意外と可愛いかも。
「し、シンさんの……弟子ですか……」
「そう。だから、結構厄介な相手だけど、ついこの間までシンにしごかれてたから多分動きにはついていけると思うよ。ただ…」
「た、ただ?」
「なんて言うか、輝夜って意外と変なところがあって相手の情報という情報を調べ尽くすから変な手は使えないかな」
「そうですか。真っ向勝負を強いられる上に相手は自由に動いてくるって事ですね。言うだけでは簡単ですが、なかなか大変…」
ちょっと嫌そうな顔をする涼香ちゃんの肩に手を置く。
「大丈夫。私たちなら絶対勝てるよ!」
少しだけ指先に力を込め、笑顔を向ける。
「はい!とりあえず明日!頑張りましょう!」
「うん!絶対勝とうね!」
そう言うと涼香ちゃんは一回お辞儀をした後スタスタと私の部屋から出て行く。
「涼香ちゃん、なんかシンについて知ってそうな雰囲気したけど…まあ、表情が乏しいだけで結構緊張してたから明後日の試合が終わってからにしようかな」
涼香ちゃん落ち着いてて大人だけど、責任感強いし何より一年生だからね。4ヶ月前まで中学生だったわけだしあんまり負担をかけちゃ可哀想か。
「にしても、今日は疲れたなぁ。ちょっと……横に、なろうかな」
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「ふあぁぁっ……」
窓の外から覗くのは無機質な夜景。ビルが多く建ち並びその奥にはライトギアアリーナが煌々と光っている。
「私、今年で最後なんだけどなぁ」
寝起きであまり働かない頭で気づいたらつぶやいていた。
「はぁ、お腹すいたなんか買ってこよ」
疲れすぎて制服のまま寝ちゃってたか。
部屋を出て、右に曲がってちょっとするととてつもなく広く感じるエレベーターホールが現れ、数台のエレベーターが待機している。
1階を押し運良く途中で泊まることなく下に下がっていく。
チン、という音と共に扉が開き外へ出てエントランスを抜ける時シンとすれ違う…………
え?
「シン!?」
「ん?あぁ、舞か。ちょっと声のボリューム落としてくれない?」
「ご、ごめん。じゃなくて!こんな所で何やってるの!?」
「あぁ、どうやら忘れ物をしたみたいでね」
私は肩をすくめるシンがほのかに光を纏ってるのに気がつく。
「認識阻害魔法?」
「そうそう。あ、俺の部屋来なよ。お腹すいてるんでしょ?俺も今飯作って食べようと思って食べ物も買ってきたし」
「い、いや、私は」
ぐぅぅ……
ここでお腹鳴るってどこの漫画のキャラクターよぉ!
「ははは。じゃ、着いてきて」
うぅ、と恥ずかしさに悶えながらシンの後ろに着いていく。
シンに促させるまま着いていくとエレベーターホールに着く。そして、気がつく。
私ってシンが居るのと居ないのじゃこんなにも違うんだな。あんなに広く感じてたこの空間がこんなにも変わるなんて…
チン、と言う無機質な音を鳴らし開いた扉から出て来た数人はシンには気付くことなく私にだけ挨拶をして通り過ぎていく。
「相変わらず完璧ね」
「どうだかな。舞の目に留まっちまったから完璧じゃねぇよ」
誰もいなくなったエレベーターに2人だけが乗り込みそのまま最上階へ行くに連れて街並みが小さくなっている。シンから見たら……
「おーい、舞もう着くぞ」
「え?あ、うん」
返事を返した瞬間にエレベーターは停止し、扉が開く。
この黄機の国で、最高峰のホテルの最上階。いわゆる、スイートルームは最上階には二つしかなく高級マンションの一室の様なゴージャスな感じになっていて簡単に入れるところではない。
「疲れてるでしょ。休んでていいよ」
「うん。ありがと。そうさせてもらうね」
私がふかふかのソファーに腰を落ち着けるとシンはビニール袋から食材を取り出し一定のリズムで包丁の音を鳴らす。
「そういえば、明日勝ったら輝夜と当たるんだっけ」
「うん。そうだよ」
「まあ、去年あいつ舞に負かされてるから結構対策してると思うぞ。気を付けろよ」
「えらく他人事だね。戻って来るつもりはないの?」
シンは手は動かしているものの少し沈黙する。
「そうだね。俺には…無理かな」
「そっか……なんか…あったの?」
「なんかって言うほどの事でもないかな。て言うかさ、どう?輝夜には勝てそう?」
「涼香ちゃんもだんだん緊張が取れてきたみたいでいつもみたいないい動きができてるよ」
「…………そうか」
「うん………」
そこからしばらく沈黙が続き気まずい空気になる。なんでこんな修羅場みたいになってんだろ。あからさまに話題変えてきたし。
そこから沈黙のまま数分が過ぎた。
「もう少しで出来るけど部屋の中で食べる?外で食べる?」
「んー、中でいいかな」
「了解。ちょっと待ってな」
そう言うと綺麗に盛り付けられたパスタが出てきた。
なにこれ美味そう。
「なにこれ美味そう」
「心の声が漏れてるぞ。ま、とりあえず食うか」
「う、うん。頂きます」
う、美味い。流石だな。シンは。なんか花奈が羨ましいな。
「どう?味にうるさい花奈にいちゃもんつけられまくったからな。割と美味しくはなってると思うんだけど」
「うん!美味しいよ」
「そりゃ良かった。でも、悪いな。こんなんしか用意できなくて」
「ううん。私も助かったよ。ここから離れて静かにご飯食べられるところを探すとなると大変そうだったから」
「そうか。それならラッキーだったな」
「うん。ところでさ、シン。忘れ物ってなに?忘れ物するなんて珍しいよね」
そうか?と言いながら食べる手を止めおもむろに立ち上がり、テレビ台の引き出しを開ける。
そして、取り出したのは黒くも紅く光る月のネックレス。今は亡き同級生の形見。
「ね、ねぇ、シンはさ、彩月ちゃんの事好きだったの?」
「んー、どうなんだろうな。中学までそんなに交友関係も無かったし、あまり好きって言う感情が分からないな」
「そっか。じゃあ、彩月ちゃんは特別?」
「特別……。どうなんだろうな。でも、もし、あの時舞や涼香、雫、花奈に舞それに煉が殺されてたって俺は同じ事をしたと思う」
「シンは……優しいからね」
「今日の俺の姿を見てそんなこと言えるなんて、舞の心は鋼だな。少なくとも俺は無理だわ」
「え?」
既に食べ終わっていた私はネックレスを月にかざしながら喋るシンの元へ歩み寄る。
「ねぇ、シン。今日のあの行動に何か意味はあったの?」
シンは少し黙った後、バルコニーを指差す。
「ちょっと、夜風に当たろう」
窓を開け、バルコニーの柵に手をかける。
「で?あの行動に意味があったか。って話なら即答だ。あるに決まってる。あんなこと無意味にするはずがないだろ」
「だよね。もし…もし!何かあるんだったら!私がシンの力に_________っ!」
シンに詰め寄った私の唇にシンの人差し指が触れそれ以上の発言を許さない。
「なんか、昔を思い出すな。俺が戦場で暴れ回ってた頃、あの時も舞言ったよな。『無駄な殺生をしてなんか意味があるの?』ってさ。いやー、あの言葉を言われた時頰を殴られたような感覚がしたなぁ」
「なんで…そんな話をいきなり…」
私がうつむき気味に言うとシンは私に微笑みかけながら私の頭を撫でてくる。
「舞、あのな。自分で言うのもあれだけど俺は今や世界の中心なんだ。牙龍院の苗字がついた日からもう決まってた事なんだ。そして、名前の重みは一生ついてくる。色んな物と一緒にな」
「うん………じゃあ、今日のも名前についてきた副産物だったってこと?」
「ああ。そんなところだな」
何も言わない。多分これが正解だ。シンは優しい。そして、誰よりも強い。いや、強くなった。たぶん、今も辛い思いをしているんだろう。でも、シンを助けてくれる人は誰もいない。皮肉な話だけど。
2人で街並みを眺めていると「じゃ、もう行くわ」と、シンが動く。
「あ、そうそう。これあげる」
シンの手の中にあるもの。それは小さなお守り。
「まあ、俺も影ながら応援してるよって事。じゃ」
「え!?あ、うん」
「まぁ、悪いとは思ってるよ。んじゃまた」
シンが出て行った後、この部屋が、世界が無駄に広く感じたのはやっぱり気のせいじゃないのかもしれない。
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