失望の始まり

 従来の魔法は1人居れば発動することが出来た。

 その事実はもはや固定概念で魔法が生まれてから覆ることは無かった。だからこそ、今回、舞と涼香がやってのけたことは「常識を覆した」という言葉に足る作戦だった。


「シン〜?」

「ん?どうした?舞」

「今日は試合無くてオフだから自由行動なんだけど他の学校の試合見に行く?」

「分かった。でも、今日はパスにしとくよ。確か花奈達も今日は試合なかったはずだから花奈達を誘ったらいいよ」

「そっか。分かった」


 そう、今日は絶対に外せない会議があるから。


 ___________________________


「おーい、舞ちーん」

「おー、流石は牙龍院家だね。貴賓席じゃん」

「まあシンがいればもうちょい融通きいたんだけどねー」


 会場の貴賓席にちょこんと座って少し申し訳なさそうにしている花奈の元に舞が煉、雫、涼香を連れて来た。


「お、俺たちがこんなところに来ていいのか……?」

「なーに緊張してんのよ」

「仕方ねえだろこんなところ始めて来たんだよ。てか、お前も手プルプルしてんぞ」


 入り口で尻込みする煉を煽る雫。場所は違えどやる事は変わらないらしい。


「まま、お二人さんもこっちおいでよ。もうもうちょっとで始まるよ〜」


 いつものにへらとした笑顔で花奈は手招きをする。


「それにしても試合大好きバトルジャンキーのシンさんが来なかったのは少し意外です」

「ほんとね〜?試合バカバトルジャンキーのシンが来ないなんて私もびっくりだよ」

「確かにね。あの試合の為ならなんでもするバトルジャンキーのシンが来ないって言った時はちょっと耳を疑ったね」

「おぉ、このシンの見事な言われっぷり。ちょっと同情するぜ」


 鬼の居ぬ間にそそくさと悪口を吐く雫を除く女子3人を見て同じ男として同情の念を込める煉。


「でも、本当に何やってるんだろ」

「さあね。シンの考えてることは読めないからなぁ。あ、私なんか買ってくるよ」

「本当〜?ありがと!でも舞ちん早くしなよ〜?もうそろそろ始まると思うから」

「分かったー」


舞が貴賓席から1番近いトイレに向かっていると一つの人影を見つけた。本来貴賓席の近くには一般人もとい招待を受けていない者は立ち入りを禁じられている。


シンの声がする?こんなところで何をやってるんだろ。


「……車………した……はっ⁉︎………すぐ……いや、………ああ……黒…」


聞き取りづらいな。断片的にしか聞こえなかった。でも、なんか焦ってる?何かあ__


「こんなところで何してんだ?」

「ちょっとみんなでなんかちょっとつまめる物が欲しかったから」

「そっか。先輩してんのな」


シンがふっと笑う。


「ところで、シンはここで何やってたの?」

「移動の車が遅れるって電話が入ってね。無駄に外に出たら面倒だから」

「ああ、そういう事ね。ていうかきょ____


そこでシンの携帯が鳴り発言の中断を余儀なくさせられる。


「はい。わかった。今から行く」


シンが電話を切ると舞に背を向ける。


「それじゃ、気をつけてな。舞」

「う、うん。シンも気をつけてね」

「おう。じゃ」


そこでシンと別れた舞はシンに違和感を覚えながらその場を後にした。


_____________________

『以上をもちまして一回戦全試合終了したっす』

『お疲れ様でした。明日からは予定通り二回戦を行います。今日はゆっくりしてしっかり英気を養ってください』


「いやぁー、今日も熱い試合ばっかだったね〜」

「どの学園の生徒も凄かったです」


試合を観戦し終えた一行はホテルへ向かう。


「にしても、最近、黄昏刀の使い手になったって言う黄聖院篤人だったか?」

「何であやふやなのよ。そんくらい覚えなさいよ」

「すまんすまん。で、そいつの事なんだけどなんか…微妙だったな。何かこう動きがぎこちないって言うか」


顎に手を当てながら考察をする煉。表現しきれないからか煮え切らない表情をしている。


「まあ、セブンスを獲得するってことは世界から注目を集めるって事だからね。緊張で動きが硬くなるって言うのもあるかもね」

「シンさんとか舞先輩とか花奈先輩と比べるのも酷かもしれませんがこれと言った優れている点が見つからないと言うか…。言葉にしようとするとなんだか形容しがたいです」


舞が可能性を示す傍ら、涼香はほんの少し眉をひそめる。


「んー、簡単にまとめるとのびのびとやれてないってことかな?」

「そうですね。私が感じたのはそう言う事だと思います」


一通り考察をしている間にホテルに着いた。


「それじゃ、また明日頑張ろうね〜」


花奈がバイバイと手を振りみんなそこで別れた。

明日からまた試合が始まる。


___________________

「よし、シン〜。準備始めよ〜」

「ああ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくるから先にやっといて」

「分かった」


シンは足早に部屋を出ると涼香が舞にちょいちょいと手招きをする。


「あ、あの、舞さん…」

「ん?どうしたの?」

「えぇっと……あ、いえ。なんでもありません」


涼香はなにかを言いかけたがそれを引っ込めた。

依然、舞は首をかしげている。


「まあ、今日もこの一戦だけだから頑張ろうね。涼香ちゃん!」

「は、はい!」


軽くストレッチをしているとシンが帰ってきた。


「ただいま」

「おかえり。シン遅いよ〜?」

「ああ、悪い。ちょっと遅れた。あとさ、今日の試合俺がやってもいい?」

「「えっ!?」」


突然のシンの提案に戸惑う2人は目を合わせる。


「えぇっと、私はいいと思うよ。武器の具合を確かめたいのもあるだろうし。涼香ちゃんは?」

「私は………」


少しの間俯き、ちょっとしてから顔を上げる。


「私も……いいと思います」

「ありがとう」


「じゃあいっこっか。シンよろしくね!」

「シンさんよろしくお願いします」

「おう」


___________________

『さあ、やってまいりました。今回の対戦カードは騎竜学園チーム対黄甲学園チームとなっています』

『いやぁ、ここは注目カードっすね』

『えぇ、騎竜学園もさることながら今回は黄甲学園にもセブンスを獲得した黄聖院篤人さんが居ますからね。相当熱い試合が見られると思います』

『さあ、あんまり長話もできないっすからね。早速行きましょう!』


「シンさん。大丈夫ですか?」

「ん?うん。大丈夫だよ。大丈夫」

「あ、あのシンさん!」


『バトルースタート‼︎』


「ごめん。とりあえず行ってくる後で聞く」

「あっ」


行ってしまった。


「シン!とうとうお前と当たる時が来たな。悪いが勝たせてもらうぞ!」

「ああ、どんなもんか。お手並み拝見といこうかな」


シンが安い挑発をすると同時に2人は走り出す。


「はあぁぁぁぁぁぁっっっ!」


身体強化の魔法を付与した篤人がシンをめがけて突っ込んでくる。


「はあああぁぁぁぁぁぁっ‼︎」


全力を込めた刀はシンの居た場所を斬る…が刀は虚空を斬り地面に突き刺さる。そして、その横から鋭い回し蹴りが顔面に炸裂する。


「うーん、遅い」


シンに一足遅れて斬りかかる黄甲学園双子でNo.3、4の黄海おうみケイ、カイの剣戟を全て澄ました顔で避け


「これ身体強化は要らないかもな」


シンがことごとく剣戟をさばき軽くいなし、2人の顔を掴み地面に叩き付ける。

観戦席はシンの行いを見て静まり返っている。

完全に舐められていることで頭に血が上っている篤人が雄叫びを上げながら斬りかかるがそれも避け背中をとん、と軽く押し倒す。


「はぁ…」


溜め息を吐くと刀を捨てた。

この行動が示す意味。これはこの世界での最上級の侮辱であり、その行為自体がもはやタブーとなっている。


「もういいか?これ以上やっても無意味だと思うんだけど」


ばっさり言い切ると篤人は地面を強く殴り全魔力を刀に注ぎ込み技を発動させる。


「黄聖院一心いっしん流奥義菊一文字きくいちもんじっ!」


魔力が菊の花びらを形作りながら剣に帯びる。


「はっっっ!!」


シンは一瞬で距離を詰める篤人の剣筋を読み身体を横に身体を倒しす。そして、全速力で向かって来る篤人のみぞおちに膝を入れる。


「かはっ………」


篤人が魔力切れと激痛により気絶した。


「案外あっけなかったな」


『し、試合…終了です!』


シンは試合終了の合図がかかると大量のブーイングを背に何食わぬ顔で戻って来る。


「帰るぞ」

「シン。なに今の」

「何って?」


シンがとぼけると舞がシンの胸ぐらを掴む。


「ふざけないで!あなたがやった事は絶対にやってはいけない行いよ!」


シンは怒りに身を任せシンを怒鳴りつける舞の腕を掴み返す。


「舞。控えろ」


シンの威圧を込もったその言葉は舞に手を離させる。


「今は公衆の面前だ。2度も言わせるな。戻るぞ」


そう言って担架で運ばれる篤人に一瞥もくれず戻って行く。


_____________________

「で?ボクに何の用?言っておくけどボクは1ミリも悪いと思ってないからね」

「はぁ?あんなことしておいて悪びれることもしないなんて!」

「ボクは意志に従ったまでさ。何か悪いかい?」

「あなた、本気で言ってますか?それ」

「ああ、本気も本気。超本気だね」

「そうですか」


シン達がいる控え室のドアが開いて、舞達が入ってきた瞬間パァンと乾いた音が弾けた。


「あなた、最低ですね」

「かもね〜。そんな訳だからボクは出場は控えるよ。これ以上君らの顔に泥を塗ってもボクが怒られちゃうからね」


そう言うとシンはすっと立ち上がり飄々ひょうひょうとした様子で部屋を出る。



この時シンの名声は完全に地に堕ちた。

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