欠けているもの

「ここどこだ?」

シンがいる世界は、黒の世界。どこを見渡しても黒。遠くに白い光が見える。

「あっち行けばいいのか?」

歩きだそうとすると後ろに気配を感じる。そして、振り返るとシンは金縛りにあったように動けなくなる。そこにいたのは…

「母さん…彩月…?」

二人はシンの後ろに立っていた。そして、二人は歩き出す。通り過ぎ様にシンの肩に手を置いて二人は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

そして、声は聞こえないが確かに「バイバイ」と口を動かす二人は遥か光の方へと歩き出す。動けないでいる体。声を発することだけ自由を得ているシンは叫ぶ。

「待ってくれよ!!母さん!彩月!」

それでも、二人は歩き続け、光に吸い込まれた。

成すすべもなくその光景を見ているシンは、唐突に強力な睡魔に襲われ、仰向けに倒れる。その途中、遥か彼方から「頑張って」と、聞こえたような気がした。

そして、シンの意識は覚醒する。

_______________________

まどろみから覚め、見つめる先は白い天井。

「どこだ?ここ。全魔力オーラつぎ込んで槍を投げて…あぁ、そういうこt──?」

シンの手を握っている小さな手に今更ながら気づく。その手は涼香の手だった。小さく、少しひんやりしている。蒼白い月明かりを受け、水色の髪が明るく輝いている。

「起こしちゃ悪いかな」

シンは微笑をこぼしながら、静かにベットに横たわる。

「んっ…」

涼香がゆっくりと顔を上げてシンの顔を見る。そして、驚愕の色に染まる。

「シンさん!?起きましたか!?」

「え?あ、うん」

鬼気迫る涼香の問いかけに若干動揺しながら答えた。

「シンさん三日も寝たきりだったのでとても心配しました」

少し表情の乏しい涼香が安堵の顔を見せる。

それだけで、どれだけ心配させたか手に取るようにわかった。

「悪いな。心配かけた。他のみんなは?」

「今は、家じゃないでしょうか。あのあと、皆さん思うところがある様でしたし。あと紺谷先輩は肩に刀を刺されたので今は治療室にいます」と、涼香が俯き気味に言う。そして、シンを心配させまいとしたのか少しだけ微笑み「皆さんに電話してきますね。安静にしておいてくださいね」と、釘を刺し、外へ出た。

一瞬の静寂が訪れる中、「ただし先輩んとこ行くかぁ」とおもむろに呟き立ち上がる。

「普通に歩けるな。あ…」

魔力眼オーラアイを使い自分を見ると見慣れた水色の魔力が見える。

「ははは。涼香無理しすぎだ」

嬉しいような申し訳ないような色々な感情を持て余しながらナースセンターへと向かう。

「あのーすいません。紺谷忠さんの部屋ってどこですか?」

「が、牙龍院様!?もうご容態は大丈夫なのですか!?」

「ええ、自分の友人が魔力の枯渇を起こしていた俺に魔力を流し続けてた見たいです。お陰様で完治しました」

「そうですか。それは良かったです。あ、紺谷さんの病室でしたら304号室になります。エレベーターを上がっていただいて左に二つ行ったところにありますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「いえいえ」

そうして、別れるとシンは304号室に向かった。


「失礼しますよー」

「おー、シンか。もう大丈夫なのか?」

「ええ、全然大丈夫ですよ」

「あの戦いではお疲れ様でした」

紺谷忠の部屋には橙台寺真樹とうだいじまきが既に看病をしていた。

「忠先輩も無事なようで何よりです」

「一応防御結界は貼ってたからな。貼ってなかったらもっと酷いことになってたかもな」

「そうかもですね。ですが、そんな過ぎたことの仮定の話なんかもういいでしょう?」

「そうだな。これからどうして行くか。それが問題だろうな」

「そうですね。特に、先輩方の関係とか」

「あぁ、そうだな…って、シン、おま、何言って!?」

「そ、そうよ!シン⁉︎」

「おー、これは図星だったかぁ。それは、申し訳なかったなぁー」

シンはムカつく表情を浮かべながらおもむろに立ち上がった。

「それでは、先輩方しました〜」

「「あとでシン覚えてろよ(なさいよ)‼︎」」

そんな叫びは素知らぬ顔でスルーして、自分の病室へ戻る。


そして、数分後。シンはベッドの上で正座させられていた。

「シンさん?」

怒気を纏った涼香。そして、それに汗を流す煉、舞、花奈の姿が眼に映る。雫は一人曇った表情をしている。

「シンさん。安静に、と言ったはずなのですが。私の記憶違いでしょうか」

「い、いや、これは忠先輩の様子を見に行って…」

「私は安静に、と伝えたはずですが。安静の意味をご存知ですよね?」

「は、はい。すいません」

そして、涼香は短く息を吐き困ったような笑顔を向けた。

「もう、心配させないでくださいよ」

「ああ、気をつける」

今日は涼香のいろんな表情が見れる日だなぁ、とどこかそんなふうに思いながら約束をした。

「それで、シンの容体は大丈夫なのか?」

「そうだな。全然大丈夫だぞ」

と、肩を回しながらニッと笑う。

「もう無茶はしないでよー?シンいないだけで結構な戦力無くなるし、私のやる気が無くなっちゃうでしょ」

舞は頬を膨らましながらそうのたまう。

「ははは、ごめんて舞。後半は聞かなかったことにするけどね」

舞の戯言をヒラリとかわしながら言う。

「シン、あんまり無茶な事はしないでね?本当に…」

「心配かけたね、花奈。もう無茶な事はしないよ。約束する」

その言葉を聞いて安心したように花奈は微笑みを落とす。

そしてそこで、雫が口を開いた。

「みんなは、悲しくないの?」

この言葉にはこの部屋の空気を凍らせる事が容易なほどの重みを持っている事は皆が察した。

「確かに私たちは無事だった。でも、彩月は…」

そして、雫は問う。

「シンは、悲しくないの?」

そこで部屋の空気は時間を止めた様に無音になる。

そして、シンはその答えになるかどうか分からない答えを雫の目を見ながら、はっきりと言葉にした。

「悲しい…か。ごめんな、雫。その感情は、もう、

雫は目を見張る。

「じゃあ、いい機会だし話そうか」

しかしそこで、花奈は「ごめん。私、出るね」と、足早に去っていった。

そして、シンは語る。

「みんな、55代目牙龍院家当主覚えてる?」

「ああ、あんまり評判は良くなかったよね。私もあの人は苦手だった」

舞が覚えてる覚えてると苦々しい表情で言う。

「あの人は自分の非を全く認めようともせず力こそが権力だと思っている人でね。戦争とかも頻繁に起こしてたんだ。そこで、ある日あの人の興味を引く者が現れた。あの人に認められる程の力を持った者が」

「まさかそれって…」

「そう。それが俺。今から10年前だったかな」

「じゅ、10年前って言ったらあの…」

「うん。とある実験場が事故を起こしてね。魔物が大量に街へ放出された。そして、一人の少年がそれらを全て散らした。世間では《ラグナロク・サリュ》と呼ばれているな。意訳すると終焉の救済。そして、その少年は《終末の剣鬼》と呼ばれる様になった。大層な二つ名だよな」

「その少年はシンってことだよな?」

「あぁ、そうだよ、煉。そして、目をつけられた俺は軍に入れられ戦争に駆り出された。でも、一般魔装兵として駆り出されたんだよ。特別扱いすると士気が落ちる、とか言ってな。まあ、周りはエリートの大人ばっかだったけど凄く良くしてくれたんだ。牙龍院ってのもあったかもだけどみんな笑ってた。いろんな話をしてくれた。いろんなことを教えてくれた。俺はこんな温かい光景の中にいるために戦争に出てた。こんな温かい日々がずっと続けばいいのにとさえ、思ってたかな。でも、戦争ってのは命をすもの。次々と周りから人がいなくなった。居なくなっては新しい人が来て居なくなっては新しい人が来ての繰り返し。みんな一人一人が俺の大切な人だった。でも、それは奪われて奪われて奪われた。気づけばみんなはボロボロ。戦力のかけ離れた俺だけが残って多勢を相手にしてた。もうわかったんじゃ無いかな。雫、答えという答えでも無いが返答はしておこう。悲しみなどもう、俺の中で枯れた」

雫を始めとした三人、舞にも話していなかったからか目を見張っている。

「そして、55代目当主が亡くなり、戦争はすぐに終戦。俺も軍から解放された。帰ってきた俺の姿は酷かったそうだよ。目の下にはくまができてて、腕も筋肉と骨と皮以外無く細くなっていたそうだ。それからかな。花奈が明るく天真爛漫な笑顔を俺に向け始めたのは。花奈は本当に優しい。俺は花奈が姉である事を誇りに思う。でも、花奈はこの話をしたくも聞きたくも無いんだ。当然さ、ようやく帰ってきた弟の姿が酷くなってれば憤りも覚える。それ以上に花奈は思い出しちゃうんだよ。あの人にこき使われてやつれた母さんの無理して笑う顔がね」

皆の喉を鳴らす音が聞こえてくる。

「だから、花奈の前ではこの話はしないで欲しい。あと、俺にもあまりいい思い出じゃ無い。深く詮索はしないで欲しい、かな。彩月のことは凄く残念だと思う。でも、多分。多分だけど、俺がこれからの人生で悲しいと思うことは花奈を失った時くらいしか無いと思う」

そこでシンは「まあ、それも無いといいんだけどね」とこの話を始めてから初めて笑みをこぼした。その貼り付けた様な笑顔は凍った空気を溶かした。

「シン、明日から学校は来れそう?」

「ああ、行くつもりだよ。もう体は元気だからね。ありがとう涼香」

「え、あっ、はい。大したことではありませんので」

そこで、この集まりはお開きとなった。


「シン。無茶しないでよねー。ほんっとに心配したんだからー」

「ごめんって花奈。明日の夜ご飯は思いっきり豪華にしよ」

「うん!」

花奈は笑顔を咲かせる。そんな笑顔を見てシンも釣られて笑顔になる。

「花奈。ありがとね」

「ううん。可愛い弟のためだもん」

今日も花奈は優しい。多分これからもずっと。温かい。この温もりだけは、絶対に手放さない。手放してはいけない。花奈は何があっても守ると、シンは心の中で固く誓う。









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