亡国の姫
血溜まりに沈むアイゼだった物。皮膚が膨れ上がっていたり、張り裂けていたり、中の肉が弾けているそれを見下ろしながらブランチは込み上げてくる激情を必死で抑える。無意識のうちに口元を隠した手の指が小刻みに顔を叩いていた。
冷静なブランチが感情を制御できなくなった時に自身を落ち着かせる為にする癖だった。
(旦那様がこうなるのは久し振りに見ますね。手掛かりを得た喜びか、アイゼを喪った損失か……。何はともあれこれ以上何も起きなければいいのですが)
ススを喪い、アイゼを喪った。今クオンを追っているが、嫌な事は続くものだ。そんな予感がしたゴルドーはブランチから視線を外しクオンが出て行った門に移す。追って行った獣人が無事クオンを連れて帰ってくるのを願った。
(……嫌な予感というものは何故こうも当たるのでしょうか)
暫くして門から現れた存在を見てゴルドーは気付かれないように溜め息をこぼした。次いで気を引き締めた。今日一番油断ならない時間をこれから迎えることになる。未だその存在に気付かないブランチにお客様の来訪を告げる。
「旦那様、ベルトラム様がお越しなさいました」
「……わかった」
一瞬抑えきれなかった激情が漏れ出たが、気を取り直してベルトラムが乗る馬車へと体を向ける。愛想を浮かべながらも頭では止まる事なく考えを巡らせていた。
馬車が目の前で止まり御者がドアを開けた。ベルトラムが降りてくる前にブランチとゴルドーが頭を下げる。声を掛けられない限り貴族と同じ目線に立ってはならない。帝国には他にも失礼になる行為は多々ある。王国は為政者の人柄ゆえかそのあたりは緩かったが帝国貴族は身分の差に厳しいルールが設けられている。
相手が常連の客と言えども貴族ではないブランチにとってその一線は超えてはならない。特にこの女に関してはほんの小さな失敗さえ許されない。
既に大きな爆弾を抱えているようなブランチはアイゼのことを片隅に追いやり今をどう切り抜けるかを必死で考える。
(あの二匹が今クオンを連れて帰って来たら終わりだ。まだ捕まえているかわからないが、仕方ない。止めるしかないか)
命令をするには顔が見えない今しかなかった。囁きよりも小さな声でブランチは獣人二人に動きを止めるよう命令する。ブランチにはどういう状況かわからないが、少なくとも動けば首が締まるので今帰って来ることはないだろう。あとはこの異常な状態をどう切り抜けるかだ。
「くふ、くふふふふっ。やぁやぁブランチ。久し振りだね、ご機嫌はいかがかな」
「――っ! ……なぜなのか、お聞きしてもいいですか」
馬車から降りて来たのはベルトラムではなく獣人二人だった。締め続ける首輪のせいでとっくに意識は失っているのにその手足は動き続けている。やがて限界まで締まり、鈍い音を二つ響かせたあと首輪の効力が失われるのをブランチは感じた。
「くふふふふふ。あぁあぁ、玩具が壊れてしまったねぇ」
死んだ筈の獣人の動きは止まらず、馬車から聞こえる残念だという声に同調するような仕草をとっている。
(……狂人が)
人形使い。ベルトラムの異名通りの光景にブランチは内心で舌打ちをする。
人形と化した二つが片膝をつきドアに向けて手を伸ばす。差し出された手に重ねられたのは陶器のような白く滑らかな手だ。次いで細く嫋やかな足が伸びてくる。夜空を写したような艶のある黒い髪が女の動きに合わせて背中で揺れた。狂人。とてもそうは見えない女が人形にエスコートされて姿を現した。女の水晶のような紫色の目がブランチを写す。
「くふ、くふふふふ。愉快、愉快だねぇブランチ。君のそんな表情が見られるなんて、それだけでもここに来た甲斐があったよ」
目を細めて笑う姿は彼女のことを知らない者が見たならば花のようだと例えるだろう。現に幼い頃屋敷からあまり出なかった彼女は一輪の花に例えられていた。
ブランチはそれを知った時に怖気が走ったのを今でも忘れていない。幼い頃からそうだったのかと恐怖しか感じなかった。
表情は変えていない筈だった。でも関係ない。彼女は人間の表情なんて見ていない。相手の機微なんて気にしない。彼女の目に映るのは人間ではなく人形としての姿だった。自らが愛でたい、愛でられたい人形かどうか。それだけが彼女の判断基準だ。
「さて、理由を聞いたね? 簡単だよブランチ。とても簡単なことさ。君が僕を気に掛けているように僕も君のことを十二分に気にしているのさ。うん、つまり相思相愛ということだよ」
「……光栄です」
向けられた笑顔に怖気が止まらない。好意とも取れる言葉とは裏腹にその水晶のような瞳からはそのような感情は感じられない。その瞳から感じるのはブランチ自身が高級奴隷へと向ける感情に近い。実際最初にその感情を向けられた時ブランチがベルトラムに抱いたのは親近感だった。だがそれは大きな間違いだった。
ブランチはあくまでも人と奴隷は分けて考えている。奴隷という商品の中でも価値のある物は大事にするし、価値の無い物にはさして興味を抱かない。価値のある物の中でもアイゼのように特別に思う物だってある。
そして奴隷ではないゴルドーなど信頼できる何人かの部下は大切な仲間だと思っている。それ以外は自分に対して利用価値があるかないかで判断している。利用価値の無い者の相手などしないし、大して金にならない物の手入れもあまりしない。要するに極端に割り切って考えているのだ。
だが、目の前の彼女は違う。身辺調査と数度の会話でフリージア・ベルトラムという女は割り切るとかそんな次元では無いということに思い至った。彼女の世界は彼女の意思だけで完結しているのだ。他者の意思が入り込む余地はなく、他者を慮る事もない。だからこそ続いた言葉にブランチは驚愕を隠せなかった。
「けれど、お気に入りの人形にも罰は必要なんだよ。何の為に僕が王国の侵略に参戦したと思ってるのさ。君があの子を保護したことは褒められた事だけど、その後が駄目だった。ブランチ、君はさっさと僕に声を掛けるべきだったのさ。だからこれは君への罰だ。その腕は治したらいけないよ」
「――旦那様っ!」
ゴルドーの声が響く。直後ブランチの左腕が地面に落ちた。左腕と血の滴る剣を握っているゴルドーを交互に見る。痛みが襲ってきたのはその時だ。
「――――ッッッ!」
痛みには慣れていた。だから耐えられた。彼女が罰が必要と言うならそれはもう覆しようのない事だ。問題はそこじゃない。
(保護……と言ったのかこの狂人が)
回復魔法で止血だけをする。言葉通りならこれは彼女の逆鱗には触れない筈だ。予想通りベルトラムはブランチの詠唱を気にしなかった。
「あの子は言うなれば蕾なのだよ。沢山の愛情を注がれ開花を待つ蕾なのさ」
地面に落ちた左腕が二本の指を動かしまるで人が歩くように動き出す。ふらふらと揺れながらベルトラムの元を目指している。
「穢れを知らない無垢な瞳は宝石のように青く、愛情を一身に注がれた頭髪は陽の光のように黄金に輝いている。微笑みかけられた者は与えられた物と同じ愛情という暖かさを感じるだろう」
両手を胸の前で組み顔を紅潮させている。恋い焦がれるようなその姿と擦り寄るような左腕にブランチだけではなくゴルドーも懸念を忘れて一歩引いてしまう。
「ああっ! 僕は悩んだのさ。ずっとずっとずっと苦悩していたのさ! 穢れを知らぬ聖女のままのあの子を求めるべきなのか! それとも……」
――ぐしゃりっ。
気持ちの悪い音がベルトラムの足元から聞こえた。擦り寄っていた左腕が指の間から二つに裂かれていた。
「その蕾は憎悪で花開くのか。愛情を一身に受けた蕾が憎悪で開花する時、一体どんな花が咲くと思う。愛を持つのか、毒を持つのか。散々悩んだけど、僕は決めたんだ」
「……つまり、その二匹の死体が答えというわけですね」
満足したようにベルトラムは微笑んだ。
クオンを追った二匹をわざわざ殺したのはクオンを逃がす為だろう。今までの口振りから保護したわけではなさそうなので、恐らく成り行きに任せることにしたのだ。今のこの世の中で元王女であるクオンの居場所など何処にもない事など帝国貴族のベルトラムがわからない筈がない。
(狂ってる。やはりどうしようもなく狂ってるなこの女は)
クオンにとっては生きている方が地獄だと思える世の中だ。正体がバレるかどうか怯える毎日の中で他人など信用出来る筈がない。一人で生きる術を持たない十二の子供がこの先どうなるのかなど想像に容易い。まだ奴隷として貴族の孕み袋として飼われた方が生きる上では楽だったろう。貴重品であるため決して蔑ろにはされないのだから。
目の前の女は、自身が特別だと思う存在に対してそういう選択をしたのだ。この女なら保護することは容易いだろう。異名通り人形として愛でればよかったのだ。それなのにこの女は人形として愛でられるクオンではなく、絶望しかないが人間として生きるクオンを選んだのだ。それでクオンが死んでしまっても、いやクオンが死ぬことなんて考えていないのだろう。
「……どちらでもいいのだよ僕は。あの子が変わらないのなら僕の求めていた物を与えてくれるだろう。だがもしあの子が変わるのなら――この腐った世の中を蝕み犯す毒になるだろう」
ブランチはベルトラムの水晶のような眼が曇ったように感じた。まるで水晶を埋め込んだように透き通っただけの人間らしい感情を見せなかった紫の瞳がその奥底で僅かに曇ったように見えた。それはブランチが、いや恐らく誰もが初めて見るフリージア・ベルトラムの人間らしい表情だった。
「……ああ、さて、ブランチ。そろそろ商売の話をしようか」
一瞬で元に戻ったベルトラムは何もなかったようにいつもの調子で売買を始める。そしてこの後ブランチは最後の手掛かりであるシュトレーネを売ってしまうことになった。
五年後。帝国領北部クーリンツの街(元ガルブレオ王都)。百年前の旧帝国との戦争によって最終的な主戦場となったこの街は、その後元ガルブレオ国民と新帝国の民によって長い年月をかけて復旧がなされた。今では記録にあった元のガルブレオ王都のような様相に近い街並みに至るまでになった。
ただし、当時のガルブレオ国民の強い嘆願によって戦争の凄惨さを伝える為、所々にその傷跡が残されている。王城があった場所は崩れた城壁だけが残り、この場を訪れて対面にある神殿に祈りを捧げることが帝国兵の通過儀礼となっている。訪れる新兵には伝わっていないが当時は潜在的な敵に対する示威行為も意味に含まれていた。
定期的に多くの兵士が訪れる為治安は良く、大体の復旧が終わった近年では戦争跡地として訪れる者もいて経済が上がり今では帝国の大都の一つとして数えられている。
だが光が強くなれば影も濃さを増すように人が集まれば様々な物も集まる。それはわかりやすく目に見える物品であったり、目には見えない情報という物であったりする。物品の方は取り締まるのもまあ簡単ではあるだろうが、情報という物は余程のことがなければ中々取り締まることが出来ない。
そして時に噂話や情報は目に見えて効力を発揮する物よりも危険性を孕んでいることがある。厄介なのはそれを伝えた本人さえもそれがもつ危険性に気付いていない可能性があることだろう。
「どうだ、この似顔絵の少女の情報はないか?」
「はぁ、ここは情報屋ではなく宿屋です。そういう情報を知りたいなら他を当たってください。私が教えられるのは知識だけです」
「……ちっ。使えねーな」
悪態をついた挙句、散々私の時間を無駄にして謝罪もないままに男は去っていった。まぁ泊まると言ってもあんな奴絶対泊まらせないけど。
ここクーリンツの街の旧城下町にあたる区画は主に観光客狙いの酒場や宿が建ち並んでいる。その数ある中の一軒である止まり木の宿は私達夫婦で経営しているんだけど、小さい宿屋なせいか主な収入源は宿ではなく私達夫婦への相談料となっている。自慢ではないが私の旦那は帝国では名の知れた元冒険者だ。多くの魔物を狩り沢山の人を助けて、そして沢山の魔法具を発見してきた。
それらの魔法具は帝国の研究者の元に売られて研究され私達でも使えるような魔法具となって市場に出る。私の旦那のお陰で生活が楽になったものなんていっぱいある。少ない魔力で効率よく光を生む魔道具だったり、注いだ魔力の分だけ熱を溜める物もそうだ。魔力の少ない平民が暖かいお風呂に長い間浸かれるのは私の旦那のお陰なんだからな!
そんな旦那が受ける相談はやっぱり魔物のことが多い。場合によっては討伐を依頼される事もあり、我が家の大きな収入源となっている。
対して私は元学者だ。それも歴史専門の学者なのだ。小さい頃読んだ勇者物語にどっぷりハマった私はそれから自国の歴史から入り他国、過去の強大な事件、聖霊の裁きとしか思えない災害や精霊の悪戯程度の出来事など、あまり周りから受けないことをただひたすらに調べた。うん、周りから白い目で見られたり、何であいつあんなの掘り下げてんの? とか散々言われた。まぁ世間では疑問など持ちようがない当たり前の事だったり、どこかの落ちぶれた貴族が加護の力を使って暴走しただけだろうと締めくくられる事件だったりを調べているだけだ。周りからはもっと世間の為になる有意義な物を研究しろと鼻で笑われた。
でもいいんだ。学生時代ぼっちだったけど、それは誰にも邪魔されず好きなことにただひたすらに没頭できたということだ。特に私の一番は四勇者と五大聖霊による魔王討伐の伝説だ。私の原点であり、最終的に最も謎めいたものであると決定付けたものだ。だって魔王の悪行は数多くの文献に残されているのだけれど時期によってその行動に多少のズレがある。私の数少ない同士の間では魔王の伝説は前期、後期と分類されている。それは……、
「おーいナターリア。考えにふけるのは後にして取り敢えずさっきのお客さんは泊まりなのかどうか教えてくれるか?」
旦那の声で思考の渦から引き上げられた。むぅ、せっかく楽しい気分になってきたのに。
「あんなの客でも何でもないよ。ゴブリンにも劣る屑野郎だよ」
「あぁ、例の似顔絵か? 最近はなかったのにな。全く帝国もいつまで懸賞金なんてかけてるつもりなんだ」
「あーあ、嫌になるよね。十二の女の子をみんなで寄ってたかってさ。仮に知ってたとしても誰が教えるかってーの」
今では十七になるのか。五年前から帝国領内では行方不明のクオン王女の似顔絵があちこちで手配された。捕まえたものには多額の報奨金が貰えることから何を勘違いしたのか私や旦那の知識をあてにする輩がどっと押し寄せた。腹立たしいことにその中にはよく宿を利用してくれたお調子者の旅芸人や、旦那に指南を仰ぐ新米冒険者もいた。いつもの調子で、いつもの笑顔でそれを求めてきた時、思わず感情のまま怒鳴ってしまった。……それ以来見ていない。
戦争は仕方ない事だと理解している。負けた側が失ってしまうのは世の断りだ。けど全てを失ってしまった少女を更に追い詰めるような事はしなくてもいいんじゃないかと思う。百歩、嫌、万歩譲って帝国に仕える兵士ならば仕方ないと思おう。彼らは軍人であり、帝国に忠義を捧げ、上がやれと言えば自身の信義に背く行為であっても実行しなければならない。けど私達国民は違う。これが人殺しの犯罪者ならば協力もした。けどこの少女は最早何の力も持たない子供だ。この子に何が出来るっていうのだろうか。
「見なよ、この光の聖霊に祝福されたような愛らしい顔を。どうか心優しい人がこの子を保護してくれていることを聖霊に祈るよ」
「……ああ、そうだな。っと……お客だナターリア」
旦那の声に警戒の色が見えた。ドアに目を向けるとそこには白髪の女性が立っていた。
見た目で彼女の年齢を推測することは難しい。物語に出てくる老いた魔女のような白髪が首のあたりで乱暴に切られている。目付きは鋭く、青い瞳は濁った水のような印象を持った。一見すれば二十を超えて、最早私と同じ二十八歳なのではと思えるのだけど、よく見れば顔付きにどこか幼さを感じる。うーん、いつかこの謎も解きたいのだけど、どうも彼女は自身の事を語るのを嫌うみたいだ。初めてここに来た時に泊まりの客かと思って名前を訪ねたら凄い睨まれた。
数年前から時々来るけど今でも仲良くなった気はあまりしない。彼女は表情を変えないし、私の話を聞くだけで、自分からは何も語らない。聞きたいことを聞き終えるとお金を置いてすぐにどこかへ行ってしまう。無愛想で可愛げの欠片もない。だけど私はそんな彼女の事を気に入っている。何故なら彼女は数少ない私の同士だからだ!
「フラン! 久しぶりだね、変わりはなかった?」
手を上げて挨拶をするが彼女がそれに応えることはない。すっと私の前まで歩いてくると台の上に銅貨を五枚置くだけだ。うん、いつも通りみたいで何よりだ。
「うーん、じゃあ今度は何の話をしようか。前はコウの川の奇跡の話だったよね?」
何を話そうか。本当は宿に泊まって貰ってずっと好きな歴史とかの話をしたいんだけど、彼女はちょうど今聖地巡礼の時期にある。私達歴史好きなら誰もが一度は通る道だ。その場に立ちそこで起こった出来事に想いを馳せるのだ。私もまだまだ若い頃には通った道だ。全ての場所を踏破してやると。そしていつか辿り着けない現実の壁にぶち当たり折れるのだ。
だから私は影ながら彼女を応援している。私が今まで彼女に教えたのは私が行けた場所か、同士から行ったと報告のあった場所だ。手当たりしだい教えていては彼女が聖地巡礼の楽しさを満喫する前に心が折れてしまう。
うーん、前に教えたのが聖霊に愛された人が人々を救う奇跡の伝説だから……あっ、今度は逆の話をしよう。まるっきり逆というわけでもないんだけど。
「うん、ちょうど百年という節目だしね。さてフラン。今日話すのは百年前に現れた大犯罪者の伝説だ」
「……犯罪者に興味はない。私が聞きたいのはそんな小さな話じゃない」
「ぉ、おおっ、フランが喋った!」
あまりの驚きに椅子から落ちそうになった。フランがこんな長い言葉を喋るのは最初に話しかけられた時以来だ。
なんだか嬉しくなったのとフランの早合点に私は得意げにちっちっちと顔の前で指を振る。
「それがね、全然小さな話じゃないんだよ。ただの犯罪者じゃなく、大犯罪者だよ? 人によってはコウの川の奇跡より大きな、そして貴重な伝説だと考える程だよ。なんたってねこの大犯罪者は……精霊を食べたっていう逸話があるのさ」
そう、これは百年前に帝国を恐怖に貶めた男の話だ。今では親が子供に言い聞かすただのお伽話として知っているものが殆どだろう。けど確かに百年前にその男は存在してたんだ。
「暴食の悪魔。フランは知ってるかな? 帝国では割と有名なお伽話なんだけどね。今日はその男について語るよ」
枕元でする改ざんされた子供の情操教育ではなく、淡々と書かれたその男の逸話を話そう。
「精霊を食べたと言われる男――暴食のグラの話だ」
「……あの女の相手は済んだのか」
存分に話し終え満足している私に旦那が硬い声を出す。険しい視線は立ち去ってもういないフランの影を見ている。
「うーん、大っ満足かな。やっぱり数少ない同士と話すのは楽しいよ。フランがちっとも心開いてくれないから一方的に私が話してるだけなんだけどね」
まぁあんなに静かにじっと聞いてくれるだけでも嬉しいし楽しい。他の人だったらすぐに嫌な顔をするからな。
「……俺には歴史が好きそうには見えないがな。あの女を見ると死霊の洞窟に行った時のことを思い出す」
「アンデッドしか出ないあのダンジョンのこと?」
「ああ。あの女の目は異常だよ。生者を呪う亡者のそれによく似ている。俺はあの女と死霊の洞窟で鉢合ったのなら迷いなく斬ってるさ」
「……それは言い過ぎじゃないかな」
旦那の険しい声から逃げるように目を伏せる。フランの青い瞳を思い浮かべる。なぜかあの王女の顔が頭をよぎった。フランの瞳は色こそ同じだけど、あの王女と比べると暗い印象を受ける。比べることは間違っている。けど、もしフランが心を開いてくれたのなら、あの王女のような輝かしい笑顔で歴史の話を語る時が来るのだろうか。
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