1番最初

「お、シン。おはよう」

「おう。おはよ」


 そう言いつつ、大きなあくびを1つする。


「何ー?夜更かししたの?」

「夜更かしは良くないですよ」

「いや、この頃、変な夢を見るんだよなぁ」

「それは大変だなぁ」

「煉、それ絶対思ってねぇよなぁ」


 と言って2回目のあくび。


「ちっ、と寝るわ」


 そう言って机に伏せて、雫が先生が来たら起こしてあげると言ったのを聞いてまどろみに落ちた。


 そして、夢を見る。


『シンの浮気者』と中性的な声がする。

何が浮気なんだよ。てか、まずお前は誰だ。

『そのうち分かるさ』その口調はのんびりしている。

いつだよ。そのうちって。

『さぁねー、例えば…』


『今日とか!』その声の主は楽しそうに言った。そして、そこでシンの意識は覚醒した。


 目を覚ますと、そこには雫の顔があった。目と鼻の先に。


「のわぁぁっ!?」

「ちょ、シンびっくりしすぎだよ」

「いやいやいや、起きたら顔が目の前にあるとか普通びっくりするでしょ」

「あはは、ごめんごめん」


 軽く手を合わせて謝ってきた。


「いつか絶対やり返す」

「ごめんってばぁぁ」


 泣きつくようにしているが顔が笑っているので逆効果だ。


「今思ったけどさ、シンってやっぱかっこいいよね」

「まあ、そうだな」

「そうですね」


 3人はさも普通かのように言う。これこそ、逆に怖い。


「いや、お前らおだてても何も出ないぞ」

「いやいや、純粋に」


 そして、何気なく時間を見る。


「あれ、次の時間、外じゃね」

「「「あ」」」


 その声を聴き全員顔を見合わせると、それをスタートの合図として4人で仲良くダッシュした。


 うちの学校は20階建てでもはや、ビルに近い。そして、周りには5階建て相当の建物がずらりと並んでいてそのちょうど真ん中に位置するのが校庭だ。だから、校庭に向かうまでいくつもの建物の前を通る。そして、その建物のどこかにはこの学校の生徒が授業をしている。それ故か、チラチラ視線を感じる。

 だが、質の違う視線がシンの背中に刺さった。


「今日…とか?」


 そう呟いた時には、他の3人と別の方向へ走っていた。


 [SD専用施設]

「はぁ、はぁ、はぁ」


 すると、なぜか上の階へと続く階段が気になった。それも、なぜか「最上階だ」と確信して。


 そして、最上階の6階にたどり着くとある一室が気になった。


ガチャッ…


「遅いよ〜」


 どこか聞き覚えのあるのんびりとした声。


「君は?」


 シンは恐る恐る聞く。


「誰だと思う?当ててみてよ」

「どこかで会ったかな」

「まあ、会ってはないけど会話はしたかな」

「夢の?」

「お、鋭いねぇ。そうだよ。君の夢に出てきたのはボクさ」

「君は誰?何の目的で俺をここへ呼んだ?」

「そう、焦らない焦らない。それに、ボクは呼んでない来たのは君さ」


 確かにそうだった。なぜか、行った方がいいという衝動しょうどうに駆られた。


「まあ、ボクの自己紹介をしよう」


 コホン、と咳払いをしてシンに向き直った。


「ボクは終焉しゅうえんの化身、ラグナロクさ。元主人は牙龍院凛花りんかで、黒極刀こくぎょくとうの精霊さ」

「…で、その黒極刀の精霊さんが俺に何の用だ?」

「あれ?意外と冷静だなぁ。もう少し動揺すると思ったんだけど」

「動揺した所でって話だな」

「ふーん。なぁーんかつまんなーい」

「それで?何か俺に用があるんじゃないのか?」

「だから、君が浮気をしっぱなしでボクを呼ばないからじゃないか」

「だから、浮気って…」

「君はボクのあるじだ、といえばいいのかな」


 この時、世界で1番のアホヅラをしていたのは自分だと自負できる気がした。


「…え、ごめん。よくわかんないんだけど。詳しく教えて?」

「いいよ〜。つまり、君が一番最初に自分の刀だと認めたのはボクなんだよ。だから、君はボクの主」

「え、本当?」

「本当だよ。ちょー大真面目」

「夢の浮気者ってそういうことなのか」

「そうだよ。麒麟ばっか使ってさ。あんな非力な奴がシンの一番近くなんて」

「え、ちょっとまって今紫閃刀しせんとうのこと非力って言ったか?」

「言ったさ。それがどうかしたのかい」

「いや、聞き間違えかと」

「あはは、シンが珍しく動揺してるね。からかうのはここまでにしておこうか。さて、本題に入ろう」


 その言葉だけで空気が変わった。今までどこか緩んでいたものがピンッと張り詰めたような空気に。


「さて、今のシンにボクは使えない」

「それはどういう事なんだ?」

「まあ、まだ器じゃないということだな」

「器だと?」

「ああ、器。ボクを使うために必要な器」

「何をすればお前が使えるようになる?」

「さあな。それが、ボクにもわからんのだよ」

「は?何で」

「それがわかったらとっくに解決してるって。だから、今日は心当たりがないか聞きに来たのさ」

「心当たりかぁ」


 少し考えた後、いくらか質問した。


「なぁ、俺がお前の主になったのはいつだ?」

「歳まではわからないけど一番最初は君の姉の近くにいた時だね」

「花奈?」

「そ、君のお姉ちゃん」

「その時はどのくらいの頻度で使っていた?」

「いや、その一回だけさ。だけど、一週間くらいずっとボクを使ってたよ」

「そんなに顕現けんげんさせてたのか」

「ああ、あの時のシンの顔は怖かったなぁ。まるで…」

「まるで、なんだよ」

「世界ごと消滅させようって言う勢いだったね。言いたくはなかったんだが、君のお姉ちゃんも殺そうとしていたよ君は」

「なっ」

「おそらく、君の体ではボクの力を受け止めきれていなかったのだろうな。力の暴走だ」

「マジかよ」

「マジだよ。あらゆる敵を斬った。向かってくるものすべて。そして、君を元に戻そうとしてシンに近寄った君の姉も斬ろうとした」

「斬ろうとしたってことは斬ってないんだな」

「そうだね。斬ってない」

「それなら良かった」

「は?」


 ラグナロクの冷たく鋭い声がシンに刺さった。


「何?良かったって。良くないでしょ。魔物に殺されかけて、心身ともに疲労して傷ついていたのに、君が暴走して君に殺されそうになった。これのどこが良いの?」

「……。」


 確かにそうだ。唯一の血の繋がった家族を心配した結果、自分がやられ俺を守らないと相当絶望したはずだ。それなのに、俺は刀をとって暴走しあまつさえ、花奈を殺そうとした。


「君はもう少し人の気持ちを考えたほうがいい。そんなんじゃ……いつか、大切なものを失うよ」


 ラグナロクが言う言葉には重みがあった。大切なものを失う。その大切なものというのは、煉や雫、涼香。そして、花奈や舞。そういった人たちのことを指すのだろうか。


「さ、そろそろ授業が終わるんじゃないの?もう行きなよ」

「ああ。そうだな」

「今日、ボクが言ったこと…忘れないでね」


 すると、ラグナロクの姿は闇の中に消えていった。


 シンは歩きながら考えた。10年前の事、これからの事、黒極刀こくぎょくとうの事。


 外へ出ると感じる。視線。どこからの視線かは分からない。最近ずっとだ。


「なんか嫌な予感するなぁ」


 そうは呟くものの何とかなると心のどこかで思っていた。

 

 そして、シンは何とかなると思っていたことを後悔することをまだ知らない。












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