激情の決戦(後半)

 そして、彩月さつきは弱々しく倒れ込んだ。


「おい、大丈夫か」


 咄嗟に支えるシンの腕の中では血の塊を吐く彩月の姿があった。


「あら?おかしいですね。彩月を操ることが出来ない。まあ、いいです。その女はもう時期死ぬ」


 懐中時計を手に、ニヤニヤしながら余命宣告を告げるシールス・クラッツ。だが、シンの意識にはその姿でさえも、言葉でさえも入ってくることは無い。


「シ…ン。ごめん…ね」

「お前が謝ることじゃない。お前は正しいことをしたんだから」

「シンってさ…優しいよね。本当は……私が裏切り者だって…分かってたん、でしょ?」


 そして、彩月の眼から1粒の涙が流れたと思うと、とめどなく、溢れ始めた。


「私ね、凄く…嬉しかった…。シンにネックレス貰って…勝手になっちゃう敬語も無くなる程に仲良くなって…」


 一言一言ゆっくりと紡がれる彩月の言葉は、シンの胸を焼いていく。


「シン…私からもプレゼントがあるんだ」


 そうして、取り出したのは黒い月のペンダント。

 その黒いペンダントは、光に透けてほんのり紅く染まっていた。


「黒鉄家ではね…」

「ああ、知ってる。知ってるよ」


 そう言うと、少しだけ目を丸くして、笑った。今度は自分を嗤う様な笑みでは無い。屈託のない笑顔。


「そっか、知ってたかー」


 そう呟くと、シンの頬に手を伸ばした。


「シン……大好きだよ」


 そして、シンの頬に触れていた手は、彩月の目から流れる粒とともに力なく地面に落ちる。

 未練なんて言葉はまるで存在しないかのような、綺麗な笑顔。


 チャリッ、と音がする。


 それは徐々に冷たくなっていく彩月とシンのあいだに握られているもの。それを静かにシンが受け取り、首にかける。黒く、そして紅く光る月をきつく握りしめながら。


「1分ですか。結構持ちましたね。では、お前達、牙龍院シンを殺しなさい」


 シールス・クラッツがそう命令すると、待機していた魔物がシンを引き裂かんと、襲いかかった。


____________________

《花奈視点》


「皆、聞こえた?さっさとここを片付けてシンのところ行くよ」

「はい!」


 そうして、統率の取れた動きで次々と魔物を屠り、最後の1匹まで倒し終えた。


『舞ちーん、聞こえる〜?』

『うん。聞こえるよ』

『今から向かうね。こっち終わった。そっちに魔物溜まってるみたいだけど』

『花奈。聞いて。シンの魔力オーラが、おかしい。なんというか、いつもとは何かが違う。何か知ってる?』

『___ッ!?ほ、本当に!?今すぐ行く』

『え、ちょっと!花奈!?ねぇってば!!』


 私は舞ちんの言葉すら聞かずにひたすら走った。

 

 少しだけ危惧していた事ではあったけど、こうなる可能性は全くなかったはずだった。ただ、預かり知らない所で仲良くされてしまってはどうしようもない。つまるところ、私はシンの中の彩月の大きさを測り間違えた。シンの過去を知っていたにもかかわらず。


(まずいまずいまずいまずい!!)


____________________

《涼香視点》

 転送魔法を使った後、舞先輩に呼ばれて来ましたけど、あんな高速戦闘の中で私がいたら邪魔になるからですよね。


「ちょっと涼香!?シンが心配なのは分かるけど今は目の前のことに集中して!」

「は、はい!ごめんなさいしーちゃん。集中します」

(何か引っかかるのですが…。シンさん…。)


『え、ちょっと!花奈!?ねぇってば!!』


「ど、どうしたんですか?」


 一応持ち場の魔物を全て倒しきった舞たちは、first teamに連絡を取っていたのだが、花奈にシンの異常を報告すると焦った様子で通信を切られたのこと。


「大丈夫なんでしょうか」

「多分だけど、何かまずい事が起ころうとしてるのかも」


____________________


シンを殺さんと襲いかかる魔物の群れ。その中で、シンは彩月の抜け殻を地面にそっと置き、ゆらりと立った。


バチッ


その瞬間魔物達の動きが止まる。

そして、時が静止したかと錯覚するほど静かで、誰一人として身じろぎすら出来ない中で、シンは圧倒的な力を放つために必要な唄を紡ぎ始めた。


「其は破滅の光。其は虚無の導き手。

間もなく、飢龍かつりゅうは放たれる。

心せよ。希望の門は閉ざされた。

怒りは希望を喰らい、憤怒ふんどは奇跡を喰い荒らす。瞋恚しんいの炎は、絶望を撒き散らし、貪欲とんよくは絶望に歓喜する。

慟哭を聞き、痛哭を聞かせよ。

阻むものは、その悉く灰燼に帰せ。

天穿つは、無慈悲な黒羽くれはの雷刃」


 すると、曇天から黒い1本のイカヅチがシンの前に落ちた。その雷を、シンがと、雷はシンの前で収束した。


「『黒極刀こくぎょくとう』」


 雷が形を成し、ひと振りの刀になる。

 それは、黒極刀。幻の7振り目。


「なっ!?ば、バカな!?黒極刀は伝説の存在じゃなかったのかっ!?」


 目に見えて動揺するシールス・クラッツ。そんな事は、もう一切気にしていないシンの目は、瞋恚の炎に燃えたように紅く、鋭く縦に瞳が割れていた。


「お、奥の手を使います!」


 シールス・クラッツがそう言ってポケットから魔石を出すと、それを砕いた。

 すると、大地が爆発し、魔物が現れた。


「この魔石によって強化された魔物です。これであなたでも潰せます!」

「話は終わりか?じゃあ…、死ね」


シンが構え繰り出す技、それはシンの中で荒れ狂う激情を表すに足りるものだった。


「『歩月』」


 二刀流。紫閃刀しせんとうと黒極刀の2振りの《セブンス》でなされるその技は、紫閃刀の絶望的なまでの速さと黒極刀の異常な破壊力を物語っていた。

 そして、バターを斬るように魔物を片付けたシンは、紫閃刀を消し、黒極刀に声を聞かせる。


「槍を出せ」


 黒極刀。《セブンス》の頂点、つまり、すべての武器に置いてのいただきに君臨する刀に相応しい能力。それは、武器の生成。

 刀を振るい、空間が割れるとそこから1本の槍が出てきた。


「に、逃げます。ま、魔方陣を展開してください」


 通信機であろうものに声をかけると、シールス・クラッツの背後には転送魔法が展開された。


「身体強化。抵抗操作。重力操作。ベクトル操作」


 シンと槍に重ねがけされる魔法は、魔方陣としてシンの身体と槍に幾重にも重なる。

 そして、槍投げの要領で投げた槍は黒い光の尾を引きながらシンから放たれた。寸分も違わない精密投射。既に転送魔法の光に包まれかけているシールス・クラッツを今にも殺さんとする勢い。

 が、紙一重でシールス・クラッツは、転送されてしまった。


「シン…」


近づいてくる花奈を手で制し、「まだ終わってない」と言う。


 そして、ゆっくりと右手をあげる。そして、少し時間を上げてその手を思い切り振り下ろした。

 すると、シンは膝から崩れ落ち、意識を手放した。

____________________

《シールス・クラッツ視点》

「はぁ、はぁ、はぁ…。黒極刀は存在した。なんだあのでたらめな力は」


 転送魔法の転送先。つまり、対魔術師アンチウィザード連合『グラビティ・ゼロ』の本拠地に着いたシールス・クラッツは滝のように汗を流しながら呟いた。


「お疲れ様。収穫はあったようだね」

「ええ、これは相当な時間を掛けないといけないですね」


そこで施設内に警報が鳴る。


「ボ、ボス!魔力反応です!ものすごい勢いで飛来してきます」


シールス・クラッツは頭の中で警鐘を鳴らす。


「馬鹿な。そんな…あれほどのダメージを受け__」


空気を震わす爆音とともに黒い雷が落ちる。

全てを喰らい尽くした雷は怒りが収まることなく約10秒間も轟音を撒き散らしながら、敵を穿ち、喰らった。


__________________

「終わったのでしょうか」

「そうなの…かな」

 舞がそういうと、SDのメンバーは諸手を挙げて喜んだ。


「ちょっとシン?」

 花奈、舞、涼香、雫、煉がシンに駆け寄ったその時、大音量の咆哮が放たれた。

その発信源はシン。


「ど、どうしたの!?」

「まずいよ、まいちん」

「ちょっと、とりあえずみんな『魔力回復薬ポーション』持って来て‼︎早く!」

雫が戸惑う中、花奈は魔法でシンの魔力回復を促し、舞は団員のみんなに指示を出す。そんな光景を見ることしかできない涼香は、ただ震えて立ち尽くしていた。

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《涼香視点》

「シンさん…」

そう呟くのは涼香。しかし、そんな小さい声で呟いた言葉など聞こえるわけがなく虚空へと消えた。


『もっと、みんなの役に立たなきゃ。でも、どうしたら…。私に力があれば、もっと技を磨いて、シンさんを助けていれば、私は何でこうも力がないんでしょうか』

自分の戦場での無能さ。それを思い知る涼香は、誰よりも強く願った。

『シンさんを…助けたい』

そして、涼香は意識の世界へ吸い込まれた。


目を開けると広がる平原。風が強く、激しい雨が大地に降り注いでいる。そして、目がつく先には、天へと伸びる一本の竜巻。私は、竜巻を見た。中心には蒼く光る物があった。


「私は、あの光が欲しい」


竜巻に近づくにつれ強くなる風。耳では自分の声すら聞こえないほど風の音がする。竜巻に手を伸ばすと風の刃で腕が斬られる。それでも、私は前に進まないといけない。こんな痛みより痛い思いをしてる憧憬ひとがいる。こんな辛さよりもっと辛い思いをしている憧憬ひとがいる。だから、私は、私は!


「力にならなきゃいけないんです‼︎‼︎」


すると、風の音が消えた。そして、青い服を纏った男が現れる。


『なるほど、人のためにこの力を使うか。そして、ここまで来れる人間はなかなかいない。やるではないか小娘』

「あなたは誰ですか?」


そして、男は「あぁ、これではわからないな」と言ってた身を翻す。そして現れたのは一匹の蒼龍そうりゅう


「あなたは、夢の!?」

『そうだ。我の名は青嵐刀せいらんとう青龍せいりゅう。お前の夢に出て来たのは、そうだな。お主に引き寄せられたと言うべきか』

「ひ、引き寄せられた?と言うのはどういう事ですか」

『我々は常に皆を見ている。そして、自分に合いそうな人間を見つけ、力を授ける。そして、一番適性があったのがお主と言うわけだ』

「じゃあ、私の力になってくれるんですか」

『あぁ、お主が力を求めるなら、我はその力になろう。だがひとつだけ問う』


手をギュッと握りしめる涼香を見据え、一匹の蒼龍は問うた。


『何のために力を使う。我の力を持てば、富も名誉も手にするのは難しくないだろう。お主は力をどう使う』


(私が力を使う理由と、用途。そんなことはすでに決まっています!)


涼香は、眦を上げて言った。


「私はみんなの力になりたい!みんなを癒したい。あんなに疲れ切ってるみんなはもう見たくないんです!」


そう言い切ると、蒼龍は笑った。


『なるほど、麒麟とラグナロクの主人あるじを救いたいのか』


蒼龍がいうと、涼香は頬を真っ赤に染めた。


『だが、お主の言葉には嘘偽りはなかった。よかろう。我の主人はお主だ。青矢涼香』


そうして、徐々に視界がぼやけ始め、目を覚ますと、シンの断末魔が聞こえた。


「私は…。私が…救わなきゃ!」


そうして混乱する皆を押しのけ前に出た。


「ちょ、涼香!?」

「何やってんだよ涼香!?」

「今すぐシンさんを助けます」

「でも、どうやって!?」


雫と煉の心配をよそに、涼香は唄を紡ぐ。


「静寂と獰猛どうもうの聖獣よ。干上がる大地に癒しの水を、正しき者に慈悲の光を。優しくもたける風を源に、挑む者に大いなる癒しを!」


涼香の前に集まる水。その中が光ったと思うと涼香が手を伸ばす。水が弾け出て来た一振りの刀。涼香はその刀を呼んだ。


「青嵐刀」


皆が驚愕していることはわかります。だけど、今は…


「シンさん!受け取って下さい!」


刀を体の前で握りしめると刀が光り出し、弾けた水を纏った。そして、それを弾丸とし、シンへ打ち込む。


「水癒弾!」


それを打ち込まれたシンは、徐々に大人しくなり、再び倒れた。


「成功です。良かった…」


涼香の安堵した声を引き金に皆は再び歓喜した。

シンが寝息をたてる中、この戦いの幕は降ろされた。


























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