第2話
あっという間に午前の授業が終了し、昼休みになった。
俺は騒がしい教室よりも、静かな場所で食べたいと思い、生徒会室でパンを食べていた。
そして今朝、紅蓮に渡された反省文を眺めていた。因みに反省文は白紙である。
「反省文、これで何枚目だよ……」
と、ため息交じりに呟くと、
「反省文を溜めるほうが悪い」
そう言い放ったあと、紅蓮は俺の前のイスに座った。
弁当などを持っていないところを見ると、どうやら、教室か屋上とかで昼飯を済ませてきたようだ。
「紅蓮……い、いつから、そこにいたんだよ」
どうやら、俺の独り言は聞かれていたらしい。しかも、一番聞かれてはいけない奴に。
「冬夜が独り言を言った瞬間に来た」
「……」
なんてタイミングで来るんだよ。もう少し空気を読んで、生徒会室に来いよ……。
「冬夜、今、少しくらい空気を読んで生徒会室に来いって顔してた」
「あー……してねぇよ、そんな顔」
俺の心が読めるとか、紅蓮、お前は俺の何もかもを知りすぎなんだよ……。
「……」
「紅蓮、急に話さなくなって、どうしたんだ? ま、まさか……怒ってんのか?」
「違う……。これを読んでた」
「ああ、本か。紅蓮、相変わらず本が好きなんだな」
いつの間にあったのか、紅蓮は本を片手に、今読んでる心理学の本を見せてきた。
「本は、様々な知識を得ることが出来る素晴らしいもの。冬夜も、たまにはマンガだけじゃなくて、普通の本も読むべき」
「……善処はする」
本の話になると、紅蓮は人が変わったようにキラキラと目を輝かせている。
よっぽど、本が好きなんだな……と思った。
何故なら、正確には、わずかだが、本の話をしている時の紅蓮は表情があるからだ。
それに嬉しそうで、楽しそうでもある。
親友の俺だからこそ、紅蓮のわずかな表情の変化でさえ気付けるのだ。
「あ、マンガ以外なら、最近ハマってるものあるぜ。ラノベって知ってるか? あれは文章だけだが、ちゃんとストーリーもしっかりしてて、感動出来るつーか……神崎紅って知ってるか? その人の書くラノベ作品はかなり……」
「本の話はもういい。……今から、今日残りの生徒会の書類をする」
「ぐ、れん……? わかった、俺も今日は手伝う」
「ありがとう、冬夜」
「ああ……」
さっきまで本の話をしていて、紅蓮、お前から本を読むべきって話を振ってきたんだろうが、などと言いたかった。
だが、紅蓮の表情を見る限り、そういう余計な言葉さえ、お前を傷つけてしまうではないかと恐れ、俺は紅蓮の言われるまま、生徒会の書類を黙々とした。
なにか、紅蓮が気に障るようなことがあったんだろう。
とはいっても、本の話しか、してないよな?
コイツが急に態度が冷たくなったのは、ラノベの話からだ。
もしかして、ラノベはマンガと変わらないとか、そういうのか?
いや、それだけなら、コイツは俺に対して、すぐに反論する。じゃあ、何が原因なんだ?
「……あ……」
考えていると一つの結論にたどり着いた。
それは、俺が神崎紅という名前を口にしたから。
おそらく、いや、間違いなくそうに違いない。
一瞬だが、俺が神崎紅という名前を口にした途端、コイツは俺から視線を逸らしたから、この結論になったのだ。
だが、神崎紅はコイツが好きそうなジャンルを書いてるのにも関わらず、なんでコイツは、神崎紅を嫌うんだ?
確かに本人から、神崎紅のことが嫌いというのは聞いていない。
だから、嫌いまではいかないが、良くは思っていないということは確かだろう。
「なぁ、紅蓮。今日は寄り道でもしないか?」
俺は紅蓮が神崎紅について、どう思っているか探るために一つの作戦を考えていた。
「……本屋なら行ってもいい」
「わかった。じゃあ、学校が終わったら、一緒に本屋だな」
その作戦とは、紅蓮と一緒に本屋に行き、さりげなく神崎紅について聞くためだ。
とはいっても、あからさまな態度を見ているため、初めから、わかるとは思っていない。
今回は本音を言わない紅蓮から、ただ、さりげなく聞くだけ。
***
午後の授業が終わり、生徒会の書類も一段落ついた頃、下校時間のチャイムが鳴り、俺達は生徒会室の鍵を職員室に返却し、学校を後にした。
「でも、僕と二人で何処かに行きたいと言ってくるなんて、怪しい……」
「た、たまには親友と寄り道も悪くないだろ? それに新作のマンガもちょうど今日が発売日なんだ」
「親友の僕と行きたいというよりは、マンガを買いたいという欲求のほうが強い気がする」
「……ま、まぁ、それは否定しねえよ」
俺の誘いを疑うのは当然だ。俺は紅蓮とは中学からの親友とは言っても、互いの家が近いわけでもない。
紅蓮はアパートで一人暮らし、俺は両親と暮らしている。
別に俺のとこに門限があり早く家に帰らないといけないわけではなく、紅蓮は根が真面目なため、あまり寄り道などを好まないのだ。
だから、俺も自然と寄り道をせずに家に帰ることにしている。まぁ、たまに寄り道もしているが。
***
「僕は奥の文学コーナーのほうに行ってるから……」
「ああ、わかった。買い終わったら、マンガコーナーのほうに来てくれるか?」
「うん、わかった」
本屋に着いた俺と紅蓮は、互いの好きなジャンルのほうに分かれた。
俺は今日発売のマンガ本を手に取り、漫画コーナーの隣のほうにあるラノベコーナーへと足を運んだ。
「神崎紅の作品か……」
そこには「この本屋の売り上げナンバーワン」とポップには書いてあり、相変わらず、神崎紅の作品はすごいと改めて実感した。
「冬夜。新作のマンガは見つかった?」
「紅蓮、そ、そっちは見つかったのか?」
ふいに後ろから声をかけられ、驚いたが、ここは本屋。
大声を出すわけにはいかず、一旦、深呼吸をしては落ち着かせた。
「こっちはもう買った。でも、新作のマンガコーナーはあっちじゃないの?」
「あ、あっちだったのか。紅蓮、教えてくれてありがとな」
あからさまな態度をとりながらも、俺はマンガコーナーへと走って行った。
「……」
新作マンガコーナーから紅蓮の様子を見てみると、俺がさっきいたラノベコーナーの前で止まっていた。しかし、どのラノベも手に取ることなく、ただ見ているだけだった。
やっぱりラノベは普通の本と思っていないのか?
それとも、神崎紅のラノベが陳列しているからか?
新作のマンガを購入した後、俺が帰ろうとすると
「冬夜。これ以上、神崎紅を好きにならないでほしい……」
「……え?」
「それだけは伝えておく。じゃあ、また明日、冬夜」
「あ、ああ」
紅蓮は意味深なことを言って、自分の家の帰る方向へと足を進めた。
俺も新作のマンガを購入して、他に行く場所もなかったので帰路についた。
***
「ただいま」
「おかえりなさい、冬夜さん」
俺を真っ直ぐ迎えてくれたのが、俺の母である 神崎雫 ( かんざきしずく ) 。 腰まである長い黒髪。大和撫子のように綺麗だと近所では有名だ。言葉遣いも丁寧で、息子である俺のことも「さん」づけ。
父さんのことが大好きで、息子の俺のことも大切にしてくれる。
たまにスキンシップが激しくて、急に俺にも抱きついたりもして反応に困ったりもするが、それでも優しい母さんが俺は好きだ。
「冬夜さん、まずは荷物を部屋に置いてきなさい」
「ああ」
部屋にスクール鞄を置いた俺は一階のリビングへと向かった。
因みに父さんはフランスにいるため、滅多に会うことはない。
食事や風呂が終わり、俺は自分の部屋のベッドでスマホを片手にくつろいでいた。
時間は夜十一時三十分。夏真っ只中なので冷房なしでは寝つけない。
そろそろ寝ようと思うが、今日はなかなか寝付けない。
「これ以上、神崎紅を好きにならないでほしい……」
あれはどういう意味だったんだろうか。
俺が神崎紅を好きになることによって紅蓮、お前にデメリットがあるのか?
そんなことを考えては、俺は泥のように眠った。
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